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第5話 人に致されず

布団に横になったまま、れいは天井を見つめていた。

目を閉じると、東京の冬の空気と、琳香りんかの震える声が蘇る。


――私は偽物。君の理想の女性じゃない。


胸の奥が、まだじくじくと痛む。


「兄ちゃん」


不意に、部屋の戸が開いた。

灯莉あかりが、いつものように腕を組んで立っている。


「ひとつ、聞くべ」


「……何だよ」


「兄ちゃんはさ、琳香さんのどこが好きだったんだ?」


真正面からの問いだった。

嶺は、すぐには答えられなかった。


都会的で。洗練されていて。

自分とは違う世界に生きている人。


――最初は、確かにそうだった。


「……始めは、都会への憧れだったかもしれない」


ぽつりと、嶺は言った。


「でも今は……」


言葉を探す。

雨の東京で、迎えに来てくれたこと。

勝手に傷ついて勉強を投げ出していたときも、

責めもせず、ただ気にかけてくれたこと。


「……琳香さんの優しさとか、一生懸命なところが、好きなんだ」


灯莉は、ふうん、と短く息を吐いた。


「じゃあさ」


一歩、近づいてくる。


「都会の琳香さんじゃなくても、好きでいられるんか?」


灯莉の視線が刺さる。

嶺は、視線を逸らしかけ――そして、ゆっくりと頷いた。


「……好きだ」


その瞬間、灯莉は満足そうに口角を上げた。


「なら、話は早いべ」


「孫子は『人を致して人に致されず』

――とも言ってるべ」


灯莉は兄を見上げて言う。


「相手に合せてるだけじゃ、いつかは壊れるべ」


そして、指で嶺の胸を軽く突いた。


「まずは、兄ちゃんがしっかりしなきゃ。

それが一番大事だべ」


嶺の胸に、静かに言葉が落ちていく。


「その上で、琳香さんに、ふさわしい男になればいいべ」


嶺は、拳を握った。


「……今の自分は、琳香さんにふさわしいのかな」


独り言のように呟く。


「相手に合せるんじゃない。まずは自分が……

そのためには、大学に合格して同じ土俵に立たなきゃ」


でなければ――。


「このままじゃ、琳香さんに胸を張って会えない」


その夜から、嶺は迷いを断ち切った。


――守られてきた教え子から、対等な男性になる。


それが、今の自分に課した変化だった。




***




嶺は、祈るような気持ちで、スマホを握りしめる。


(もし、出てくれなかったら……)


怖い。

でも、逃げたくない。


コール音が、やけに長く感じられる。


「……はい」


聞き慣れた声がした。


「り、琳香さん……」


喉が、からからに乾く。


「ぼ、僕も琳香さんと同じです」


咄嗟に出た言葉。


「同じ?」


「えっと、見栄っぱりで、

その……田舎者で……」


「それって……」


「あっ、今のは、違います。

僕の言いたいのは、つまり」


(俺、何言っているんだ!? 落ち着け!)


心臓の音が、やけに大きく聞こえる。


嶺は、深く息を吸った。そして――


「……大学、合格したら会ってください」


沈黙。


「……うん」


それだけだった。


けれど、その一言で十分だった。


嶺はスマホを机に置くと、もう一度、深く息を吐く。


もう、迷いはない。


変わると決めた。


同じ土俵に立つと決めた。



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