アイリスの花が咲き誇るとき
部活に入った次の週、いよいよ五月に入った。
最初の週は、ゴールデンウィークなので、学校が休みだった。
家族で水族館に行って、少しはリフレッシュできたと思う。
そして、今週からはまた、学校だ。
私は、窓際の席でため息をつく。
依然として、萌葉ちゃんと香奈ちゃんの扱いは変わらない。
どうすればいいのかな……。
暖かい昼の太陽が、教室を照らす。
教室の前を見ると、ある人と目が合った。
短めの髪を後ろで一つにまとめた、目つきの悪い女子。
神原さんの取り巻きである、妙中羽月さんだ。
妙中さんは今、一人でいる。
神原さんは、どこかに行っているのかな?
私と目が合った妙中さんは、途端にムスッとして目を逸らした。
私は一つ、気になっていることがあった。
それは、妙中さんは神原さんのことをどう思っているのか、ということだ。
神原さんの前では笑っているけど、一人のときはどうかわからない。
まあ、本当に仲良しなら、私が首を突っ込むことではないけれど。
もし妙中さんが、神原さんが噂を流したことを嫌だと思っているのなら。
噂を流すのをやめてと、神原さんに言ってほしい。
そんなのは、私の理想に過ぎないけれど。
妙中さんにも、一度聞いてみないと。
そうやって、やることが増えていく。
まだ、萌葉ちゃんと香奈ちゃんともまともに話せていないくせに。
―――
「えっ、マジでそれやんの……?」
目つきの悪い少女は、意地悪な少女を前に絶句した。
意地悪な少女は、フッと笑う。
「やるに決まってるでしょ。お願ーい、羽月」
目つきの悪い少女は、一瞬黙った。
意地悪な少女は、それを肯定だと思ったようだ。
目つきの悪い少女の肩に手を置き、放課後の土間から出て行った。
目つきの悪い少女は、大きくため息をつく。
「はあ。でも、しゃあねぇ。アタシはあいつに逆らえない。従うしか……」
少女は、靴の中に足を入れた。
そして、正門まで歩き始める。
少女は、地面を強く踏み締め、駆け出した。
彼女が通った道の端、花壇に咲いたアイリスが揺れていた。
―――
「おはよう、浅井さん」
「あっ、おはよう、妙中さん」
翌朝、教室に入ったときに声をかけてきたのは、妙中さんだった。
何のつもり?
少し、警戒心を持つ。
すると、妙中さんはニィッと笑った。
「浅井さんさ、夜野と夏海と絡んでると、浅井さんまでダメになっちゃうんじゃない?」
「……え?」
私は、大きく目を見開いた。
そんな私を見て、妙中さんはさらに笑みを深めてたたみかける。
「あー、浅井さん騙されちゃってかわいそ。早く離れた方がいいよ? だって、あいつらは犯罪者なんだから」
私は、唇を噛んでうつむいた。
……フリをして、神原さんを探した。
神原さんは……、自分の席に座って、こちらを見ている。
こちらを見て、笑っている。
つまり妙中さんは、神原さんからの刺客ということだ。
香奈ちゃんと萌葉ちゃんは、まだ教室に着いていない。
二人がいないタイミングで、よかった。
これを、二人に見られたら……。
二人は、自分を責めるだろう。
――「遥まで巻き込んで、自分は最低だ」、と。
そんなことない、と言ってあげたい。
最低なのは、神原さんの方だ、と。
そう、今私が弱みを見せてしまったら、駄目だ。
二人の心を、これ以上すり減らしてはいけない。
私が、二人を守る。
――絶対に。
そのためにも、ここで彼女に飲まれてはいけない。
逆に――私が、妙中さんを飲む。
神原さんから、妙中さんを奪う――!
私は、顔を上げてにっこりと微笑んだ。
目を、すっと細めて。
「忠告ありがとう」
そうして妙中さんの目をまっすぐに見ると、妙中さんは驚いたように目を見開いていた。
そして、私は妙中さんとすれ違いざまに囁いた。
「妙中さんこそ、神原さんと離れた方がいいんじゃない?」
「……!」
妙中さんは、小さく息を呑んで立ちすくんだ。
その顔は、苦しげに歪んでいるように見えた。
というか、私に話しかけてきたときから、笑顔がぎこちなかったのだ。
これは、神原さんに言われてやっているだけ、ということで確定かな。
妙中さんは、きっとこんなことしたくなかったのだと思う。
そこで、私は思った。
妙中さんを、こちら側に引き入れたい。
一緒に、神原さんに抗いたい……!
私は強く拳を握り、席に着いた。




