薬袋
あれから数日温花様と屋敷の掃除と修繕をしていた――。
不思議なのが温花様が掃除、修繕する能力の高さだ。
あのカビや汚れは落ちないはずなのにいつの間にか落ちていて、綺麗に修繕されていて鮮やかな空間になっている。
あの奇妙な格好をすればその能力が発揮できてしまうのかしら――?
今日の作業も終え、お茶をゆっくり飲んでいると大事なことを思い出した。
陈莉「温花様大変です!」
温花「どうしたの?陈莉」
陈莉「皇太后様への挨拶には行かれていますか?」
温花「ううん?張宏様挨拶行くように言われてないよ?そんな急にお偉い様人に会えるの?」
陈莉「会えなくとも、入宮したことを知らせるために贈り物は届ける必要があります……」
温花様は明らかに嫌そうな顔をした。
温花様の表情の数はまるで小さな子どものようだ。
皇太后様に早く会って派閥に入れてもらって、後宮での自分の立ち位置を決めたいと思うお妃様が大半のはずなのに。
こんなに嫌がるなんて思わなかった。
しばらくぼーっと屋敷の庭を眺めて温花様は考え込んでいたと、思えば焦って嬉しそうに寝室の方に走っていってしまった。今度は何を閃いたのか――?
温花「あっ……!陈莉ここで待ってて!少し用事!」
スマホがブルっと衣の中で震えた――。
これは红京から返事があったんだ!全然返事が届かないからもしかしてメッセージ機能使えないのかと思ってたのに。
部屋に入り、急いで返信を確認した。
「そんなことで貴重な充電を消費しないでください」と。
あ……そういえばドライヤーがないからどうやって髪を乾かすの?なんてしょうもないメッセージを送っていたことをすっかり忘れていた。
続いてまたスマホが震えた。今度は何を怒られるんだろう――。
「今からそちらの屋敷に向かいます。屋敷の裏に隠れていてください」
とメッセージが届いて、スマホを持っていた手に力が入る――。
红京が今からここに?!
部屋の窓から飛び出し、着地した足が少しジンと痛む。でもそんなことどうでもいい。
屋敷の裏はまだまだ背の高い雑草が生い茂っているため、掻き分けて進んでいく――。
勢いでここに来てしまったけど、红京の用事って何だろう?もしかして直接怒るため?(笑)
どうしよう、心臓が早く動きすぎて体に力が入らない。
屋敷の裏に小さく身を屈めていると草をかき分ける音が近づいてくる。
その先には緑の衣が見えてきた。
それだけであたしは気持ちが吸い込まれそうになり、大きな声で红京を呼んだ。
温花「红京っ!」
红京「しっ……!静かにっ」
红京は焦ったのか、あたしの体を草木の中へ押し込み横にピタリと並ぶ。
红京「温花様、だめです。あなたは皇帝の1人の女性になっているんです。本来男女で会うことは許されないのです」
なんだか屋敷の掃除と修繕に駆け回っていて時間がかなり立ってしまっていたのか――。
红京に会えたのはとても久しぶりのように感じた。
あの薬?の匂いがする――。
红京の言っていることはまさに正論だ。
考えればわかったことのはず――。温花ではなく「様」をつけてくれてるのも一応妃になったからだろう。
温花「あ……そ、そうだよね。……でも红京はなんでここに」
红京「温花様が皇太后様への贈り物の持ち合わせが無いと思い、薬を持って来ました」
红京は自分の懐から薬の入っている袋を取り出し、差し出してくれた。
その袋からは一層薬の匂いがする。
温花「贈り物って、薬OKなんだ!」
红京「はい。皇太后様は貧血気味のようなので、こちらの薬が良いと思います」
红京に怒られると思って身構えていたあたしは红京が危険を犯してまでここに来てくれたことにとても温かくなった。この薬の匂いがあたしにとって華国での精神安定剤になっているのか、薬袋を嗅いで思わず笑ってしまう。
红京「薬を嫌がるお妃様ばかりなのに、温花様は薬が好きなんですか?」
温花「好き……?ん?うんっ、これ好きだよ!?」
红京「一度飲んでみるといいですよ(笑)そう言えなくなってしまうと思うので(笑)」
温花「え……?そんなに苦いの?!」
红京「はい、苦いです」
温花「元を辿れば草?だもんね……?」
红京「はい(笑)」
红京はクスクスと横で笑っている。
これはきっと何かある?
温花「何?!草の中でも臭くて苦いの選んでるとか?!」
红京「温花様、知らない方が幸せなことってあると思いますよ」
温花「そんなの現代の薬局で言えば、ここはヤブ医者だって言われるよ?!説明大事!」
红京「温花様のためヤブ医者になりましょう」
ヤブ医者か――(笑)
現代の医術からすればヤブ医者だと言われてもおかしく無いだろう。
俺だって最初は目を疑うことばかりだった。
この時代でできる医術には限りがある。
今できることを最大限に医者見習いとしてするしか俺にはわからない。
温花は漢方が薬草だけでできていると思っているんだろう(笑)
有名な生姜、人参だけでなく、動物系の生薬、鉱物性の生薬など内容は温花が聞くとひっくり返るだろう……。
そんなことも知らない温花は薬がいい匂いだと嗅いでいる……(笑)
温花「ありがとうございます……红京いないとあたし手ぶらでした(笑)」
红京「笑い事ではないですよ。皇太后様に好かれておかないと、今後大変な思いをすることが増えます」
温花「あー、お局に媚び売らなきゃですよね(笑)」
皇太后様のこと、後宮内のことには全く興味なさそうに薬袋の作りに興味津々だ。
红京「あなたって人はどうしてそこまでお気楽なんですか」
温花「皇太后様に会えるなんて人生経験の彩りすぎるよね……?後宮のことも経験できるのラッキーだと思って(笑)」
红京「最悪あなた死んでしまうんですよ。わかっているんですか」
温花「大丈夫、红京が薬で治してくれるでしょ?」
そんな和かに言われてもこの世ではできることがあまりに限られすぎている――。
このヤブ医者がこの人をどこまで救うことができるのか――。
红京「……それが本来の医学館の仕事ではありますが……」
温花「ね、大丈夫です!どうにもならなかったら、現代に戻ればいいかなって(笑)」
红京「温花様は戻れますからね……」
俺は温花がお気楽なことももう分かっているはず。
別にそこまで現代という場所に執着しているわけでもないのに。
俺が現代に帰れないことを自分のことのようにこの人は落ち込んでいるのか――。
温花「すいません……红京戻れないんだよね……でもなんで红京は戻れないんだろう……」
红京「わかりません」
温花「戻りたいの?」
红京「わかりません。ただここで信じてみたい人がいるんです。その人のことを見ていたいと思っています。いつか帰ることができればあちらで温花様に会ってみたいですね」
温花「ふっ(笑)ここと変わんないと思います(笑)あたしあっちに戻りたいなんて思わなかったけど、それは確かに会ってみたいです(笑)でも今までも戻りたいって思ったことあったんじゃ……」
あたしは、红京の本音を探りたくてじっと顔を見た――。
红京の目は細く、中に見える瞳は綺麗な緑に見える。
クセのある黒髪と、医学館の衣が红京にぴったりだと感じいたのは瞳の色だったんだ――。
前を見ていた红京はこちらをふっと見る。
红京は現代で出会ったことある男の人とは真逆で。
こんな余裕のある人っていなかった。
いつも楽しさを求めて行動していたからこんな静かな人と話すのは苦手だと思っていた。のに――。
ふっと心が軽くなって、温かくなる。
红京「はい。でもそれは俺の幼稚な考えでしたね。ここで生活して俺の気持ちだけではどうにもならないことを見て来ました。温花様の言う人生の彩りをここで味わっているんでしょうね。――あまりここに長居をしてしまうといけませんね。ではまた」
温花「待って!次いつ会える?」
红京「それはわかりません。温花様が皇帝から寵愛を受けることができれば、また機会はあると思います」
この世に飛ばされて、红京が居てくれたからあたしは安心してしまっていた。
この後宮に入ったからきっと思うようにいかないことがたくさんあるんだろう――。
温花「医学館忙しそうだもんね」
红京「はい。学ぶことがたくさんあります。明日の皇太后様へのご挨拶頑張ってくださいね」
温花様と会うことがバレれば男女の相引きとして、重い処罰を受けることになる。
俺は医者という立場があり宦官へならずに済んでいるだけだ。この後宮の中は宦官しか出入りすることを許されない。ここに来るのも命がけだ。
温花様はそんなこと気にかけていないのだろうけど――。




