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フリージアの花が咲き誇るとき

 あれから私は、さりげなく妙中さんの様子を観察していた。

 今は昼休みで、妙中さんは神原さんと楽しそうに話している。

 いや、楽しそうなのは神原さんだけか。

 妙中さんは、聞き役に徹しているみたい。

 私は、昨日みんなで話し合ったことを、頭の中で反芻した。

 私が妙中さんを引き入れたいと言ったことに、二人は同意してくれた。

 そして、すぐに作戦を立て始めた。

 今日は、作戦の決行日。

 今日の放課後、私は妙中さんと話す。

 そして、引き入れるんだ――!


 ―――


 その日の放課後。

 私は、妙中さんと教室の中にいた。

 昨日の夜、クラスチャットから妙中さん個人にメッセージを送っておいた。


haruka『明日の放課後、時間あるかな?』


ハツキ『あるけど』


haruka『放課後、教室に残って』


haruka『妙中さん一人で』


ハツキ『わかった』


 トーク画面が表示されているスマートフォンの画面を閉じ、私は妙中さんの方を向いた。

 チャットは文字だけだ。

 感情はわからない。

 「わかった」とは言っているが、来てもらえない可能性だってあった。

 でも、来てくれたということは。

 きっと、来てもいいと思えるような、理由があったのだろう。

 ともかく、これでようやく、妙中さんと話せる。


「今日は来てくれてありがとう、妙中さん」


 私は、妙中さんに語りかけた。

 できるだけ警戒心を解くように、ゆっくりと。


「いや、来るのは別にいいんだけどさ」


 妙中さんは、私の後ろに視線を向けた。


「なんであんたらまでいるの?」


「悪かったね、私たちまでいて」


「私たちも、あなたと話したかったの」


 私の後ろにいるのは、萌葉ちゃんと香奈ちゃんだ。

 最初は私一人でもいいと思っていたのに、二人が一緒に話したいと言ったので、ついてきてもらった。

 当然、妙中さんは私一人だと思っていたらしく、顔を顰めていた。

 騙し討ちのようになってしまっただろうか。


 鋭く目を光らせる様子は、ガルガルと威嚇する犬のようだ。

 が、ガルガルしていても何も進まないことを悟ったらしい妙中さんは、ため息をついて少し目元を和らげた。


「で? 何を話すの?」


 諦めたようにこちらを見る妙中さんに、私たちは真剣な顔で視線を向けた。

 私は、深呼吸をしてから口を開く。


「妙中さんは、神原さんのことをどう思ってるの?」


 私の一言に、妙中さんは目を見開いた。

 そして、「ずいぶん直球だね」と斜め下を向いて苦笑した。


「亜綺羅のこと、どう思ってるかって? そんなの、いい友達だと思ってるに決まってるでしょ」


「本当に?」


「っ、ホントだよ!」


 妙中さんは、ムキになったように吠える。

 そして、その反応が子どもっぽいと感じたのか、ムスッとして下を向いた。

 その姿は、叱られた子犬みたいで。

 思っていた何倍も、わかりやすい人だった。

 私は、妙中さんの瞳を真っ直ぐ見て、思いっきり言った。


「私が知りたいのは、妙中さんの本心なの。お願い、妙中さん。あなたの本心を、教えて!」


 妙中さんは、ハッとしたように私を見た。

 少し迷ったように、口を開きかけてはやめ、開きかけてはやめを繰り返す。

 どれくらいそうしていただろうか。

 張り詰めた空気の中、妙中さんはようやく、小さく口を開いた。


「お前は、全部お見通しなんだな……」


 妙中さんは、諦めたように息を吐く。

 そして、真っ直ぐに私たちを見た。


「亜綺羅のことは、好きじゃない」


 妙中さんの目が、ぐにゃりと歪む。


「最初は……。仲良くなれて、楽しかった。……でも」


 妙中さんは、さらに顔を歪ませた。

 こちらまで、苦しくなってくるくらいに。


「いつからだろう……。アタシは、亜綺羅のおもちゃになってた」


 妙中さんは、自分の片腕を、片手で掴んだ。

 ギュウッと、きつく。

 心なしか、彼女の顔が青白くなっている気がした。


「アタシは、亜綺羅の顔色を伺って生きてる。ずっと、ずっと……」


 ……やっぱり、そうだったんだ。

 私は、制服の胸のあたりをくしゃりと掴む。

 妙中さんの目も、さらにくしゃりと歪んだ。


「……本当にごめん、浅井さん!」


 妙中さんは、私に向かってガバッと頭を下げた。

 そうやって頭を下げる姿は、いつもより小さくみえる。


 許すか、許さないか。

 私の頭の中に、そんな文字が浮かぶ。


 妙中さんは、確かに私にちょっかいをかけてきた。

 香奈ちゃんや萌葉ちゃんの陰口も、言っていた。


「それでまた、いじめの対象にするんだ」


 そう言って、笑っていた。

 あのときは、二人とも許せなかった。

 でも、妙中さんは神原さんに同調していただけ。

 先ほどの話を聞いたところでは、自分を守るために。

 ――従順な下僕であるために。


 だから……。


 妙中さんの背中に、暖かな日が降りそそぐ。

 私は、夕日ぐらい柔らかく微笑んだ。


「私だけじゃなくて、萌葉ちゃんと香奈ちゃんにも謝って。そうしてくれたら、私はあなたを許すよ」


「……っ! 本当に、ごめんなさい!」


 妙中さんは、もう一度頭を下げた。

 今度は、萌葉ちゃんと香奈ちゃんに向かって。


 萌葉ちゃんと香奈ちゃんは、その勢いに少し驚いたように目を丸めて。

 ふふっと微笑んで、こう言った。


「いいよ。妙中さんは、言われてやってただけなんでしょ?」


「一緒に、神原に抗おう」


 二人の声色は、酷く優しい。

 妙中さんは、目の端から透明な雫をこぼした。

 そして、嗚咽を漏らしながら、その雫を拭った。


 ―――


「妙中さん、これからよろしくね!」


「うん、よろしく。ってか、アタシのこと羽月って呼びなよ。……遥」


 妙中さん――羽月ちゃんは、斜め下を向き、顔を赤くしてそう言った。

 それを見て、萌葉ちゃんはおなかを抱えて笑った。


「はーつき! っははははは、顔めっちゃ赤いよ? 照れてんのー?」


「うっさい! ……うっさい」


 萌葉ちゃんにからかわれて、羽月ちゃんはもっと赤くなった。

 羽月ちゃんは、意外とからかいがいのある人だったみたい。

 私と香奈ちゃんも目配せをして、総攻撃を仕掛けた。


「羽月ちゃん!」


「羽月」


「っ、羽月って呼ぶなぁ!」


 そうやって牙を剥くのは、本気というよりは甘噛みだった。


「え〜、羽月って呼びなよ、って言ってなかったっけ?」


「……!」


 私たちは、羽月ちゃんをめいっぱいからかった。


 そうして、私たちに新しい仲間が増えた。


 この三人なら、上手くやっていける気がした。


 ―――


 そのとき、意地悪な少女は学校の花壇にいた。

 フリージアの甘い香りが、辺りに漂う。

 そんなフリージアに甘く微笑み、少女は花に歩み寄った。

 少女は、フリージアの茎を手に取った。

 花弁を愛でるように見つめ――。


 ――折った。


 綺麗なフリージアが、一瞬のうちに壊されていく。


「フフッ」


 少女は、その紅い唇の端を引き上げた。

 そして、優雅にターンし、まるで舞台の上を歩くかのように去っていく。




 彼女が先ほどまでいた場所には、グシャグシャになったフリージアが、醜く転がっていた。

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