オダマキの花が咲き誇るとき
ついに、この日がやってきた。
五月中旬、私は宣戦布告した。
この前、羽月ちゃんにしたときと同じように、神原さんにトークアプリでメッセージを送った。
haruka『明日の放課後十六時三十分、教室に来て』
AKIRA『おっけー』
そっけない返事だ。
神原亜綺羅にとって、浅井遥はそれだけの人間、ということだろう。
でも、それだけとは言わせない。
私が、あなたの曲がった性根を叩きのめしてみせるから……!
私は勝利への決意を新たに、誰もいない部室をあとにする。
生けたばかりのオダマキの紫色が、暗闇の中で浮かび上がっていた。
私が部室を出ると、部室棟と教室棟を繋ぐ渡り廊下に、人影が三つあった。
壁にもたれかかって無表情、でもどこかいつもより意思のある視線でこちらを見ている、妙中羽月ちゃん。
私を見て強気にピースし、歯を見せて笑う夏海萌葉ちゃん。
そして、キリッとした顔で真っ直ぐと私を見る、夜野香奈ちゃん。
全員、かけがえのない私の友達。
私たちは、連れだって一年三組の教室を目指した。
―――
私は、教室の前で深呼吸をした。
手足が震える。
冷や汗だって、背中に伝っている。
私が唾を飲み込むと、不意に私の両手が包まれた。
両隣を見る。
萌葉ちゃんと、香奈ちゃんだ。
後ろでは、羽月ちゃんも黙ってこちらを見ていた。
そうだ。
私は、この子たちを守るために立ち向かう――!
私は、静かに教室の中に足を踏み入れた。
教室に入ると、神原さんがこちらを一瞥する。
そして、驚いたように目を見張った。
「羽月……! なんで、羽月がいるの……?」
どうやら、私たちは完璧に神原さんを出し抜けたようだ。
神原さんは、心底驚いたような顔をしていた。
私は、神原さんを睨みつけた。
神原さんは、動揺している。
話をするなら、今――!
「神原さん。自分がしたことの重大さ、わかってるの?」
「私がしたこと……? なんのこと?」
私が詰め寄ると、神原さんはわからない、というようにとぼけた。
私は、さらに一歩前へと踏み出した。
「とぼけないで! あなたがしたことは、萌葉ちゃんと香奈ちゃんの噂をばら撒いたことでしょ?」
私の言った言葉に、神原さんは「ああ、それかぁ」と笑った。
「それは、クラスの子たちにお前らのヤバさを伝えるためだよ。私は、正しいことをしてるの」
「正しい、こと……?」
はらわたが煮えくりかえる。
私は、グッと力を込めて拳を握りしめた。
後ろにいる三人も、私と同じように神原さんを睨みつけている。
「正しいこと……? 神原さんがしたのは、二人を傷つけたことだけじゃない! 私は、それが正しいことだとは思わない」
「え〜? いいよねー、優等生は人を注意するだけでいい子って言われて」
ハッ、と息を呑む。
私は、何も言い返せなかった。
神原さんの言うとおりだ。
私は、優等生ぶっているだけだ……。
この正義感も、神原さんから三人を救おうと言ったのも。
――全部全部、優等生でいたいだけ?
私は、優等生じゃない……!
本当は、本当の私は――。
本当の私……?
私は、本当の私がわからなくなった。
私って、なんだろう。
息が苦しい。
私の頭が真っ白になっている間も、萌葉ちゃんたちが言い返しているのが、遠くから聞こえてきた。
「遥に、優等生って言うな!」
「遥は、優等生でいるために頑張ってきた。あなたとは違う」
「お前、本当にいい加減にしろよ……!」
三人が神原さんに牙を向いている。
私の意識は、徐々にしっかりしてきた。
香奈ちゃんたちは、わかってくれてたんだ。
私が、周りの期待に応えるために頑張ってきたことを……。
目頭が、不意に熱くなった。
が、神原さんはのらりくらりとかわす。
「は? ムキになってどうしたの? あっ、もう行かなきゃ。ごめーん」
神原は、スマートフォンの画面を確認して去って行く。
去り際、神原は私の耳元で囁いた。
「次は、お前を潰す」
私は、その場で凍りついた。
神原は、今度こそ教室を出て行く。
取り巻きのところに行くのだろうか。
その取り巻きも、本当に神原のことを好いているのだろうか。
私は、その人たちも救えなかった……。
私は、教室の床にへたりこんだ。
―――
私は、自室のベッドで膝を抱えていた。
ふかふかの布団に、いい香りのする花。
いつもは喜ぶものが、今は喜べない。
私はあの花のように、綺麗な人間じゃないから……。
「いいよねー、優等生は人を注意するだけでいい子って言われて」
神原の言葉が、頭の中にこびりついて離れない。
あの甲高い声で、ずっと笑われているような気もする。
明日も、学校がある。
――行きたくないな。
学校へ行けば、何を言われるかわからない。
今度こそ、私の噂が出まわるかもしれない。
怖い。
頰に、生ぬるい液体が伝う。
私はそれを拭うこともせず、目をジーパンに押し当てた。
ああ、萌葉ちゃんと香奈ちゃんも、こんな気持ちだったのかな。
ようやく、私も二人の気持ちがわかったよ……。
ブーン
突然、スマートフォンが振動する。
私は、ゆっくりとその黒い長方形を手に取った。
トークアプリのアイコンが、通知の欄に表示される。
――三人からだ。
私は、急いでそのアイコンをタップした。
MOEHA『大丈夫? 無理はしないでね』
萌葉ちゃん、香奈ちゃん、羽月ちゃんとのトーク画面に、萌葉ちゃんの優しい言葉が表示される。
私は、ただ安心して、また涙が溢れてきた。
香奈『今回は駄目だったけど、まだこれからがある』
香奈『これからどうするか、考えよう』
香奈ちゃんは、もうこれからのことに目を向けている。
切り替えが早い。
さすが、香奈ちゃんだ。
ハツキ『遥のことは、アタシたちが絶対守る』
ハツキ『遥のしたいようにしていいから』
私の、したいように……。
私は、そっと目を閉じて思案した。
私は、神原に勝ちたい。
間違っていることを認めさせて、なんなら二度と笑えないようにしてやる……!
私は、スマートフォンのキーボードをフリックした。
私たちの戦いは、まだ始まったばかり。




