風と球✿
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「山源とてもいい音色ね」
そう、この優しい声が好きなんだ――。
妻は目を細め幸せそうに耳を澄ませ、夫婦の安らぎの時間を作ってくださった。
「墓場の変人」と呼ばれる温花様が送ってくれた風の音を鳴らす「風鈴」。
華国では目にしたことのない品。
綺麗な硝子細工に施された山と水の流れる絵。
今日も今日とて、華辉様は「墓場」と呼ばれる屋敷へと向かう――。
また一段と騒がしい屋敷の中は大きな声が響いていた。
楊兎「やったー!俺の勝ちだー!」
温花「楊兎!ずるい!」
楊兎「何もズルはしてないぞ!?」
温花「体格っ!体格のこと!」
楊兎「温花はもっと食え!」
降り続いた雨も上がり、雲1つない空の中楊兎将軍と温花様は球蹴りをして遊んでいる。まるで幼子のように球を追いかけるのは華国の大将軍と墓場の妃。
皇帝華辉様は目の前の光景が信じられないと顔の表情を動かすことを忘れてしまっている。
華辉「正気か……あの大男相手に……」
红京「……他の妃を見習って欲しいですね」
医者見習いは一歩引いて細い目をやると、手は止めずに薬の調合をしてこちらもまた忙しそうだ。元気すぎるこの妃のために薬を調合する手間が増えたと、ため息を漏らす。
華辉「医者の指導であれば温花も静かになるのではないか?」
红京「王令に耳を傾ける女性であれば、苦労せずに済んでいるかもしれません」
騒がしいほうへ目を少しむけると――。
衣がはだけるのも気にせず、寧ろこの長い衣が邪魔だと文句を垂れている妃は大将軍相手にリフティングを披露する。現代では女子高生の温花がリフティングできているということはそれなりにサッカーをして遊んでいた証拠。
楊兎将軍はどうやるんだ!と目を輝かせ、指導を受ける。あっという間に身に着けてしまう様子に温花は悔しそうに、今度は手の指の上で球をクルクルと回してドヤ顔だ。
王が自身の屋敷に赴いていてもこのいつもの様子は変わらない。
あっという間に指の上で球を転がすと温花は悔しそうに楊兎将軍に球を投げつける。
あの投げ方は――。
足元を狙い相手が取りにくい場所へ角度と回転を付けて取りにくい球が繰り出される。
ドッチボールの回数をこなした人間が身に着ける球。
大きな体の楊兎将軍は足元の球に手を伸ばすが、ポロリと球が転がり落ちる。
それを見た温花は「あたしの勝ち!」とニヤニヤと笑い、飛び跳ねる。
華辉「あのような鍛錬は始めて見た――」
皇帝華辉は新しい鍛錬だと感心し、球の行方を目で追う。
山源は鍛錬ではなく、あれはただ遊んでいるだけだと喉まで言葉が出かかる。
騒がしい屋敷にいる人物は楊兎将軍が力を込めすぎた球がブレ動き、作業を進める红京のほうに飛んでいく球を見る――。
一人の元気な妃を除いて。温花は球へ吸い付くように走りだす。
楊兎「あっ!」
温花「――红京!危ないっ!」
走り出した体は止まらず――。
強い球を、横目に冷静な顔のまま片手で完璧にその球を掌で止める。
红京「――こちらに飛ばさないでください、と言いましたよね?仕事をしているんです――」
調合されていた薬は周りに散らばる――。
医者見習いの体の上に突っ込んでしまった妃は、静かになる。
そんな温花お嬢様を体の上に乗せた红京は目を細くする――。
红京「怪我でもしましたか?」
温花「いや――元気。(いや、死んでるかも……)」
元気なのはここに居る誰もが知っている。
侍女の陈莉は持っていた荷物を投げ捨て、主人の元に駆け寄り、球を飛ばした楊兎は「やばい!」近寄る。
陈莉「だ!大丈夫でしょうか?!」
楊兎「おーい、球大丈夫かー?」
红京はまだ体の上から動けず、言葉も発さない温花を抱えたまま球の持った片手でふわりと楊兎将軍へ返す。
红京「球より体を大事にしてください」
温花「いった……ぃ……指……足……打った……」
红京「楊兎将軍も妃相手に本気出さないでください。それと球を心配する前に妃のことを心配してください。あなたの給金では支払えない額の請求が行きますよ?」
楊兎将軍はハッとし、歯をカタカタと大きな体を小さく皇帝華辉からバレないようにと隠れようとする。
红京は呆れた様子で自分の上に落ちてきた温花の背中をさする。
红京「立てますか?」
温花「あ……うん……。きゃーーーーーっ!!」
今までの静寂の時間を取り戻すかのような大きな声で温花は叫ぶ――。
体を動かそうとすればするほど、空回り红京の胸にぶつかり、罠にかかった小動物のよう。
红京「そちらから突っ込んできたのでしょう?こちらが叫びたいです」
陈莉「お嬢様動けますか?お怪我は?」
温花「……ぁ……いや……あの……腰が――」
红京「腰が抜けたんですか?……楊兎将軍、しばらく球蹴りは禁止させてください。腰が抜けたは死活問題です」
楊兎「あ……っ、あ、ごめん!温花!大丈夫か?!」
温花「全然っ……、大丈夫じゃないと思う」
起きあがろうとする温花お嬢様は力が入らないようで、顔を真っ赤にし崩れ落ちるように红京の体に落ちていく。
温花「ごっ……ごめんっ……力入んなくて……(笑)」
红京「華辉様すいません、回収をお願いします」
山源「こちらも腰が抜けてます」
華辉「――」
温花お嬢様と红京様のこのような姿を見て言葉を失い、白目を向いていた。その姿を見て楊兎将軍はよく状況を理解しているのか、いないのか、腹を抱えて笑う。
楊兎「華辉何やってんだ!球飛んできたくらいでびびるなよっ!起きろーっ!(笑)」
红京「温花様動かしますよ?」
红京様はこの周りの状況を把握し、腰の抜けた温花お嬢様を寝床へと運んだ。
红京「明日は双六くらいに収めてください」
温花「あ、あの双六飽きたの〜……」
红京「また新しいもの作ればいいじゃないですか」
温花「あれで3作品目なの〜!もうネタが尽きちゃって」
红京「わがまま言わないでください。子が成せない身体になってしまったらどうするんですか!華辉様が困ります」
温花「……あたし元気だから……!」
寝床にそっと置かれた温花は反対側を向いて不貞寝してしまった。
あの反応を見れば分かる。絞り出した言葉は医者を安心させるための言葉。
温花お嬢様は红京様のことを――。
華辉様もそのことは医学館のときからもう重々わかっているはずだが――。
わかっていても目の当たりにするのは少し刺激が強すぎた様子だった。
楊兎「華辉は温花のところへ夜はいかねーんだな」
華辉「……他が忙しいから、な!」
楊兎「強がって!(笑)まさか温花以外で使い物にならねーとかか?(笑)妃の被害者ださねーよーにしねーと、後々大変だぞ?プライドを傷つけられたとかでさー!(笑)」
山源「楊兎様っ!」
楊兎将軍は華辉様の背中をバンバンと叩きながら笑っている。
華辉様は力なく、空を向く。その様子を見て察したのかやばいと固まる。
楊兎「――何人の妃で試したんだ……?」
華辉「李珠江合わせて3人だ……」
楊兎「じゃ、早く温花のところに行けばいいのに」
華辉「……」
楊兎「この間のは温花も心の準備できてなかっただけだろうし、温花も後宮がどんなところかってことくらいわかってんだろ?別にいいだろー」
華辉「では、楊兎の好きな女に好きな人がいてもそうすると言うのか」
楊兎「んー、好きになってもらうう努力はする!」
華辉「あのなー、簡単に言うけどな?!」
楊兎「……身分として保証されてるじゃん!」
楊兎将軍にしては悔しそうな顔をして、言い放った。珍しい――。
二人が友人として会話をするこの空間はただの青年の空気になる――。




