第6話 自分らしさこそ最大の武器
合格通知が届いた瞬間、嶺はしばらくその紙を見つめて動けなかった。
(……これで、やっと琳香さんの横に立てる)
胸の奥がじんわり熱くなる。
出発の朝、灯莉が玄関で腕を組んで待っていた。
「兄ちゃん、最後に言っとくべ」
そう言って、孫子の文庫本を開く。
「『実を避けて虚を撃つ』――
いいとこだけ見て惚れた気になるな。
弱ぇとこも含めて、好きだって言え」
「お、おう!」
灯莉は兄の背中を軽く押した。
「背伸びすんな。兄ちゃんは兄ちゃんのままで行けばいいべ」
嶺は深く頷き、合格通知を胸に東京へ向かった。
***
満開の桜が風に揺れるキャンパスの門。
その下に、ひとりの女性が立っていた。
デニムジャケットにキュロット。
メイクは、ほとんどしていない。
ロングヘアが、ばっさりとカットされている。
黒髪のストレートボブが春風に揺れる。
“都会的な大人の女性”とは違う。
どこか幼くて、素朴で、でも――以前よりもずっと眩しかった。
「……これが、本当の私」
琳香は、少し恥ずかしそうに笑った。
「俺、合格しました。琳香さんのおかげです」
そう言って、合格通知を掲げた。
「おめでとう。嶺くんが頑張ったからだよ」
琳香は優しく微笑んで、嶺を見た。
***
二人は、構内のベンチに座った。
「……私の高校は超進学校でね。
勉強できない子なんて、いないのも当たり前だった。
だから必死で勉強してた」
声が震える。
「大学に入ったら、今度は……
勉強しかしてこなかったから、全然、周りに合わせられなくて」
「それで、一生懸命“東京に似合う自分”を演じてた。
背伸びして、無理して」
「だから、私も見栄っ張りの田舎者」
風が吹き、桜の花びらが琳香の膝にとまった。
琳香が、その花びらを指でつまんで、じっと見つめた。
「うわべだけの付き合いに疲れてたとき、
凪咲さんにボランティアに誘われたの」
「子ども食堂を手伝って……
ああ、私、やっぱり子どもが好きなんだって思い出した」
琳香は胸に手を当てる。
「だから、凪咲さんには本当に感謝してる」
「嶺くんに家庭教師を頼まれたときも……
実は、凪咲さんへのお礼のつもりだったの」
嶺は、黙って琳香の告白を聞いた。
「だから、嶺くんの期待通り
“都会的な自分”を演じ続けなきゃって……思ってた」
嶺は、そっと問いかける。
「……やっぱり、俺が無理させていたんですか?」
琳香は首を振った。
「ううん。私も……嶺くんに嫌われたくなかったから。
でも、近づけば近づくほど、ドキドキして……
うまく出来なくなっていった」
嶺の胸が熱くなる。
琳香は、まっすぐ嶺を見つめた。
「……でも、本当は、ありのままの自分を好きになってもらいたかった」
嶺が、琳香を見つめ返す。
――弱い部分も好きになる。
「琳香さん」
「はい」
嶺は、ごくりと唾をのむ。
「俺、琳香さんがどんな姿でも好きです。
でも……無理してないときの琳香さんが、一番好きです」
琳香の瞳が揺れ、涙がこぼれた。
桜が舞う中、二人はようやく想いを通わせる。
春の風が、背伸びをやめた二人の間を、そっと吹き抜けていった。




