スズランの花が咲き誇るとき
部活のない日の放課後。
私は、教室の中である人たちを待っていた。
スマートフォンの画面を、チラチラと確認する。
このトーク画面を見るのは、何回目だろう。
ここに呼んだ人の予定を聞いて、ちゃんと来られるように調整してある。
なので、何もなければもうすぐ来ると思うのだが……。
永遠にも感じられる時間が過ぎ、ついにそのときがやってきた。
ガラガラガラ
扉の方を振り返ると、二人の人影がいた。
「萌葉ちゃん、香奈ちゃん! 来てくれたんだ……!」
「当たり前でしょ」
「なになに? 三人きりで話そうって」
その人影は、萌葉ちゃんと香奈ちゃんだった。
二人には先に帰ったフリをしてもらい、人がいなくなったところで教室に戻ってきて、と言ってあった。
そこまでしないと、三人で一緒にいるところを見られて、神原さんたちに何か言われてしまうかもしれないから。
私は、スマートフォンの画面を閉じて、二人を見た。
「今日は、二人に聞きたいことがあって」
初め、二人は首を傾げていた。
が、私が聞くことを察したのか、真剣な顔で私を見つめた。
私は、大きく息を吸い込んでから口を開いた。
震える腕を抑えながら。
「あの、さ。あの噂は、本当なの?」
私が震える声で発した言葉を聞き、二人はいずれ聞かれることがわかっていた、というような顔で顔を見合わせた。
ああ、本当に聞いてしまった。
結果が悪くたって、もう後戻りはできない。
私は目を瞑って、二人の声が発せられるのを待った。
お願い、二人が犯罪やいじめをしてませんように――!
祈るように深く深く、暗闇を見つめていると。
萌葉ちゃんは、あっけらかんと言った。
「ウソに決まってんじゃん! まさか遥、私がいじめをするような人に見えてたの?」
「えっ、そんなことないよっ!」
「私の噂もウソ。犯罪なんてやってたら、高校に入れたかもわからないよ」
「そっ、か。それもそっか」
私は、二人に尋ねたことであっけなく解決したことに、拍子抜けした。
あんなに悩んで、自分を責めて、自己嫌悪に陥って、引き裂かれそうだったのに。
心の奥底まで、棘が刺さって抜けなかったのに。
私の心配は、無駄だったんだね。
でも、無駄でよかった。
それ以上に、今は何とも言えない温かい感情で心が満たされていた。
私は、ホッと胸を撫で下ろした。
「あ〜、なんだぁ、全部嘘だったのかぁ」
なんだか、力が抜けてきた。
はーっ、と大きく息を吐く私を見て、二人はフッと微笑んだ。
「そうだよ。ぜーんぶ、ウソ」
萌葉ちゃんは、そう言って目を細めた。
香奈ちゃんも、萌葉ちゃんの声に合わせて頷いた。
そんな私たちを包むように、教室に飾ってあるスズランの香りが漂う。
私の心に刺さった棘を、スズランが運び去っていってくれたみたいだ。
本当に、再び幸せが訪れたみたい。
でも、噂が流れている以上、これで終わりにはできない。
私は、笑顔に染まっていた頰を引き締めた。
「嘘ならなおさら許せないよ! 神原さんのこと」
私が拳を握って言うと、二人も大きく頷いた。
「別に、私が悪口言われるのはいいんだけどさ。デタラメを言いふらすのは、ダメだよね」
そう言う萌葉ちゃんは、実は悪口に堪えてるんじゃないかな。
私がそう感じるくらいには、辛そうに眉根を寄せていた。
「うん。クラスの雰囲気も悪いし」
自分よりもクラスのことを心配している香奈ちゃんは、とても優しい人だ。
でも香奈ちゃんは、もう少しだけ自分の心配をした方がいいと思う。
自分でも、気づいていないのかもしれない。
今、香奈ちゃんの表情が翳っていることに。
「どうすればいいんだろう……」
私は、顎に拳を当てて考え込む。
神原さんは、香奈ちゃんと萌葉ちゃんを貶めようとしている。
そして、ついでに二人と仲の良い私も。
これまで神原さんを観察してきたけれど、動機が全然掴めない。
動機を考えるのは、暗闇を闇雲に探るように難しいのだろう。
神原さんの視線は、いつも値踏みするようだ。
ただ、意地悪をしたいだけにも見える。
私には、妙中さんを使って意地悪をしてきた。
ん、ちょっと待って。
妙中さんって……。
私は、無意識に声を発していた。
「妙中さん……」
「え?」
二人は、私の方を見て首を傾げた。
二人の視線を感じながら、私は自分の推理を話していく。
「妙中さんは、たぶん神原さんに言われてやっているだけだと思うの。この前、妙中さんにちょっかいをかけられたんだけど」
「え⁉︎」
「大丈夫だった?」
二人は、私の方に身を乗り出して言った。
二人は、私のことを心配してくれてるんだ。
私は、二人に向けて微笑んだ。
「私は大丈夫。それで、そのときにちょっと鎌をかけてみたんだ。そしたらね、なんだか苦しそうな顔をしてたの」
私はついこの間、妙中さんに言ったことを思い出しながら言った。
「妙中さんこそ、神原さんと離れた方がいいんじゃない?」と私が言ったとき、妙中さんは息を呑んで立ちすくんでいた。
「そうなんだ……」
「二人の関係も、複雑だねぇ」
香奈ちゃんと萌葉ちゃんは、ポツリとそう漏らした。
……あ。
暗闇に一筋の光が射し込むように、私は閃いた。
囚われた妙中さんを、救い出すことができるかもしれない。
「一つ、提案があるんだけど」
ニッと、口の端を上げて笑う。
「妙中さんを、引き入れたい」
二人は、驚いたように目を見開いた。




