ラナンキュラスの花が咲き誇るとき
私は、華道部に入部した。
香奈ちゃんは弓道部に入り、萌葉ちゃんはダンス部に入ったようだ。
入部したということは、部活で嫌なことを言われなかったのかな。
それぞれの部が二人の心が安らげる場所だったのなら、本当によかった。
心から、そう思う。
体験入部からおよそ一週間が経った今日は、入部してから初めて華道部の活動がある日。
私は今、華道部の部室に向かっているところだ。
先週と同じように胸を弾ませながら、渡り廊下を渡りきる。
華道部の部室の前にたどり着き、私は深呼吸をしてから扉を開けた。
「こんにちは!」
「いらっしゃい、浅井さん」
明石部長は、私を見て満面の笑みを浮かべた。
他の先輩たちも、全員揃い踏みだ。
一年生の中では、私が一番乗りのようだ。
手にスクールバッグを持ったままウロウロしていると、香住副部長が机を指差した。
そこには、たくさんのバッグが置いてあった。
「そこに、バッグを置いてね」
「は、はい!」
私は、バッグの群れの中に自分のバッグを仲間入りさせた。
そうして私の準備が整ったころ、ガラガラ、と扉が開いた。
「こんにちは」
「こんにちは〜、香住さん」
入り口には、すらりとした長身の女子が微笑みを浮かべて立っていた。
髪をポニーテールにした、大人っぽい子だ。
……ん、香住?
私は、香住副部長の方を向いた。
すると、香住副部長は柔らかい笑顔で彼女に手を振った。
「未!」
「兄さん!」
に、兄さん?
副部長よりもいくらか背の高い彼女は、微笑みを浮かべて手を振り返した。
この二人は、兄妹なのか。
どことなく、雰囲気が似ている気がする。
いや、雰囲気は正反対なんだけど、顔立ちがどことなく似ている。
そうして香住さんがバッグを置いた少しあと、扉が勢いよく開いた。
そこには、肩で息をした金鞠さんが立っていた。
「ハァ、ハァ、すみません……、掃除が長引いて……」
「全然大丈夫だよ〜」
息を切らした金鞠さんの背中を、部長は優しくトントンと叩いた。
金鞠さんも落ち着いたところで、部長はみんなを見まわして言った。
「では、第一回華道部の活動を始めます。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
号令をかけ終えたところで、部長はパンッと手を叩いた。
「さ、今日は自己紹介や活動の説明をしようか。私たち二、三年生のことは、もう全員知ってるかな?」
部長の問いかけに、私たち一年生は全員頷いた。
私と金鞠さんはもちろんのこと、香住さんも先輩たちのことを知っているようだ。
たぶん、私たちとは別の日に体験入部に行ったのだろう。
そんな私たちの様子を見て、「じゃあ」と部長は微笑んだ。
「一年生同士で、自己紹介をしてもらおうかな」
部長のその言葉に、私たちはお互いを見合った。
「誰から話す?」という、無言の問いかけだ。
こういうときに私は、押し付け合う空気に耐えられなくなって、たいてい自分から話そうとする。
それは、今回も例外ではなかった。
私は二人に体を向け、口を開いた。
「一年三組の、浅井遥です。よろしくね」
「私は一年二組の金鞠万寿。よろしくね、二人とも」
私と金鞠さんはある程度面識があるので、あまり緊張せずに話せた。
そして最後は、香住さんだ。
彼女は私たちを見て、その綺麗な唇を動かした。
「私は、一年二組の香住未。副部長の香住成の妹です、よろしく」
未さんはクールに微笑み、高く結った髪を揺らした。
金鞠さんと未さんは、同じクラスなのか。
私は、ふむふむと頷いた。
「よろしくね、未さん」
「堅苦しく、さん付けで呼ばなくてもいい。私も、遥って呼ぶから」
「うん、よろしく、未ちゃん」
遥、と私の名を口にした未ちゃんには、見た者を魅了するような力があるのかもしれない。
モデルのようにすらっとした体型、サラサラの髪、落ち着いたクールな声。
未ちゃんは、全てが完璧なのではないか、というほど素敵だ。
そんな未ちゃんを、金鞠さんは微笑みながら指差した。
「未って、かわいい名前だよね。干支の方の未でしょ? 未来の未、とかの」
「そうそう。でも、万寿だってかっこいいよ」
「えー? ありがとう」
そんな私たちの様子を見ている先輩たちは、なんだか「微笑ましい」とでも言いたげな顔をしていた。
明石部長は、ニコニコしながら口を開く。
「新入部員が仲良しでなにより。じゃあ、次は活動の説明をするね〜」
私たちは、明石部長の方を向いた。
私たちの視線が集まったのを見て、部長はゆっくりと話し始めた。
「私たち華道部は、花を自由に生けたり、依頼されて学校に飾ったりするよ〜。自由にゆるゆると活動する部活なんだ」
「今日は、一年生に花のことを教えるよ」
部長の言葉を引き継いだ副部長が、花のように微笑みながらそう言った。
花のこと……、花言葉とかかな?
私たち一年生は、期待に胸を弾ませた。
「今日は、花言葉を教えるよ」
副部長は、置いてある花材を持ってきた。
それは、桃色のボリューミーな花だった。
もしかして……。
「ラナンキュラス、ですか?」
「当たり! さすが花屋さんだねー」
私が尋ねると、副部長は嬉しそうに私を褒めてくれた。
さすがと言われると、なんだか照れるな……、と私ははにかむ。
すると、未ちゃんが突然、頬を膨らませた。
えっ、な、なんだろう?
そう思ったのも束の間、副部長は次々とラナンキュラスの解説を始める。
「ラナンキュラスは、春に咲く花なんだよ。綺麗だよねーっ!」
ラナンキュラスの花は、たくさん花びらが重なっているような形だ。
まるで、フリルのスカートのように。
「花言葉は、晴れやかな魅力。そんな風に、生け花にも魅力を感じてくれたら嬉しいな」
部長も、眉を柔らかく下げて微笑んだ。
その晴れやかな魅力を、私はもう生け花に感じていた。
「ウチ、その花調べてみた! シルクのドレスみたいな触り心地なんだって」
筏先輩は、花びらにそっと触れ、「わっ、マジじゃん」と声を漏らす。
「莉愛ちゃん、全部ネットの知識じゃん……」
「えー? だって、わかんないんだもーん。それに、一年に教えたいでしょ? センパイになったんだからさ」
筏先輩と住吉先輩は、なんだか凸凹コンビって感じだ。
言い合ってはいるけれど、なんだかんだ仲が良さそう。
その言い合いを、三年生は苦笑いで見ていた。
でも、嫌そうではない。
華道部は、そんな温かい部だ。
「このピンクのラナンキュラスの花言葉は、飾らない美しさ。なんか、ロマンチックじゃない?」
「わかる。兄さんにめちゃくちゃ似合う」
「ありがとう、未」
香住兄妹は、とても仲がいいみたい。
私は、その兄妹に優しく声をかけた。
「怖い花言葉もないんですよね。かわいいし、私も好きです」
私の言葉に、副部長は満面の笑みを浮かべてこちらを見た。
「本当? いいよねー、ラナンキュラス」
香住副部長の反応に、未ちゃんはますます頬を膨らませる。
それが、なんだかたまらなくかわいらしい。
かっこいい未ちゃんの、かわいい一面。
それを見つけたのが嬉しくて、私は笑顔になった。
「未ー、ヤキモチ? かわいいとこあんじゃん!」
筏先輩は、未ちゃんの頭をワシワシと撫でた。
未ちゃんはウザそうな顔をしていたけれど、大人しく筏先輩に撫でられていた。
こっちも、姉妹みたい。
私も含めた部員たちは、クスクスと小さく笑った。
やがてそれは、大きな笑いに。
そんな風に、高校での初めての部活動の時間は、過ぎていったのだった。
―――
「痛っ」
アザミの棘が、指に刺さる。
ジーンとした痛みが広がり、棘が刺さった部分から鮮やかな赤がこぼれた。
「あちゃ〜。やらかしちゃったか」
「注意してって言ったのにー」
私は、部長と副部長、二人に怒られてしまった。
金鞠さんが、持っていた絆創膏を私にくれた。
「ありがとう……。入部してから初めての生け花で、浮かれてたかもです」
「気をつけてよ」
未ちゃんにも、注意されてしまった。
今日は金曜日、華道部の活動は二日目だ。
咲き始めたアザミを使ってみようということで、みんなでアザミを生けていたら、その最中に私が棘で怪我をしてしまった。
注意をされていたにも、かかわらず。
小さな痛みが、指先を駆け巡る。
アザミに、
「触れないで」
そう言われた気がした。
もしかしたら、痛いのは心の方かもしれない。
心にも、絆創膏を貼れたらいいのに。
私は、こっそりとため息を一つ。
――アザミの棘は、なんて残酷……。




