表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1000日物語  作者: はな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

墓場


 红京ほんじんと進んだ扉の中は天井が高く机と椅子があるだけで質素な作りだった。

 ここは門番が休むためだけの空間なのだろう。

 椅子に腰掛けるおばあさんは骨と筋が首や腕に皮膚がシワシワと引っ付いてとても体が細い。眉間に力が入りこちらをじっと見ている目は刺されそうなほど鋭い。

 見定められているのだろう、側近の人とコソコソと何かを話している。不安な気持ちに駆られたが、红京が「だめだったときは現代に帰ればいいです」と言ってくれた言葉にもう一度勇気がもらえた。どうにでもなれ!どうにもならなかったら――。あれ、どうにもならなくてあたしはここに望んで来たんだった。ここで逃げてしまえばもう自分はどこにも逃げる場所がなくなってしまうんじゃ――。


 「おい、医者。この女をどこで拾ってきた?」

 紅京ほんじん「薬屋を回っていたところ、職に困っている様子だったので」

 

 隣の温花うぇんふぁを見ると不安なのか表情豊かだった顔が固まってしまっている。

 それもそうだろう。現代社会とはここは全く違う場所だ。後宮のことも、この華国のことも知らないまま、夢か現実かもわからないまま一歩を踏み出そうとしている。俺もここにやってきてしまったときもそれはもう大変だった。俺も誰かに救われて医者見習いとしてここに立つことができている。俺が今度は温花うぇんふぁに手を差し伸べきだろう。そう思って後宮であれば俺が健康観察で温花うぇんふぁの状況を確認でき、何かあったときは援助することが可能だろうということもあり温花うぇんふぁの希望に同調し、連れてきてしまった。


 紅京「温花みたいな女性は後宮になかなか居ないですから、大丈夫だと思います」


 と温花うぇんふぁにそっと呟くと、泣きそうな顔で見上げてきた。後宮へ入ること嬉しそうに語っていた温花うぇんふぁはまるで今から鬼に食べられてしまうのではないかと怯える小動物のようだった。あまりの振れ幅に面白くなってしまい、ゆっくりと口角が上がってしまう。それに気がついた温花うぇんふぁは「あっ!」と今の自分の状況に笑われていることを悟ったのか、今度はお怒りの様子だ。またそれもおかしくなり、後ろを向いて笑いに耐えるしかなくなってしまった。

 

 温花「別に自信があったわけじゃなくて……!紅京に迷惑が掛かってしまうこともまで考えてなくて……」


 红京ほんじんは今笑ってくれているけど、これであたしが後宮に入れなかったら红京ほんじんが後宮内で馬鹿にされたり、仕事に支障がでてしまうんじゃ……。興味本位で後宮に入りたいなんて言ってしまったけど红京ほんじんに迷惑かけてしまうことまで考えることができてなかった。頭の中で大反省会が繰り広げられていた。

 

 紅京「いえ、お菓子のお返しですよ」


 コソコと話していると、目を凝らしていた老婆が空気を割くように言葉を発した。椅子からめんどくさそうに立ち上がり、近くに来て上から下までジロジロと見ている。

 

 「医者の連れ帰った女はそれかい。確かに珍しい風貌だね――。名前は?」

 温花うぇんふぁ「うぇ……温花うぇんふぁです」


 突然名前を聞かれて声が震える。


「まぁ、いい。前回の選秀の試験でもやらせておけ。結果次第考える」


 と、老婆奥に消えていってしまった。選秀ってテストみたいなものだよね?


 红京ほんじん「科挙みたいなものでしょう。ここからは温花うぇんふぁの実力勝負になってきます」

 温花うぇんふぁ「べ……勉強はあんまり得意でなくて……红京ほんじんどうしよう……」

 红京ほんじん「あなたはどこからやってきたんですか?その便利なもの使えば大丈夫でしょう」


 红京はスマホの入った袋に目線を落とした。スマホでカンニングしろってこと……?


 红京ほんじん「選秀の問題の写真を送ってください。回答送りますので」

 温花うぇんふぁ「え……あ……」


 言葉にならない言葉が口から漏れている間に門番から奥の部屋に追いやられて、巻物?これがテスト?を机の上に置かれた椅子へ座らされた。大きな建物の中で部屋には窓はなく、廊下から入ってくる光と、小さな蝋燭で昼間とは思えないほど暗い。ほとんど牢屋みたいな場所だった。


「時間が経てば戻ってくる、さっさと問題解いておけよ」


 門番は扉を強く締め、大きな音が部屋の中に響く。居なくなったことを確認して红京ほんじんから指示してもらったように「ごめん!回答おねがいします( ;∀;)」とメッセージを送った。通知音が響かないようにすぐ設定を確認して红京からの返事を待った。問題の文章は手書きで書かれているのかざらざらとした紙にじんわりと炭が滲んでいる。この問題を書いた人、達筆だ――。

 まって!やばい!……回答するにも字はあたしが書かなきゃだった……。次々に送られてくるメッセージには红京ほんじんからの回答が流れてくる。横にあった筆を持ってなんとか見よう見まねで文字を必死に書き写していくしかない。


 温花うぇんふぁ「お……お……終わった……」


 精神を全集中させて紙にかなり近づいていたようで椅子に腰掛けると力が抜け、疲れがどっと押し寄せてくる。力を抜いて紙を見ると文字のバランスは最悪だった。横にある達筆な問題文とは比べ物にならない。や……やばいんじゃ……。お嬢様がこんな汚い字を書くとも思えないし……というかセンスが無さすぎる。漢字ばっかりで、カサカサの筆先はレベルが高すぎる。红京ほんじんの字を真似して書いたのにとても同じようには見えない。でも筆で書いてある文字は消せない。現代って便利だったんだ――。


「そこで待ってろ」


 大きな足音をさせてやってきた門番は机の上にある巻物を強引に回収して、扉を閉めた。

红京ほんじん、とりあえず回答はできたよ」とメッセージを送る。一息ついて周りを見回すとこの部屋がただの暗い部屋でないことが分かって背筋が凍る。壁には鎖が取り付けられ、その下には虫が沸いている。不衛生な水があちこちに溢れて、謎の植物も育っている。

 もっと周りを見ないと……。目の前のことに集中し過ぎてしまうことはあるけど、この世は自分の命の危険、助けてくれている红京ほんじんの命さえも危ういことを身をもって実感した――。


「なんだ、この部屋に通されてたのかい……。もう少し太い方がいいけどね、まあ付いてきな」


 煙草を吹かしながら老婆は部屋の扉の向こう側に立っていた。


「私は張宏ちゃんほん「後宮管理を任されてる。あんたは下級妃として扱うことになる、異論はないね」

 温花うぇんふぁ張宏ちゃんほん様……はい」


 もう後戻りはできない。

 あたしを睨みつけるようにしていた張宏ちゃんほん様は顔を振って早く着いて来いと急かした。大きな荷物を抱えて石畳の長く、暗い廊下を進む。門番の部屋から入ればそのまま宮中の中に入れそうなのに。後宮に入る妃様たちはみんなこの廊下を歩いてるの?少しひんやりとした空気を感じながら静かな時間を過ごした。

 红京もこの廊下歩いて買い物に出たりしてるのかな?もっと華やかなイメージだったけど現実はこんなもんなのかな?


 温花うぇんふぁ「すいません、今どこに向かってるのですか?」

 張宏ちゃんほん「喋るな」


 慣れない異様な空間が恐ろしくなって張宏ちゃんほん様に声をかけたが、張宏ちゃんほん様は振り返って睨みつけるとまた歩き出した。背筋が自然にピンと伸びる。

 やっと陽の光が廊下を照らし始める。急に明るくなった光に目が追いつかず張宏ちゃんほん様が前を歩いているのが見えなくなる。


 温花うぇんふぁ「眩しいっ……」


 長い廊下を抜けた先はあの入ってきた大きな建物から繋がっている壁の中を歩いてきたようで、門番のいた大きな建物は遠くに見えた。

 外の光と空気を感じるとそこは森?の中だった。鳥の鳴き声が響き、草木が風になびく音だけが聞こえる。ここが後宮?思っていたよりも自然あふれる場所だった。大きな荷物を抱えて張宏ちゃんほん様が歩いていく草木の生い茂る道は追いかけることにやっとだった。


 私の後ろでソワソワしているこの女――。

 どこの田舎者かと思えば異国のものか?綺麗にしているようだが、この辺の家のお嬢様でないことは確実だ。それにこおような刺繍の入った漢服はなんだ?髪飾りも奇妙なものの持ち合わせ。会話もなんだかぎこちない。それにあの選秀の内容の字は読むこちらが疲れるものだったが……ほとんど間違いなどなかった。むしろ全て正解をしないようにわざと間違えたのであろう回答もあった。教養はそれなりにあるようだが、妃として相応しいかどうか、今までの妃たちと比べると異様な存在すぎてよく読めん。

 医者見習いの红京ほんじんという男が危険を堂々とするようには見えん。何か裏があるのであれば私を通さずに何か画策できるだけの男に見える。

 この女を街で拾ってきたという理由だけにしては肩入れし過ぎている。なんだこの奇妙さは。この女をしばらく隠さなければ、この後宮であっという間に消される可能性がある。あそこに連れていくしかない――。


 張宏ちゃんほん「ここだ」


 張宏ちゃんほん様は古びた門を押し開けた。門の木は腐っているのかポロポロと落ちていき、開け切ると扉は崩れ落ちてしまった。その先に広がる屋敷は真っ暗で、カビの生えた壁、中庭にある池はヘドロが溜まっている。草木も生い茂って人間が住む場所とはとても思えない。

 最初にいた牢屋のような部屋と変わり無いくらいの不衛生さだった。


 張宏ちゃんほん「あんたはここじゃ1ヵ月も持たないね」

 温花うぇんふぁ「……楽しんで見せます」

 張宏ちゃんほん「ここに案内された女は何人も死んで墓場だと言われている。それでも楽しめるというのか」

 温花うぇんふぁ「不安はありますけど、墓場を花園にしてみるのも楽しそうです」

 張宏ちゃんほん「どこの誰かもわからん奴に侍女、女中も付けられん。皇帝がここにくることはない。それでもいいのか」

 温花うぇんふぁ「一人でいいんですか?!」


 その女は怖いくらいに嬉しそうにしている。他の女をもしこんな場所に案内すれば怒って帰る。この女もここに連れてくれば怒って諦めて帰ると思っていたが、変なやつだ。


 張宏ちゃんほん「食事は適当に9時、12時、18時。屋敷の左側に棚がある、そこから受け取るように」

 温花うぇんふぁ「それっていくらかかりますか?」

 張宏ちゃんほん「金か?下級妃といえど妃に食事をさせないとなれば、私が殺されるよ。かかるはずないだろう」


 張宏ちゃんほん様はそう言い残して、足早に去って行った。

 ここ墓場と言われている屋敷なのに広さはある。墓場にしたいのであればもっと面積狭くてもいいんじゃ?不衛生さはあるけど屋敷の作りは立派な装飾も、色もたくさん使われている。ここを「墓場」にしたい人が居たんだろうな……。


 あ〜っ、でもここ一人で好きなように使っていいってことだよね?これ夜までに寝ても怖くない環境作っておきたいな。スマホの時間は11時前。もしこの時間が合っていれば日が沈む時間まで掃除すれば結構片付くんじゃ?後宮ってもっと華やかなイメージだったけどご飯貰えて、最初環境さえ整えておけばゆったり過ごせるのなら、いっかー。

 掃除道具とカビキラーとか池の水の入れ替えもしたいな――。現代に帰れるのかも試しておきたいし、今のうちに必要なものを取りにいくのもありだよね――?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ