表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/24

ミヤコワスレの花が咲き誇るとき 前編

 昨日広まった噂は、クラス中を蝕んでいた。

 クラスメイトの視線が、私をチクリと刺す。


 もしかしたら、中学の頃に同じクラスだったいじめられっ子も、こんな気分だったのかも。

 結局、あの子には何もしてあげられなかった。


 香奈ちゃんと萌葉ちゃんは、普段と何ひとつ変わっていないように見える。


 チクリ、と刺されたように心が痛んだ。


 私は、絡みつくクラスメイトの視線を取り払うように、背を向けた。


 自分の心に、チクチクと棘が刺さっていくようだった。


 ―――


 神原さんが流した萌葉ちゃんと香奈ちゃんの噂がクラス中を駆けまわる中。

 その週の土日が明けた。

 つかの間の安らぎは終わり、また疑いムードの漂う教室の中だ。

 その空気は、近いうちにはよくならなさそうだ。

 が、それでも今日はとても楽しみだった。

 なぜなら、ついに部活動の体験入部が始まるから!

 私は華道部に入ろうと決めている。

 大好きな花に囲まれる部活なんて、楽しいに決まっている。

 ただ気がかりなのは、香奈ちゃんや萌葉ちゃんのこと。

 香奈ちゃんは弓道部と陸上部に参加すると言っていた。

 弓道部は明日・火曜日、水曜日、金曜日のうちどこか、陸上部は水曜日、木曜日、金曜日のうちどこかに参加できるらしい。

 萌葉ちゃんが参加したいと言っていたダンス部は、火曜日と木曜日のどちらかだ。

 噂が広まっているのが、クラスの中だけでありますように。

 あの噂のせいで、二人が犯罪者のような扱いを受けてしまいませんように。

 私は、そう願うことしかできない。

 本当に、私は無力だ。

 そう無力感に苛まれながらも、結局私は二人を信じ切ることができていない。

 それが、本当に嫌になった。

 ……ダメだな、こんなにしょげちゃ。

 今日は、待ちに待った体験入部の日なのだから。


 ―――


 その日の放課後、私は華道部の体験入部に向かっていた。

 華道部の部室は、部室棟の二階にあるらしい。

 渡り廊下で繋がれた部室棟は、決して新しくはないけれど、キラキラ輝いて見えた。

 部室棟二階と教室棟二階を繋ぐ渡り廊下を渡り終え、私は部室棟に降り立つ。

 ここが、部室棟……。

 初めて来たところ、そして部活への昂揚感が高まっていき、それにつれ緊張もしてきた。

 ぎゅっと胸の前で両手を握りしめる。

 そして、夕日に照らされる廊下をそろそろと歩き始めた。

 周りには少しだけ人がいる。

 彼らも、体験入部の一年生だろうか。

 いや、先輩かもしれない。

 少し歩くと、『華道部』と記されているプレートが見えてくる。

 あそこが、華道部の部室……!

 ドキドキと高鳴る胸に手を当て、私は数回深呼吸をした。

 そして、


 コンコンコン


 とノックをした。


「失礼します! 体験入部に来ました」


 と少し声を張り上げてそう言うと、


「は〜い。どうぞ、入って」


 中から、そんな優しい女子の声が聞こえてきた。

 そっと扉を開けると、香しい香りが漂ってくる。

 花の匂いだ……!

 私は、微かに香る花の香りにさらに心が躍ってきた。


「うわぁ……」


 と思わず感嘆の声を漏らすと、柔らかい笑い声が聞こえてくる。


「うふふ、いらっしゃいませ〜」


 その女子は、肩から少し上くらいのふわふわした髪が特徴的な、かわいらしい人だった。

 手に持っている花は……、ミヤコワスレか。

 ミヤコワスレとは、紫色やピンクの花を咲かせる、かわいい花だ。

 花言葉は「しばしの憩い」、そして「別れ」。


 別れ、か……。

 チクチクと、心に棘が食い込む。


 ……ううん、私は萌葉ちゃんと香奈ちゃんと、ずっと友達でいるんだ。

 噂のことは関係ない。

 今は、ただ華道部を楽しみたい。

 この体験入部が、私にとってしばしの憩いになるといいな。


 不意に、クスクスと笑い声が聞こえる。

 私は、ハッと我に返った。


「はぁ〜、一年生かわいすぎー! あー、ウチらもついにセンパイになったんだなー」


「今年は一年生が二人も来てくれたよーっ」


 ハッとして周りを見ると、私の他にもう一人、一年生が来ているようだ。

 違うクラスの子なので接点はないが、大人しくていい子そうな女子だった。

 そう思いながら、はたと気がつく。

 自分自身は「いい子」と言われるのに抵抗があるのに、人には自分が言われてきたようなことを思うのか。

 なんだ、私は結局、あの人たちと一緒なんだな。


「それじゃあ、一年生の子たち。まずは、自己紹介からやろっか〜」


 そうふわふわ女子が言ったので、私はそんなネガティブ思考を払拭した。

 そんなこと思っても、何にもならないから。


「私は華道部部長をやらせてもらってます、三年生の明石花乃(あかしはなの)といいます〜」


 ふわふわ髪の先輩、明石部長がふわりと微笑む。


「ウチは二年の筏莉愛(いかだりあ)でーす! よろ〜」


 先ほど「一年生かわいすぎー!」と言っていた先輩が、元気にピースした。

 高い位置でポニーテールにした筏先輩の髪が、しゃらっと揺れる。


「わ、私は二年の住吉千春(すみよしちはる)……」


 口を隠すように手で覆っている住吉先輩は、小柄で制服の袖が少し長い。

 ボソボソと自己紹介をしているところを見ると、人見知りなのかな。


「ボクは、三年生の香住成(かすみなる)だよーっ! 副部長やってまーす、よろしくねぇ」


 小柄な香住副部長は、いかにも女子から好かれそうなかわいい系男子だ。

 これで、先輩たちの自己紹介は終わり。


「それじゃあ、一年生の二人も自己紹介よろしくー」


 部長が、私たちの方へ手を向けてそう言った。

 私ともう一人の一年生は、目配せをし合う。


「どうぞ」


 とその女子が言うので、私が先に話すことになった。

 私は先輩たちを見て、口を開く。


「私は、一年生の浅井遥です。家が花屋なので、多少は花について詳しいつもりです。よろしくお願いします」


 そう言い終えて頭を下げると、


「へーっ、花屋さん。すごっ」


 と筏先輩が呟いた。

 その声に、私は少しはにかんだ。

 次は、もう一人の女子だ。

 その女子も、一歩前に進み出て話し始めた。


「私は金鞠万寿(かなまりまんじゅ)、一年生です。お花についてはあまり詳しくありませんが、よろしくお願いします」


 金鞠さんは、落ち着いた声で朗らかにそう言い、頭を下げる。

 こうして、全員の自己紹介が終わった。


「さっきの金鞠さんの話にもあったけど、花の知識がなくても全然いいからねー。私だって、最初はなにもわからなかったの」


 明石部長が優しくそう言うと、筏先輩もウンウンと頷いた。


「わかる! ってか、今もあんまわかんないかも。花言葉とか、いっぱいありすぎー」


「だよねぇ。まあ、先輩でもこんな感じなので、気楽にいこ」


 と、香住副部長も柔らかく微笑んでくれた。

 私と金鞠さんは、「はい!」と明るく返事をした。

 華道部は、優しい先輩ばかりだ。


 私も、こんな風に優しくなれたらいいのに。

 ドクリと、心臓が動いた。


「ではでは、さっそく生け花やってみるね〜」


 明石部長は、置いてあったミヤコワスレを再び手に取り、にっこりと笑う。


 私は、顔を上げて部長の方を見た。


 部長は、花瓶を取ってきて机に置いた。

 先輩たちは、道具を手早く持ってくる。


「生け花のやり方を説明するね。必要なのは、花材っていって、こういう花」


 部長は、自分が持っているミヤコワスレを指差した。

 そして、次は花瓶を示す。


「あとは、この花瓶。お皿みたいな形になっているものもあるよ〜。花を固定したかったら、剣山っていうチクチクしたやつを使うといいよ」


 副部長が、ハリネズミみたいな物を、道具がたくさん入っているところから持ってくる。

 あれが剣山っていうのか。


「そして、華道専用のはさみがあってね。花ばさみっていうんだ」


 筏先輩の手には、いつの間にかはさみが握られていた。


「残りは、水。水は廊下に水道があるから、そこから汲んできてね」


 先輩たちが、次々と廊下に出て水を汲んでいる。

 住吉先輩が水を手に戻ってくると、全員ひととおり準備をし終えたようで、先輩たちは好きな花を手に取った。


「今から実際に、私たちが花を生けているところを見てもらいま〜す。じゃあ、スタート!」


 部長の合図で、先輩たちは一斉に花を花瓶に生け始める。

 今回は、全員同じ花材をメインに使うようだ。

 今がちょうど旬の、ミヤコワスレを使うみたい。

 花瓶も、全員同じ細長いやつ。

 全員素材が同じなので、どこまで違いが出るのか楽しみだ。

 私と金鞠さんは、じっと先輩たちの手元に注目した。

 まずは、さっき汲んできていたバケツの水の中で、パチンと茎を切る。

 茎を切る小気味のいい音が、部室中に心地よく充満した。

 次に、ミヤコワスレを花瓶の中に入れる。

 他の花材も、メインのミヤコワスレに添えるように生けている。

 まるで、舞姫の優雅な舞を見ているような気分だ。

 魔法にかかったかのように、先輩たちの作品が出来上がっていく様子を観察してしまう。

 先輩たちが手を動かし続けること、およそ十分。

 全員の作品が、完成した。


「できました〜。二人とも、自由に見てくれていいよ」


 部長がそう言ったので、私たち一年生二人は先輩たちの作品に近寄った。

 私が最初に見たのは、住吉先輩の作品だった。

 先輩は私に作品を見られるのに恥じらいがあるみたいで、ほんのりと顔が赤い。

 住吉先輩の作品は、小さめのミヤコワスレを二輪生けていて、そのうちの一つがピンク色だ。

 周りには、葉っぱや小さな白い花……、ナズナを生けていて、控えめながらも優しい作品だった。

 何と言うのだろう……とても、儚い。


 ふわふわと揺れる花びらは不安定で、今にも散ってしまいそう。

 まるで、私と二人の友人のように。


 キリリと痛む胸を無視して、私は笑顔を作った。


「ここにナズナが使われてるの、かわいいです」


「あっ、ありがとう……。いいよね、ナズナ」


 私が褒めると、住吉先輩は照れたように笑って、また頰を紅潮させた。

 次に私が見たのは、筏先輩の作品。

 大きな紫色のミヤコワスレを一輪、ドーンと中心に生けていて、さらに簡素な葉っぱや菜の花を使って周りを埋めている。


「かわいいっしょ。菜の花、黄色で明るいから好きなんだよねー」


「力強くて、すごいです!」


「いひひっ、ありがと」


 筏先輩は、元気にピースした。

 そして次は、副部長の香住先輩の作品。

 大きめのミヤコワスレを中心に置き、周りに小さめのミヤコワスレを配置している。

 使っているミヤコワスレは、紫色とピンク色を両方使っていて、色とりどりだ。

 さらに、ナズナやカスミソウなどを周りに散りばめ、カラフルかつボリューミーなのに、きちんとまとまっている。

 私が思わず見入っていると、


「綺麗でしょ。ボクはね、こういう風にたくさん花材を使うんだー」


 と副部長がにっこりと笑った。


「すごいです! 綺麗にまとめられてて……」


 私がそう言って副部長を見ると、照れたように笑って頭をかいていた。


 副部長は、すごいなぁ……。

 ただ周りに雁字搦めにされているだけの私が、こんなに上手くできるのかな。


 最後は、部長である明石先輩の作品か。

 私は気持ちを切り替え、明石部長のほうに歩いていく。

 作品が目に入ったとき、私は目を見開いた。

 その作品が、あまりにも無駄のない、美しい作品だったから。

 紫色のミヤコワスレが三輪生けられていて、装飾としてナズナが少し入っている感じ。

 他の先輩のよりも簡素だけれど、それでこそ生け花って感じがする……!

 私が感嘆のため息をもらしたのを満足げに見ていた部長は、こう言った。


「私は生け花において、引き算の美が大事だと思ってるんだ」


 そう言う部長の顔は、とても輝いていた。

 引き算の、美……。

 要らないノイズをできるだけ取り除いて、スッキリさせるのか。

 私も、これをやってみたい。

 ――できるようになりたい!


 でも、何もできない私に、そんなことができるのだろうか。

 誰も助けられない、信じられない私に。


「私も、部長みたいに生けられますか?」


 私は、気づいたらそう言っていた。

 その呟きに、部長は優しく微笑んだ。


「できるよ。これから、浅井さんと金鞠さんにも生けてもらおうか」


 私は、部長の言葉に驚いて顔を上げた。

 でも、そうだよね。

 ここは華道部なんだから、生け花をやるところなんだ。

 でも、できるかな。

 私も金鞠さんも、少し不安な表情になる。

 そんな私たちを見て、先輩たちはその顔に笑みをたたえた。


「さっきも言ったっしょ。ウチらもまだよくわかんないって」


 筏先輩が、こちらに向かって歯を見せて笑った。

 よくわからないけど、先輩たちはよくわからないなりに考えて、笑ってる……。

 私も、あんな風になれたら。


 心を覆っていた棘が、柔らかな花弁に包まれていくような感覚。


 明石部長は、私たちに向かって手を差し伸べた。


「生け花、やってみよ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ