カラーの花が咲き誇るとき
「何点だった?」
「オレ二十点ー」
「まじかー」
そんな会話があちこちから聞こえてくる中、私は解答用紙の右下に書かれた『七十八』という数字を見て、ふう、と安堵の息をついた。
社会七十八点、無難だろう。
これで、全てのテストが返された。
「じゃあ解説するぞー」
前を向くと、先生が黒板に解説を書き始めたところだった。
その声をバックミュージックにして、私は考え事に耽った。
神原との対面は、明日。
テスト勉強をしている間にも、私は少しずつ必要な知識を身につけていった。
必要な装備が、整っていく感覚だ。
でも、これでいいのだろうか。
何か見落としはないか。
神原相手に話をするのは、なかなかに困難だ。
なにせ、話を全然聞いてくれないのだから。
聞いてくれるにはくれるのだが、相手にしてはくれない、というか。
この前も、「用がある」と言って去ってしまったっけ。
なんてことを考えながら頰杖をついていると、肩をトントンと叩かれた。
ハッ、と現実に引き戻される。
隣を向くと、ついこの間の席替えで隣になった、羽月ちゃんがこちらを見ていた。
そのまま、羽月ちゃんは私に耳打ちする。
「当たってるぞ! 大問三の㈠!」
「えっ? ああ、産業革命です!」
「答えを聞いてるんじゃなくてな……」
周りから、ドッと笑い声が溢れる。
私の顔には、熱が集まってきていた。
は、恥ずかしい……。
それから、私はちゃんと授業に集中したのだった。
―――
私は、放課後の華道部部室で、とある人物を待っていた。
今日は、社会の授業で醜態を晒した日の翌日だ。
つまり――神原との、戦いの日。
私は、誰もいない部室に明かりをつけた。
ボタンを押すとパチン、と音が鳴って、甘い香りの漂う花を照明が照らした。
今日は活動がない日で、部室には私一人しかいない。
先輩や同輩の顔を思い浮かべ、私はゴクリと唾を飲む。
別に、仲間がいないわけではない。
私は、細長い花瓶を一つ、長机の上に置く。
花鋏や花材も、次々に準備していった。
そして、スマートフォンを取り出し、ある人に連絡をした。
――そろそろ、来るはずだ。
私は、長机の向こうに見える扉を眺めながら、人を待った。
心臓が、酷く暴れている気がする。
私は、胸に手を当て、深呼吸した。
大丈夫、絶対に大丈夫。
私は、負けたりなんかしない……!
ガラガラガラ
扉の開く音。
パッと音のする方を見ると、不満げな顔をした女子が立っていた。
その肩は、走ってきたのだろうか、大きく上下している。
大粒の汗も滴っている。
「何の用?」
息を整えた彼女は、警戒したようにこちらの様子を窺う。
私は、彼女にそんなに警戒されるほどの人間になっていたのか。
私はできるだけ、にこやかに話しかけた。
「いらっしゃい、神原さん」
神原は、苛立ちを隠そうともせず、舌打ちを一つした。
私はそれでもニコニコと続ける。
「今日来てもらったのは、話があるからなの」
私は、おもむろにピンク色の花を手に取り、花鋏で根元を切る。
パチン、と心地のいい音が鳴る。
少し硬いけれど、私の好きな音だ。
神原は怪訝そうに、こちらを黙って見ていた。
私は構わず続ける。
「あなたがしたことについて。あなたが犯した、罪について」
そう語りながら、花瓶に花を挿す。
すると、彼女は動揺を隠しきれず、声を荒らげた。
「は、はあ⁉︎ 罪って、私が犯罪者だって言いたいわけ?」
取り乱す神原に、私は微笑みを返す。
「そうだよ? 散々香奈ちゃんや萌葉ちゃんを犯罪者呼ばわりしてくれたけど……」
私の頰から、一瞬にして笑みが消えていく。
「本当は、あなたの方が犯罪者なんだからね?」
神原は、少しだけ息を呑んだ。
私は、また笑みを取り戻して続けた。
いいコミュニケーションを取るためにも、笑顔は絶やさないようにしないとね。
「これから私が話すのは、あなたの犯した罪についてのお話。ぜひ、聞いてくれると嬉しいな」
私が笑いかけると、神原は顔を引きつらせ、体をのけぞらせた。
―――
あー、だるい。
私はアイツに呼ばれてここに来たのに、なんで浅井遥がいるんだよ。
アイツはいつの間にかいなくなっちゃったし。
アイツが来いと言うから、仕方なく走って来てやったのに――。
私・神原亜綺羅は、心の中で毒づいた。
走ってきたから、肺が苦しい。
息だって乱れている。
それが余計に、私を苛立たせた。
そういえば、前も呼び出してきたよなぁ。
あのときは、アイツが向こう側にいて、マジでびっくりした。
あのときのことを考えると、今でもはらわたが煮えくり返る。
それはともかく、ここは華道部の部室だ。
中を少し見ると、箱の中に変な形の花があった。
花びらの色は白で、中の黄色いやつを包むようについている。
囲まれているみたいで、ちょっと怖い。
花に怖いって思うのも、全部コイツの呼び出しのせいだ、きっと。
私は、浅井遥に目を向けた。
「何の用?」
おっと、声に感情が乗りすぎちゃったか。
私は、イライラと浅井遥を見た。
そして、気づく。
コイツ、笑ってる……!
あのときは、怒ってた。
私に対して怒鳴ってきたりとか、色々。
四人から囲まれて、あれはさすがにヤバかった。
だけど、今、コイツは一人だ。
一体どういうつもり?
私は、警戒しながら浅井遥の言葉を待った。
「いらっしゃい、神原さん」
浅井遥は、やはり笑ってこちらを見ていた。
なんだ、もしかして謝罪?
フフフ、やっと身の程をわきまえたか。
私は、少しだけそう思ったが、まだ少しの警戒が残っていた。
ああ、気持ち悪い。
私は、期待と不安の入り混じった心中に、舌打ちをした。
それにも構わず、浅井遥は一人で勝手に話を進めていく。
「今日来てもらったのは、話があるからなの」
話?
浅井遥の話というものに、どんどん引き込まれていく。
浅井遥は、濃いピンク色の、丸い花を手に取る。
さっき見た白い花よりも、目に強く焼き付くような、鮮やかな色だ。
何をするかと思ったら、浅井遥はなぜか、ハサミでその濃いピンク色の花の茎をパチン、と切っていった。
……は?
何食わぬ顔で花を手に持つ浅井遥からは、なんの感情も感じ取れなかった。
コイツ、私と話をする気があるのか?
私は、さらに警戒心を高めていった。
「あなたがしたことについて。あなたが犯した、罪について」
浅井遥は、手に持った花を花瓶に入れた。
その動作が美しくて、一瞬何を言っているのか、わからなかった。
私は、一瞬遅れて何を言われたか理解した。
罪……?
私が、何か犯罪を犯したとでも言いたいのか⁉︎
私は、ついに我慢できなくなって、叫んだ。
「は、はあ⁉︎ 罪って、私が犯罪者だって言いたいわけ?」
「そうだよ? 散々香奈ちゃんや萌葉ちゃんを犯罪者呼ばわりしてくれたけど……。本当は、あなたの方が犯罪者なんだからね?」
ハッと、息を呑んだ。
さっきまで、笑っていたのに。
浅井遥は――氷よりも冷たい温度をしていそうな目で、私を見た。
あの日と同じ、いや、それ以上に怒っている……?
私がゴクリと唾を飲み込むと、浅井遥はまた笑顔に戻った。
マジ、なんなんだコイツ。
そして、浅井遥は絵本の読み聞かせでもするかのように、こう続けた。
「これから私が話すのは、あなたの犯した罪についてのお話。ぜひ、聞いてくれると嬉しいな」
ゾクッ、と全身が凍っていく感覚。
私は、思わずのけぞり、顔を引きつらせた。
浅井遥は、相変わらず笑っていた。
そんな浅井遥が、私の目には恐ろしく映った――。




