クレマチスの花が咲き誇るとき
部活のあと、電車の中で。
私は、スマートフォンの着信を確認した。
ロック画面には、羽月ちゃんからのメッセージが溜まっていた。
……まさか、何かがあった……⁉︎
そう思った私は、急いでチャットを確認した。
だが、その内容は、私の想像していたようなことではなかったようだ。
私は、深く背もたれにもたれかかった。
むしろその内容は、私たちにとって希望となりうるものだった――。
ハツキ『あきらの被害者の会があった』
ハツキ『クラスメイトが話しているのを聞いて、アタシもチャットに入れさせてもらった』
ハツキ『アンタも入る?』
そのメッセージは立て続けに送られたようで、受信した時刻は全て部活中のものだった。
部活に集中していて、気がつかなかった。
これは、大きな収穫だ……!
心臓が、トクトクと波打つのを感じた。
でもそれは、嫌なリズムではなくて。
これから起こることへの、期待だった。
神原さんが噂を流したとき、クラスメイトの視線が痛かった。
せっかくできた友達は犯罪者かもしれなくて、クラスメイトもみんな敵で、教室に味方なんていないと思っていた。
でも、違った。
私たちと同じように、神原さんの被害を受け、敵視している人が、クラスにもいた……!
私は、羽月ちゃんに返信するため、期待を胸に指を動かした。
haruka『入る!』
haruka『萌葉ちゃんと香奈ちゃんにも伝えるね』
私がそう送信すると、すぐに既読がついた。
そして、間を置かずに返信が来た。
ハツキ『わかった』
簡素な返事。
それも羽月ちゃんらしくて、私は好きだ。
私は、香奈ちゃんと萌葉ちゃんとのグループチャットを開いた。
そういえば、羽月ちゃんもグループチャットに入れた方がいいかな。
でも、被害者の会のチャットがあるのなら、そこで羽月ちゃんとも話し合えるかもしれない。
神原さんを、どうやって懲らしめるかを。
口の端が、勝手に上がっていく。
私は、グループチャットにメッセージを送信した。
haruka『羽月ちゃんが、神原さんの被害者の会を見つけたみたい!』
haruka『二人も、そのチャットに参加する?』
送信して間もなく、萌葉ちゃんからの返信があった。
MOEHA『するする!』
MOEHA『遥一人に戦わせるわけにはいかないからね!』
冷たい画面から、じんわりと温度が伝わってきたかのようだ。
私の心の奥が、ふわりと温度を上げていく。
ありがとう、萌葉ちゃん。
私は、その文字の羅列を噛み締めた。
そして、香奈ちゃんからも返信がやってきた。
香奈『私も参加する』
無愛想だけど、しっかりとした意思のある文面だ。
香奈ちゃんも、積極的に参加しようとしてくれている。
体の芯まで、さらにぽかぽかとしていくようだ。
また、画面を切り替える。
そして、すぐにメッセージを送信した。
haruka『二人も参加するって!』
送信すると同時に、既読がつく。
早っ。
もしかして、画面の向こうでずっと待っていてくれていたのだろうか。
そうだとしたら、とてもじんとする。
しばらくすると、オープンチャットの招待が来た。
私は、そのオープンチャットに参加しようと、説明を見た。
『必ず匿名で参加してください! H高校一年三組KAの被害者が集まるオープンチャットです』
匿名、か。
私は、正体がバレない程度のニックネームを考える。
そして記入し、参加ボタンを押した。
唾が、私の喉を通っていく。
どんな雰囲気のチャットなのだろう……。
心臓が、少しずつ高鳴りを増していった。
ほんの数秒で参加が完了し、トーク画面が表示される。
私は、「よろしくお願いします」と送信した。
萌葉ちゃんと香奈ちゃんもチャットに招待し、やがてチャットスタンプが送られてくる。
すると、五名ほどの参加者たちが、私たちを歓迎してくれた。
ララ『よろしくね、アザミさん、ミドリさん、Yさん!』
あかさた『三人ともよろー』
サカたん『T月が呼んだ人たち? よろしく〜』
T月『そう、アタシが呼んだ。よろしくね』
メラメラ『よろしく!』
みんな、歓迎してくれてる……!
今のところは、暖かそうな空気だ。
口元が綻ぶ。
私は、チャットを打ち込むスピードを早めた。
アザミというのは、私のニックネームだ。
こういうとき、すぐに花の名前を思いついてしまうのは、昔からの癖だ。
Yというのは夜野、つまり香奈ちゃんだから、ミドリというのはたぶん萌葉ちゃんだ。
T月というのは、羽月ちゃんのことだろう。
私は、打ち終えた文を送信する。
何気ない気持ちだった。
アザミ『みんなは、神原さんに復讐してみたい?』
私は、もしかしたら仕返しの手助けをしてくれるかもしれない。
じっとりとした汗が、手から溢れる。
ららさん、あかさたさん、サカたんさん、メラメラさん。
誰か一人でも、反応してくれますように。
しばらくすると。
サカたん『復讐したいに決まってるでしょ』
ドクンッ、と心臓が跳ねる。
ララ『本当にむかつく!』
メラメラ『消えろよあんなやつ!』
あかさた『ボコボコにしてやりたい』
ララ『一度痛みを知るべき』
あかさた『それな!』
メラメラ『最低なやつだから、最低なことし返しても許されるよねwww』
チャットは、荒波のように流れていった。
『消えろよあんなやつ』……?
これは、悪口だ。
本人のいないところで悪口を言う――陰口は、駄目だ。
そんなことをしたら、いずれはバレて、叱られてしまう。
『ボコボコにしてやりたい』……?
物理的になのか精神的になのかはわからないが、私の望む復讐はそんなものじゃない。
ただ、神原さんに罪を自覚してもらいたいだけなのに。
復讐に協力してくれるのなら、ありがたい。
でも、このやり方は間違っている。
私は、神原さんに消えてほしいなんて思っていないのに……。
「そんな仕返しなんて、望んでないよ……」
小さな音が、静寂の中に染みを作った。
被害者の会みたいに強く出ることができないのは、私が弱いからか。
……それとも、優等生の称号にみっともなくしがみついているからか。
無意識に、胸のあたりに手を当てる。
混雑する思考とは反対に、心音はしっかりとリズムを刻んでいた。
なに、これ……?
このチャットに流れている波は、ドス黒い悪意の色をしていた。
全員が、同じ色をしている。
全員が、神原さんを懲らしめてやりたいと思っている。
確かに、神原さんはいけないことをした。
私も、一度復讐したいとは思っている。
でも、そんなことをしたからといって、悪口を言ってもいいのか。
もう少し、正しい裁き方があるのではないか。
私たちが酷いことをしたら、神原さんと同等になってしまうのではないか。
周りからも、酷い人だと言われてしまうのではないか。
これでは、どちらがいじめているのかわからない。
私は、ため息をついてそっと画面を閉じた。
一度に多くの悪意を見すぎて、クラクラしそうだった。
まるで、クレマチスの蔓が私の体を縛りつけているように、心臓のあたりを冷たい手が撫でていくように。
その気持ち悪さは、電車から降りてからも続く。
家に着いたあとも、凍てつくような悪意に――息ができなかった。




