夜の町✿
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楊兎「――侍女の温花、何やってんのー?(笑)」
北の地の夜は程よく肌寒い。
街に並ぶ数少ない温かい灯籠は風にゆらゆらと揺れて、視界の灯りが定まらない。
桜華園の屋敷もある程度自由だし、皇帝華辉様の理解もあって楽しく過ごせている。妃ではなく侍女として少しの自由を生かさない手はない。
大陸のとある町は皇帝陛下一行がやって来たとあって商店は夜まで賑わいを見せ、あたしはついつい長居しすぎてしまっていた。
温花「そろそろ帰ろうと思ってたところ!」
あたしに必要なものはあの屋敷には揃いすぎていて華国でお金の使い道は無く、手元に溜まっていた。あたしの欲しいものがあれば買い物ができればなんて思っていた――。
楊兎「温花、こんなところで何やってんだ?あぶねーぞ?」
温花「いえ……あの……」
楊兎将軍の長く綺麗な銀髪は月夜に照らされ、小さな灯籠に黄金の目は輝いて見える。朝にも、夜にも映えるこの人は本当にビジュが良すぎる。
これまで何人の女の人を狂わせて来たんだろう。
いや、剣術だって華国で最高峰。こんな綺麗な顔見せられてしまえば男の人だって惚れちゃうんだろうな(笑)
そんな人はあたしの手の中にある皿をじっと見つめ、灯篭の光を集める。
だが、その光の中に黒いものを見ているような悲しい目――。
楊兎「綺麗な陶器だ」
温花「中華的だけど、ありきたりじゃないからあたしは好きで欲しくなって悩んでたらこんな時間に……(笑)」
楊兎「いいよな、クコの実――」
楊兎将軍はその皿から目を離せないようだった。
あたしの知識ではクコの実が何なのか分からない。だけど楊兎将軍にとってはこれが思い入れのあるものであることが分かる。
温花「……これに温かいスープを入れて――」
楊兎「――美味しいよな……ミルクスープ……」
ミルクスープ……?
後宮内で飲んだことない……ミルクって牛乳とか乳のことだよね?
温かいスープと言えば塩味のある中華スープとかが代表的なんだと思ったけど――。
楊兎「俺ここ好きだったんだけどな」
温花「前とは変わっちゃった……?」
クコの実、ミルクスープ、宮中で見かけないようなこのお皿は色使いがシンプル。
この地域の物を懐かしむ様子からもしかすると、楊兎将軍はこの地方の人間?
知っていたものと変わってしまった悲しさの目だったの――?
楊兎将軍は大きな目を少し見開いて、少し引き攣った顔で笑った。
あ……なんか今の言葉間違えちゃったのかも……。
この人はずっとこうやって飲み込んできた人で――。
持っていたクコの実が彩られた皿を並んでいる商店の棚に戻し、次の言葉を考える時間を稼ぐ。どうすればこの大将軍の、いつもは太陽のような大将軍の傷を癒せるのか――。
この人がすべてを話してくれるような人ではないこと。
この人の背景は現代から来たあたしには全て察することができないこと。
どうすれば――。
いつも楊兎将軍はあたしたちをこの体ひとつで守ってくれているのに。
目を商店の皿から横に移すと、呆れた顔の红京は仕方なさそうに歩いてくる。街へ出たあたしと楊兎将軍を連れ戻すよう指示でもあったんだろう。
温花「红京っ」
红京の手を引っ張り楊兎将軍のところへ戻る。
このときは恥ずかしいなんて、淡い感情なんて一切なかった。ただ目の前の友人の背中をさすってあげたい、その一心だった。
この人が崩れる前に――。
1人にしたくない――。
温花「楊兎は特別!あたしにとって特別なの!……きっと红京も一緒!だから――」
红京「……はい、そうです――?――楊兎将軍がいなければ俺はここに存在できなかったので。あなたは特別です」
楊兎将軍の衣を引っ張り红京の前に突き出す。
红京は急な対応にも、この状況を理解してくれたのか相槌を打つように、楊兎将軍に一人ではないことを「特別」であることを言葉を重ねる。
今この人に伝えなきゃいけない言葉を。
役割でも、身分でも、恋愛でもなくて。楊兎という人物は特別だと――。
楊兎「温花、红京ありがとな!俺は2人のところに帰れるの、嬉しいっ!」
この人が傷ついてしまっているのなら、ここにいていいって伝えたくてたまらなかった。
楊兎の衣を持つ手から力が抜ける。
よかった。最初はそう思った。
強く振る舞う男にまた無理に笑わせてしまったかもしれない――。
何が正解だったのか分からなくなってしまった。
红京「……温花、今あなたは付けられています……屋敷へ帰りましょう」
楊兎「红京、先に温花と帰ってもらえる?俺も買いたいものがあってさー」
红京「わかりました。温花様のことは強めに叱らせてもらいます」
楊兎将軍はいつものような逞しく勇ましい顔に戻っていた。
红京はその場を離れようとしない背中に優しく手を添えて前に進むよう促す。
この人を一人にしたくない――。
あたしは寂しい時、しんどい時一人で乗り越えるの、ずっと――。
ずっと悲しかったから――。
红京「温花、楊兎将軍に目は潤んでいました。ここは女性の温花が居ては泣けませんので」
温花「……と、友達だから涙を……拭いてあげたいの……」
红京「先ほどの言葉で十分、救われているはずです。あなたは付けられているんです。早く宿に帰りましょう」
温花「知ってる……でも」
红京「わかっていて一人でいたんですか……?」
小さな灯籠の光に照らされる红京の目は赤く鋭く光る――。
真っ直ぐに見る目にあたしは吸い込まれそうで――。
この红京の目はあたしのことも楊兎将軍のことも見透かしているようで。なんで欲しい言葉と行動がサラリとできてしまんだろう。
温花「……探してた……」
红京「探してた……?皿を?――まさか帰る方法を……?危険を侵してまですることではありません!」
温花「……红京が帰りたいと思った時に、帰れるようにしたくて」
红京「俺は現代に帰りたいと思っているわけではないんですよ?それに命の方が大事です」
温花「……红京の命を守らなきゃいけないときが来るかもしれないじゃん……」
红京「厳しい言葉を言いますが、頼んでなんかいませんよ……誰かのために温花がいるんじゃないんです!あなたはあなたのためにいてください!」
温花「あ……そうか――」
あ、かゆい――。
心を燻られるようで、あたしが分からなかった感情を红京は教えてくれた――。
あたしにとって怒ることって凄く疲れることで、それをあの穏やかな红京が厳しい言葉で「自分のため」に存在していい、と言ってくれたようで――。
あ、そっか――。
楊兎将軍のあの顔を見てあたしは、あたしがあの顔しているときに「特別」だって言って欲しかったから必死になって言葉にしたんだ――。
「普通」ではなく、「特別」になんて。
なんてわがままなんだろう。
結局楊兎将軍を通して、自分のことばっかで。
大事にしたい楊兎将軍の傷と毒が痛くて叫びたいはずなのに、あたしがなんとかしたい気持ちは本当だった。泣いている人がいれば傍で涙を拭いて、泣き止むまで背中をさすってあげたいのに。
将軍だからだめなの?楊兎将軍の涙は誰が拭いてくれるの――?
あたしは現代に戻ればここから逃げられるなんて考えてる……楊兎将軍も红京も、皇帝陛下も、陈莉もここで生きて逃げたくても逃げられないのに。
红京はここで生きていくと決心しているのに、あたしが勝手に红京の人生に踏み込んで。どうしてあたしは一人で勝手に右往左往してるんだろう。
温花「――ふっ……(笑)」
乾いた笑いしか出ない。
隣にいる红京みたいに、器用に生きるの難しすぎる、ね――。




