著莪の花が咲き誇るとき
「あたしは、友達を守れなかった――」
萌葉ちゃんは、ポツポツと懺悔をしだした。
―――
あたしが中学二年生だったころ――。
あたしは、細井星那という子と仲が良かった。
星那は気が弱く、あたしは気が強い。
正反対の二人だったけれど、なぜか二年生で同じクラスになってから、とても意気投合した。
一学期のころは、平和に過ごしていたと思う。
とても楽しかった記憶がある。
――でも。
二学期になってから、状況が一変した。
星那が――いじめにあったのだ。
クラスでカースト上位にいる女子が、気の弱い星那を獲物ととらえたのだ。
陸上部の子だった。
星那がいじめられている中……あたしは、何もできなかった。
それどころか、いじめに加担するようなこともしてしまった……。
ある日、いじめっ子があたしに、
「細井って、マジダサい。萌葉も、そう思うでしょ?」
と問いかけてきた。
あたしは、「そうは思わない」と――そう、言いたかった。
でも、できなかった。
彼女たちの言うことを否定したら、あたしまでいじめられる。
そう思ったからだ。
あたしはバカだけど、それくらいはわかる。
だから、あたしはこう答えてしまった。
「そうだよね〜」
体が、引き裂かれそうだった。
あたしがあたしでなくなっていくような、深い海に溺れていくような。
そんな錯覚さえ覚えて、あたしは息ができなくなりそうだった。
作り笑いは、得意だ。
あたしがニコニコと答えると、彼女たちは満足そうに頷いた。
「やっぱそうだよねー」
「ウケる〜!」
主犯格のような女子が意地悪く笑い、周りの女子たちも共感の言葉を言った。
……なにが「ウケる」だ。
あたしが、もっとバカだったらよかったのに。
あたしがもっとバカだったら、彼女たちに「そうは思わない」と、はっきり言えたはずなのに……!
あたしは、彼女たちがあたしから目を逸らしてから、唇を噛んだ。
あたしは、星那の方をチラリと見た。
――目が、合った。
心臓が、ドクドクと波打つ。
星那に、見られていた。
あたしと星那は、ほとんど同時に互いから目を逸らした。
あたしって、本当に最低だ……。
それからは、あたしと星那は疎遠になった。
三年生になるとクラスも別々になり、顔を合わせる機会すら失った。
あたしと星那は別々の高校に行き、最近では全く会っていない。
星那は、今何をしているのだろう。
星那に、謝りたい。
星那に、会いたいよ。
あたしは、ただそう思うことしかできない――。
―――
「これが、あたしの話。大しておもしろくもない話で、ごめん」
萌葉ちゃんは、そう言って小さく笑いながら頭を下げた。
私は、その話の間ずっと眉根を寄せ、話に耳を傾けていた。
いつも明るい萌葉ちゃんに、そんなことが……。
頭の中では、これまでの萌葉ちゃんとの思い出がフラッシュバックしている。
私と友達になったときも、私に勉強を教わりに来たときも、神原さんが噂を流したあとでさえ。
あのときも、あのときも、あのときも。
私が思い浮かべる萌葉ちゃんは、どれも笑顔ばかりだ。
いつも笑顔で、何を思っていたのだろう。
何を、考えていたのだろう……。
そう思うと、私は胸が締め付けられる思いになる。
私は、目の前の萌葉ちゃんを見た。
今このときでさえ、萌葉ちゃんは笑っている。
ねえ、萌葉ちゃん。
何で、笑っていられるの?
「――……」
私は、萌葉ちゃんに話しかけようと口を開け、また閉じた。
なんて声をかけたらいいのか、わからない。
何を言っても、不正解な気がして。
私はこんなところでも、「正解」を言おうとしてしまう……。
「優等生」として染みついてしまった、癖だ。
私は、かける言葉が見つからないまま萌葉ちゃんを見つめた。
なんて言ったらいいの?
なんて、声をかけてほしい?
そこまで考えたとき、先ほどの萌葉ちゃんの話を思い出した。
萌葉ちゃんはきっと、うわべだけの言葉を嫌ってる。
私にできること。
それは、真心のこもった言葉を届けるだけ――!
正解なんて、ない。
不正解でもいい、私の言葉、萌葉ちゃんに届け――!
私は、足に力を込めてしかと立ち、口を開いた。
「私も、萌葉ちゃんと同じような境遇で後悔したこともある。けど、それは大切な経験だよ。失敗の先には、きっと――成長が待ってるから」
「アタシからも言わせて。萌葉は、被害者だ。紛うことなき、被害者だ。こんなに心を削っているんだから」
「私もそう思う。萌葉、いつも本当に笑えている? 私は、萌葉はいつも泣いているように見える」
「泣いてる……? あたしが?」
私たちが想いを込めた言の葉は、萌葉ちゃんに届いただろうか。
萌葉ちゃんの頰に、透明な液体が伝う。
そして、堰を切ったように溢れ出した。
「あたしっ、星那を傷つけた……! あたしは、ダメなやつだよ……」
萌葉ちゃんの涙は、止まることを知らない。
私は、そんな萌葉ちゃんに、純白のハンカチを差し出した。
「誰しも、人を傷つけてしまうことはある。人を全く傷つけないことなんて、できるわけないの」
萌葉ちゃんが、こちらを向く。
涙のすじが、キラキラと輝いた。
私の言葉、届いたかな。
「あたしは、星那に謝ろうと思う。謝って、前へ進みたい」
そう言う萌葉ちゃんは、とても輝いて見えた。
萌葉ちゃんは、この前生けた著莪の花のように、咲き誇っていくのだと思う。
著莪は菖蒲や杜若の仲間だけれど、菖蒲や杜若よりも個性的な模様が特徴の花だ。
萌葉ちゃんに、ピッタリだ。
私たちは、柔らかく微笑んだ。
――でも。
これで終わりでは、ないのだ――。
―――
萌葉ちゃんが、涙を拭ったあと。
暖かい雰囲気に包まれていた私たちは、香奈ちゃんの真剣な声で現実に引き戻された。
「次は、私の番」
私は、香奈ちゃんを見た。
そして、緩んでいた顔をまた引き締めた。
香奈ちゃんは、本当に犯罪者なのか。
今、その真実が明らかになるんだ――。
そう思うと、背筋が無意識のうちに伸びる。
「私は確かに、犯罪者なのかもしれない――」
さあ、次は香奈ちゃんの懺悔だ。




