水の源
一国の王が少年に戻ることができるこの場所を誰かに壊されてたまるか――。
宮中では「墓場」と呼ばれ、祝街からは「豪遊している妃の屋敷」と呼ばれ。
墓場にしたのは誰だ?豪遊しているのは誰だ?
今目の前で笑っている温花ではないだろう。何も知らない者たちが自分たちの都合が良いように言い始めただけだろう。
なぜ温花が嫌味を受けなければいけない?
ここで笑って過ごしているだけじゃないか――。
華辉「――山源。本当の報告書はまだなのか」
山源「あの事件の報告書につきましては、この屋敷の成り立ちから追わなければなりません。そして簡単に報告できる内容ではないため時間を要してしまいます。お待たせして申し訳ございません」
華辉「山源とて、許せぬこともあることを頭に入れておけ」
山源「はっ――」
山源は華国最後の宦官。
若くして朕の側近となった優秀な人物。地頭も良く、武術、白い肌と黒髪が中世的な顔に品を感じる。
――その人物は墓場の屋敷「温花」の異質さに鋭い目を向ける人物だった。
温花様のことお気に召してらっしゃるのはこの目で見た。
だが、あの妃は妃であるが、妃として大事なことを「拒否」したお方だ。
華辉様が初めて拒まれたことでショックを受けていたのは言うまでもない。
文通を続けていたのは華辉様のお心が優しいお方だったからで、本来ならば侮辱罪、妃としての使命を放棄されたことで追放、命が奪われる可能性もあった。
事件に巻き込まれるのは時間の問題だと思っていた。
その事件の首謀者について華辉様に報告することはこの宮中の均衡、国の平和を脅かすことになる。
あの嘘の報告書を作成したのは華辉様のためでもあり、国のためでもあった――。
華辉様がどれだけ真実を知りたくとも、あの下級妃に心動かされる、この国を動かされるわけにいかない――。
山源「――温花様、お時間いただけますでしょうか?」
温花「はい」
温花お嬢様は屋敷の庭で剣術の鍛錬をしていた。
額に汗を流し、息を肩でする。静かに剣を下ろし、鞘に収める。
このような妃が異質だと思わないほうが難しい。
温花「着替えてきますので少々お待ちいただけますか」
陈莉「お嬢様、こちらで体を拭いてください」
温花「陈莉ありがとう」
まるで兵の一人のような切れ味のある目をしているかと思えば、侍女が駆け寄ってくると顔が和らぐ。
この変化が怖いと俺は感じる。
客間からはこの屋敷の庭が見渡せる。
蝶が自由に花々の間を舞い、鳥たちが嬉しそうに囀る――。
草が風に撫でられ、優しく流れていく。
温花「お待たせしました――」
その風の主がこの妃だったかのように、温かい。
一瞬で目を奪われた。
先ほどまでの男のような格好でもなく、庭を駆け回る少女の姿でもなく。
間違いなく一人の妃としてそこに立っている――。
俺はここへ仕事できている。
いらぬ感情は必要ない。
温花様は丁寧にお茶を入れ、俺を椅子に腰掛けるよう伝え、自分はそれを見て静かに座る。
山源「――単刀直入にお聞きします。温花様はどちらから後宮へ入ったのでしょうか?」
温花「いつかは聞かれる日がくると思っていました。出自についてお話しできないのです。そんな者を後宮においておけないことも承知しております」
山源「あの医者見習いは知っているのですね」
温花「……知っていますが、全ては知りません。そのためあのお方を尋問することはどうか辞めていただきたいです」
山源「華辉様の命を狙っているのであるのなら、山源ここであなたを始末しなくてはいけません」
温花「そうですね。山源様はそのような立場なのも承知しております。私は華辉様のお命を狙ったとしても何の得にもなりません。皆さんのように家族、立場もございません。……陈莉は張宏様に命じられてここへ来なければならなかっただけです。お許しください」
温花お嬢様は椅子から立ち上がり頭を下げ続けた。
山源「頭を上げてくださいっ!……わかりましたので!……では質問を変えます。なぜ、後宮へ……?」
温花「私は夢見ていたのです。あそこの客家で鳥と戯れ、花を見て。それだけでよかったんです。でも最近は皆さんと過ごす時間が楽しくて仕方なくて……。でもこの時間は続かないことわかっています……!華辉様は本物の皇帝陛下となり、楊兎将軍は出兵しなければいけないときが来て、红京は医者見習いから医者へとなり人の命を救うため走り回るのでしょう。陈莉は年季が開けてしまえばここへいる理由は無くなってしまいます……わかっております……」
このお方が嘘をついているようには見えなかった。
どんどんと目に涙を溜め、その涙を流さぬよう目に力を入れている。
華辉様と同じくあの時間を噛み締めていることが伝わってくる。
温花「すいません……皇太后様からのお気持ちは十分理解しているつもりです。ですが、まだ華辉様と同じく経験も、知識も足りません。……どのようにするのが正解なのか、もう少しお時間頂けないでしょうか?」
山源「わかりました――」
温花様は侍女の陈莉に指示を出すと、木箱を机に置いた。
温花「山源様が多方面の間に入っていただいて大変なこともわかっているつもりです……。少しでも奥様と穏やかな時間が過ごせるようにと陈莉と作った風鈴をもらっていただけないでしょうか。これは完全に趣味の世界を押し付けてしまって申し訳ないのですが」
木箱を開けると透き通った空に伸びる高い山々の硝子細工が綺麗に入っていた。
顔を見ると先ほどまでの妃らしい顔つきではなく、照れくさそうに下を向いている。
山源「……なぜこれを?妻がいることを話していないぞ」
温花「すいません、華辉様との文通の中で存じ上げておりました。そして山源様の奥様は目が見えないと……少しでも季節を楽しんでもらいたくて……この涼しい音を奏でる風鈴で夏を過ごしてほしくて……」
山源「これは妻への贈り物か――」
風鈴の裏には山から海につながる川が描かれていた。そこに「山源」と名前も。
山源「なぜ川を描いたのです?」
温花「宦官にまでなった山源様が、私にはできない覚悟を持って国のために、陛下のために働いてくださっていて……。国や人は山の中にある水が無くては川もできないし、海へも繋がらない。山源様のようだと、名付け親がとても頭のいいお方だったんだろうと思いまして!(笑)……違ったらすいません……!」
山源「……今は亡き、父が付けてくださいました。……その通りでございます……山にあるのは水の源です……」
温花「よかったですっ」
春の花のようにふわりと笑う温花お嬢様が嘘をついて華辉様、華国を壊そうと企てている人物にはとても見えない。
大事にしているものを大事にしてくれる人物はこの宮中で必要だ。華辉様が必死になる理由がようやくわかった――。
そのあと温花お嬢様はそれで?!
なんでその奥様と結婚したの?!どんな言葉をかけたの?!
陈莉来て!急いでお茶とお菓子の準備しましょ!と、忙しい様子だった――。
完全に温花の流れに飲まれてしまった山源であった。




