薔薇の花が咲き誇るとき
「これから私が話すのは、あなたの犯した罪についてのお話。ぜひ、聞いてくれると嬉しいな」
私は、神原に向かって微笑んだ。
さあ、ここから始まるんだ。
私の、私たちの反撃が――!
私は、冷たい仮面を被った。
それは、神原を追い詰めるために必要なことだから。
「まず、あなたが犯した罪は『刑法二百三十条 名誉毀損罪』」
私がその名を唱えて一本の花を生けると、神原はビクッと体を震わせた。
効いている。
私が、ずっと調べていた法律。
時折、三人の仲間とも一緒に勉強をした。
それを、今、出すときだ。
私は、笑顔を崩さずに続けた。
「嘘の噂で香奈ちゃんと萌葉ちゃんの評価を下げた。これが、名誉毀損罪」
私がこんなに具体的に罪状を言うことに、神原は驚いたようだった。
震えながらも、目を見開いていた。
「次に」、と私はもう一つ花を生ける。
「『刑法二百三十一条 侮辱罪』。これは、私たちを犯罪者呼ばわりしたことなど」
私は、次々と花を生けていった。
「それに、あなたがしたことは、いじめだ」
私は、一瞬無表情になった。
ふつふつと、怒りのあぶくができては弾けていく。
「あなたは、香奈ちゃんと萌葉ちゃんを仲間外れにするように仕向けたり、心を攻撃したりした。これをいじめと言わずして、何と言うの?」
「ヒッ」
神原が、小さく悲鳴をあげる。
そこで、私は眼光を鋭くしすぎていたことに気づいた。
ダメだダメだ、穏やかにしようと決めたんだ。
あの被害者の会のような復讐の仕方はしない。
そう、決めたから。
私は、フッと笑顔を作った。
「この罪がバレたら、あなたはこの学校にはいられないかもしれない。残念だよ」
私は、眉を少しだけ下げて、神原を見やった。
神原は、ヒュッと息を飲んだ。
「嫌、嫌ぁ……!」
神原の、短い悲鳴が響く。
これは、あなたがやっていたことだよ。
掃除で残っていたあの日、あなたは顔色の悪い私を気遣うように声をかけた。
それを真似してみたんだけど、どうかな?
私は、チラリと上目遣いで神原を窺う。
神原の顔は、真っ青だ。
それはそうだよね、だって、学校にいられなくなるんだもの。
私は、フフ、と控えめな笑い声をあげた。
神原は、キッとこちらを睨んでくる。
「何がおかしいの」
「ふふ……。いいえ、何もおかしくないよ。ただ、あなたって本当に無知なんだなって」
「は?」
私は、にっこりと笑って続けた。
「だって、あなたは自分が犯罪行為をしていることを、自覚していなかったから」
神原の目の縁に、透明な雫があふれる。
あふれた雫は、こぼれるのみ。
私は、微笑みを絶やさずに神原を見ていた。
「そっ、そうだ!」
神原が急に、引きつった笑顔でパンと手を叩く。
私は、少しだけ首を傾げた。
どうか、したのだろうか。
「ここは協力しようよ、浅井さん……! 浅井さんも、私がいなくなるのは寂しいでしょ? だから、黙っててくれない?」
猫撫で声でそう言う神原を、思わず氷点下の瞳で見下ろしてしまう。
水滴の流れた道が濡れているのが、なんとも無様だった。
神原は、声にならない悲鳴をあげた。
――私は、その媚びるような顔が嫌いだ。
他人に縋って生きていくしかないのが、大嫌いだ――。
私は、神原をキッと睨んだ。
「なんで、罪を隠蔽しないといけないの? なんで、あなたは罪を償おうとしないの?」
「な、なんでって……! それは、怒られるの、怖いし……」
ギロッ
私は、神原を見下ろした。
神原の顔には汗が光っており、ここにくるまでに出た汗なのか、今出た冷や汗なのか、はたまた両方なのかは、わからない。
神原は、ついに笑い出す。
「あはっ、アハハハハハハハ! そりゃ嫌だよ、大人しく突き出されるかっての。証拠は? 証拠はあるの?」
私は、ただその言葉を受け止める。
こんなことも言われるだろう、と思っていた。
想定内だ。
私は、ポケットからスマートフォンを取り出す。
そして、再生ボタンをタップした。
『ここは協力しようよ、浅井さん……! 浅井さんも、私がいなくなるのは寂しいでしょ? だから、黙っててくれない?』
『な、なんでって……! それは、怒られるの、怖いし……』
『あはっ、アハハハハハハハ! そりゃ嫌だよ、大人しく突き出されるかっての。証拠は? 証拠はあるの?』
そこまでで、音声は途切れた。
神原の顔がみるみるうちに青ざめていき、その喉からヒュウ、と音が漏れた。
あれほど教室で傲慢に振る舞っていた神原が、余裕をなくしていくのが、なんだか滑稽だった。
「これまでの会話は、全部録音してる。『黙っていて』『怒られるのが怖い』『大人しく突き出されるか』。ここまでの会話で、あなたは罪を認めたことになるけれど?」
「う、嘘だ……」
「残念ながら、嘘ではないよ。――あなたがばら撒いた噂とは違ってね」
私は、スマートフォンをポケットにしまう。
これで証拠もとれたし、神原も――。
「そのスマホ、渡せ!」
「!」
神原は、私の方へとズカズカと歩いてきた。
神原の手が、私に迫ってくる。
スマートフォンは私のポケットにある。
もしかしたら、私を攻撃してでも奪ってくるかも……!
私は、十分に警戒して神原と向き合った。
今までは長机越しだったから安全だったけど、これでは長机は守ってくれない。
私は必死に頭を働かせ、どう切り抜けるか考えた。
どうする、どうする、どうする。
今は一人。
助けを呼ぼうとポケットからスマートフォンを出すと、奪われる可能性もある。
神原が、しっちゃかめっちゃかに私に掴みかかってくる。
……っ!
私は、その手を避けていった。
絶対に、渡さない。
私は、カッと目を見開いた――!
「このスマートフォンは、渡せない」
「渡せ!」
「渡さない!」
私は、ジリジリと後ずさる。
もうこうなったら、時間稼ぎでもいい。
私がダメでも、みんながやってくれていることだけでもいいから……!
私は、花鋏を手に取る。
それと近くにあった薔薇を手にすると、神原は動きを止めた。
私が凶器となりうるものを持っているから、だろうか。
「暴行罪や窃盗罪も追加されたいなら、スマートフォンを奪ってもいいけど?」
「そのハサミは、脅しとかの罪には問われないの?」
「これは正当防衛」
神原は、グッと動きを堪えているようだった。
手のひらの汗が、ジメジメとして気持ち悪い。
「アザミの花言葉、知ってる?」
「知らない」
私は、ニヤリと笑った。
「アザミの花言葉は、報復」
今まで生けていたアザミの作品は、話しているうちに完成していた。
この前私の指に刺さったアザミの棘も、今日は私を応援してくれている気がした。
「私は、あなたに報復するために時間を費やしてきた。それは、香奈ちゃんと萌葉ちゃん、そして羽月ちゃんも同じ。ここで、あなたを逃すわけにはいかない」
あなたに報復するために準備していたあの日々が、フラッシュバックする。
その日々を、無駄にするわけにはいかない。
私は、手にした薔薇の茎を、花鋏で切った。
パチン――!
茎の切れる、良い音がする。
私の好きな、硬いけれど軽快な音。
その薔薇の色は、私が神原に喩えた黒色だった。
「もう、先生には報告してあるから。さようなら」
薔薇を花鋏を、長机に置く。
きっと、今頃は先生への報告も済んでいることだろう。
黒薔薇の花びらが、はらりはらりと舞い落ちた。
私は振り向かずに、神原の横をすり抜けて部室を後にした。
部室には、神原だけが残った。
神原がどんな表情をしていたかは、知らない。
もう、こんなことはしたくない。
そんな思いだけが、ぐるぐると渦巻いていた。
―――
私は、立てた作戦を思い出しながら、みんなに任せた任務の達成状況を聞こう、と考えていた。
羽月ちゃんには、神原を連れてくる役。
香奈ちゃんと萌葉ちゃんには、神原のことを報告する役。
そして私が、神原を追い詰める役。
そんな役割分担だった。
私は、スマートフォンで『任務完了』と送信する。
すると、みんなも任務完了した、という内容の文面が送られてきた。
私たちは、いつものように教室で集まることにした。
鍵は開いていないだろうから、その前の廊下に集まることになりそうだけれど。
私が教室前に着くと、すでに全員が揃っていた。
「遅いよー、遥!」
「頑張ったね」
「さすがは遥だ」
萌葉ちゃん、香奈ちゃん、羽月ちゃん、そして私。
全員揃って、神原に勝てたのだ。
「よかった……」
私は、安堵のため息をつく。
神原と話していたときよりも、柔らかく笑えている気がした。
もう、二度と人を追い詰めたくない。
私には、こういうことは向いていない。
神原には勝ったはずなのに、少しだけ胸の奥がじわりと痛んだ。
もう二度と、神原みたいな人が現れませんように。
私は、密かに願った。
「香奈ちゃん、萌葉ちゃん。先生に報告できた?」
「もちろん。先生も神原の素行が気になってたみたいで、すぐにわかってくれたよ」
「そっか。証拠もとってきたんだけど、先生に提出しに行く?」
「そうしよう」
「アタシも行く」
私たちは、四人で歩き始めた。
目指すは、職員室。
その間に、私たちはそれぞれのミッションの中で起こったことを、共有した。
羽月ちゃんは、神原と追いかけっこしたらしい。
なかなか楽しかった、と笑っていた。
香奈ちゃんと萌葉ちゃんは、担任の先生に報告してくれた。
先生は、真剣に聞いてくれたらしい。
私は、神原がスマートフォンを取り上げようとしたことを話した。
絶望した顔はなかなか滑稽だったと、おもしろおかしく話した。
そうこうしているうちに、職員室が見えてくる。
私たちは、自然と会話をやめた。
代表で私が入ることにし、私はノックを三つした。
「一年三組の浅井遥です」
そう名乗ると、担任の先生がこちらに手を振った。
私は担任の先生の机まで行き、証拠の音源を聴かせた。
最後まで聴き終えると、先生は細い目を大きく見開いた。
「すごいね、浅井! 法律について調べたの?」
「はい。図書館とかで、少々」
「用意周到だなぁ。弁護士とか、向いてるかもよ?」
「いやぁ、そんなそんな」
この先生は、いつも調子がいい。
噂に聞くと、どうやら教師三年目らしかった。
職員室を後にして、みんなと合流する。
私たちは、みんなで駅へと歩き始めた。
電車に四人で乗り込む。
この四人で電車に乗るのは、初めてのことだった。
私たちは全員、清々しい表情をしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回で報復は終わりましたが、この物語はまだまだ続きます。
もう少しだけ、お付き合いしていただけると嬉しいです。
よろしければ、評価やブクマなどで応援してくださると嬉しいです。
感想も大歓迎ですよ。
これからの遥たちも、ぜひ見届けてください。




