必死な入宮✿
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現代から戻ってきた温花は漢服姿で前に、後ろにリュックサックを背負い、スポーツバックを両肩から下げ、手にはキャリーケース。ありったけのお金を使って、詰め込んだ。後宮へ入るための必死すぎる姿――。
そんな大荷物の温花が红京に手渡したのは現代のお菓子セット。助けてくれたお礼に。薬屋の女将にも会っておきたい、と。
薬屋の女将は口元に手を当てて、目をまんまると開けていた。
温花この世にないスマホを見せつけ、戻ってきたと思えばどこかのお妃様のように着飾ってそこに立っているため驚くのも無理ない。
女将「いつの間にそんなに仲良くなって……!綺麗になって……!」
温花「助けてくださってありがとうございます。これは痛みを和らげる薬と、苦い薬を飲みやすくする子供用のものです。数はないので申し訳ないのですが、どうしてものときにお使いください」
爪の間まで薬草の汁がしみ込み、節くれ立った手女将の手と温花が差し出す現代で整えられた白く滑らかな手が伸ばされる。
現代のものをこの華国の人間に手渡すこと。これが許されることなのか分からない。この世に無い可愛らしいパッケージの苦い薬を包むゼリーと、銀色の包装で包まれたロキソニンを手に乗せる。
この2つ――。
痛みや苦みを知っていて、それを他人に味わわせたくないのか。
女将は眉を上げ、静かに懐に隠す。
これがこの世のものでないことすぐ分かったのだろう。
温花が言ったように「どうしても」のときに使うと決めたのだろう。
红京「――ロキソニンと、お薬飲めたねですか……(笑)」
温花「漢方って結構苦そうだから……子どもがかわいそうだなって思って……ロキソニンはあたしも必需品だから、これあれば救われる人居ると思って」
红京「俺もお菓子ではなく……」
温花「楽しみも必要だと思ったんです(笑)だってこっちに来てからずっと気張ってきただろうし。自分少し甘やかすのも必要だと思って」
红京「そうですね。ありがとうございます」
温花「红京なら、似たもの作れると思ってる!(笑)」
効率重視の红京と、気持ちを整えることが第一の温花。
医者という仕事を選んだのは誰かを助けられる「優しさ」を自分が持っているからだと思っていた。自分の頭で、手で誰かを助けることができると思っていた。
女将の疲れ切った顔を治療することができたのは、薬でもなく人間臭く、この温かい「笑顔」。俺は自分を甘やかすための「お菓子」が心を休めることができるのか。
俺は温花のようにできたことがあっただろうか――。
俺の手で新しく作ることができると信じてくれる綺麗な心は眩しく、目を瞑ってしまいたいくらいだ。
女将「红京、温花をよろしくね」
決して裕福ではない薬屋の女将は薬草の色が滲んだ衣を大きく振りながら笑顔で見送る。温花も漢服、大量の荷物を抱えたまま大きく手を振り、笑う。
红京「荷物持ちましょうか」
温花「红京、そこは疑問形じゃなくて持ちますって言われると女子は恋に落ちるんだよ~(笑)」
荷物が軽くなればいいな、でも勝手に女子の荷物に触れるのはどうだろう。そのつもりだった。
だけど温花はモテを意識したほうがいいとニヤニヤ笑っている。別に女性を落としたいとかはないんですが――。
温花「――そろそろ肩がちぎれそうだった(笑)」
体の前に掛けられていた大きなリュックサックを申し訳なさそうに差し出す。
温花は限界の照れ隠しでそのように言うしかなかったの、か(笑)
1つの大荷物が肩から降ろされると大きく息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
红京「何が入っているんですか――(笑)」
温花「念願の後宮だからね!そりゃもうたくさん!(笑)」
红京「そうですか――(笑)では、その荷物持ちます」
温花「ありがとう~っ!(笑)」
温花はその言葉を待ってました!と目を輝かせ、両肩に乗ったスポーツバッグを下す。この重さのぶんだけ温花がこの入宮に未来を乗せたいと思っているのか伝わってくる。
温花にこちらの調子を狂わせさせながらも、街から都。宮中への案内を続ける。
街の様子も、都の様子も全部新鮮だろう。まるで社会見学に来た小学生のような目で温花は見まわしていた。
道端に捨てられたごみを見て息を止めたり、出店の衛生概念の無さに白目を向いたり――。
この状況も、感情さえも楽しんでいるのが伝わってくる素直な反応。現代社会の日本がどれだけ整備されてあって、治安のいい街であるのか……まるで社会見学をする小学生のように見回して回った。
红京「――温花、ここから先は少し危ないので隠れつつ進みましょう」
红京は振り返る――。
少し癖っ毛のある髪を靡かせながらこちらを見下ろす。
あたしも女子の中でも身長高い方だと思っていたのに。
红京はあたしを見る時に目を細めているように見えたのは身長が高くて見下ろしていたからだったんだ。
それに現代から红京もこの国に来て戸惑うことだってあったはずなのに、整えられた緑の衣を着こなし、この国の一人として馴染んでいる。
見上げた視線の先で红京は不思議そうにこちらを見つめた。
红京「そうでしたね、温花はここで追いかけられていましたね。すいません、道を変えましょう」
红京のことを考えすぎていた。
あ……そうだ、ここはあの追いかけられた場所だ。
体が少しこわばり、五感が鋭くなる。
だけど――。
恐怖心を忘れ、好奇心のほうがあたしにとって都合がいい。
こうやってあたしは記憶を消してたんだ――。
温花「大丈夫だよ!」
红京「強がらなくていいです。あんな大男に追われて怖くないのも心配になります」
あれ――?
大丈夫だよ?
この道進んだほうが红京にとって近道なんだよね?
あたしのせいで道を変えるなんてしなくていいのに。
大丈夫だよ?
強がってるように見えたってこと――?
あれ――?
大男に追われるのって、怖いって、思って良いってこと――?
温花「あれ?見てたの?」
红京「……あ、はい。あの後、男たちを反対側に誘導して――」
温花「あ……あの時必死過ぎて記憶が……あのとき止めてくれたのは红京だったよね……ありがとう」
红京「いえ、陈雪様も居たのでできたことです」
まるで红京の言葉は真っ暗の世界を優しく照らしてくれる月の光のよう。
红京が選ぶ言葉、余裕ある気遣いのできる仕草。
あたしは力一杯、精神をすり減らしながらやっていることを簡単にやってのけてしまう。
あたしがなりたい理想像は红京そのものだった。
红京「少し遠回りをしましょう」
温花「はいっ、え……いいの?」
红京はあたしが道を変えて街を案内しながらここのことを教えてくれた。
ここは華国という国であること――。
よくドラマであるような世界であるイメージだということ。
红京の話を聞いていて引っ掛かることが出てきた。
温花「あたし歴史そんなに得意じゃないけど……華国って聞いたことないかも……」
红京「そうなんですよ、歴史的には秦の始皇帝、遣唐使が有名どころですがこのような大国が大陸にあったのか――。それに中華風なんですけど、言語が日本語のまま通じるんですよ……過去へタイムスリップしたとかではないかと。」
温花「あ、確かに……やっぱりここは夢の中とかかな……?」
红京「いえ、これは現実世界でここの人たちにも温かい血が流れています」
温花「そっか、そうだよね」
この街の匂いも、風も、太陽の暖かさも感じる。
もしここが夢であるならあたしはどこまで深い眠りに着いているんだろう――。
红京は医者見習いだし怪我とか病気とかで痛い思いした人も見てきただろうし、ここの人たちの存在を否定なんてできないよね。
あたしも薬屋の女将陈雪が人間にしか見えなかったもん。
红京「温花は現代に帰ることができるようですし、ここで無理をしないようにしてくださいね」
温花「うんっ!わぁ〜っ――」
背の低い建物が並んでいた街並みを抜ける――。
見上げても、まだ見上げ足りない建物に赤い重厚な門が街との境を作り、赤の鮮やかな灯籠がその赤い門に向かうように並べられていて、茶色だった風景が一気に華やかになる――。
門の前には申し訳なさそうに菜の花が黄色の色を添えて揺れている。
現代の日本でも同じような光景を見た。緊張からどんどん固くなっていた体から少し力が抜ける。
红京「門番に話してみますので少々お待ちください」
温花「はい、ありがとう」
しばらくすると門番の男たちが現れてジロジロとこちらを冷たく見ている。
「なんだこの女は」
「選秀の期間はまだだろ?」
「医者見習いが連れてきたらしいぞ」
「下女ならいいんじゃないか」
「でもなんでこんな立派な衣着てるんだ?」
「籠に乗ってないのにどこかのお嬢様ではないだろ」
「じゃ、盗んだってことか?(笑)」と兵士たちはあたしを馬鹿にした様子だった。
選秀は妃選びってことかな――?
红京ってもう戻ってこないのかな――。
勢いでここに来てしまった。確かに女中として後宮に入ること考えていなかった。皇帝の女になるってことだもんね……段々不安になってきて自分の体を少しつねってこのどうしようもない恥ずかしい時間を耐えるしかできなかった。
红京「お待たせしました」
横に来ると小さな声で「大丈夫でしたか」と。耳が思わず熱くなる。
温花「あの……红京、やっぱり大丈夫……。妃になりたいだなんて無理な話だった……ちょっと楽しくなってしまって……調子に乗っちゃって」
红京「だめなときは温花は現代に戻ればいいですし、温花はなんとかなりそうな気がします(笑)」
红京はフッと笑って自分の出てきた扉を見ると、静かに扉が開いた。
红京「大丈夫みたいですよ。行きましょうか」
温花「う、うん……」
まさか扉が開いて中に案内されると思っていなかった兵士たちは開いた口が塞がらない。
医者見習いが女を後宮に入宮させるなんて聞いたことも、見たこともなかったからだ。
扉が開き、少し不安になって红京を見上げる。
建物の中にそっと背中を押されるように風が吹き込み、その先の空間は薬草とは少し違った甘く贅沢で鼻の奥まで届いて、頭の中へとじんわりと進む。
红京は慣れたように冷たい石畳が続く中へと進み、一瞬戸惑ったあたしの足も静かに歩みだした――。




