宦官山源と貴妃李珠江✿
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山源「――これ以上、正八品の妃に関わることをお辞めになってはいかがでしょうか?」
俺は華国最後の宦官山源。
皇帝陛下に提案するようなこと、本来ならば許されない。
あの「墓場」に下級妃が入宮してからというもの毎晩のように頭を悩ませている。
ため息を漏らし、頭を抱え。皇帝陛下がこのような下級妃のことで時間を使っている場合ではない。
これ以上は――。
皇太后様から直接何か手を出されることなく済んでいたのは、自らが行動を起こさなくとも下級妃同士、上級妃からの圧によって墓場を追い出されるのは時間の問題だと注視していなかったため。
もし、あの時陛下が宝玉ではなく薬味瓶のまま貢物として見過ごしていたとすれば間違いなく即刻手が下されていただろう。
陛下が提案された後宮縮小改革でその下級妃も含まれているものだと。だが「桜華園」の妃は下級妃唯一、後宮に残り祝街へ出されることなく残っている。これがどのような意味を持つか。頭を使わずとも、誰でも理解できる「寵妃」。
下級妃が刺客に襲われた今回の事件。
これは遅かれ早かれ起きていた、必然の事件。
太監の俺としてはこれ以上、政治を動かすべき一国の王が小さなことで悩んでいる場合ではない、力を失う原因を作るべきではない、と――。
※太監とは、皇帝の宦官最高位。
「墓場の変人」「桜華園」は皇帝華辉様が手をかけている存在。この存在が排除された場合、皇帝の威厳が揺らぐことに繋がる。
そう踏み込んだ者が上手く事立て、刺客を送り込んだ。
あの妃は何か特別なものを持っているわけでもなく、ただ豪遊している妃として女たちは噂する。消されて当たり前であると。
後宮管理人の張宏はあの下級妃を「墓場」と呼ばれる屋敷へ送り込んだのは温花自ら「後宮から逃げたい」と意思を芽生えさせるためでもあったはず。
だが、皇帝陛下の返事は――。
華辉「逆だな。手元に置くつもりでいる」
山源「ですが――墓場の、いえ……。温花様の屋敷は離れていて手元に置いとくとは言えないのでは?」
華辉「張宏に頼んで朕の敷地内に温花を隠しておけば――」
山源「それこそ皇后様、皇太后様だけでなく他の妃になんと思われるか……」
華辉「他に何か手があるのか」
皇帝華辉様の言動はどこか極端。
下級妃を皇帝華辉様のお屋敷に置いておくなど、皇后様、上級妃様ですら無い。前代未聞の一言にこちらも顔の表情を抑えることができない。
情けなく机に項垂れ、持っている筆は墨で固まっている。
華辉様の机の上には山積みの書類で姿を見るに困難な高さまで積みあがっている。後宮改革、祝街、下庭、国境付近の状況。予算など問題が山積みである。1日手が止まってしまえばまた明日書類が増え、机に光が届かなくなってしまうほどの高さになる。
どれだけ考えてもいい案が浮かばず、この極端な思考にたどり着いてしまっているのか。
俺が太監として助言できるとすれば――。
山源「……上級妃のところに通うことを辞めないようにすれば、あのお嬢様のことだけ寵愛していると周りは思わなくなります」
華辉「他の、か」
上級妃たちは品格も、家柄も、美貌、頭脳も全て兼ね備えている。上級妃から皇子が誕生すればこれまでの流れを変えることも、反感を買わずに過ごせる。
出所の分からない墓場の下級妃一人に気を取られているなど皇帝としてあってはならないことだ――。
華辉「わかった……行けばいいのだろう……」
長く腰をかけていた華辉様は体が痛むのか、ゆっくりと体を動かし眉間に皺を寄せたまま立ち上がり、机の上の書類が落ちることにも気が回らない様子で、歩き出す。
あのお方のところへ行けば解決してくれるだろう――。
ゆっくりと歩く華辉様の先回りをして支度を進める――。
李珠江「陛下、お久しぶりです」
華辉「李珠江は相変わらず綺麗だ」
李珠江「政務が忙しかったのでしょう」
李珠江様は上官の娘、皇太后様の推挙で後宮へ入ったお方。
牡丹色の鮮やかな屋敷の中は豪華絢爛。皇太后様からの支援も強く、華辉様が皇帝となってすぐ入宮した妃として一番歴の長いお方でもある。
黒く艶やかな髪は春の風のようにやわらかく、透き通る瞳は夏の清水を思わせる。色づいた唇は秋の紅葉のごとく艶めき、真白な肌は冬の雪のように穢れがない。——誰もが憧れずにはいられぬ、美の象徴であった。
李珠江様は華辉様と幼いときから共に時間を過ごしてきた妃様。
このような顔をして訪問してくるときは何かあるのだろうと察しも良い。まるで姉のような包容力を持ち合わせている人物。
すぐに寝床に案内をし、侍女たちも慣れている様子で香を炊く。
年齢17で皇帝となった華辉様が、後宮へ来ることも政務の1つだと悩んでいた時期も、若さゆえ何も分からないという時期も、没頭した時期を二人で乗り越えてきた。
李珠江様ならなんとかなる、と――。
いつものようにすれば――。
華辉「……李珠江、すまない。今日はもうゆっくり休むんだ」
屋敷から離れようとした私の後には服を整えつつ歩く華辉様の姿があった。
またさらに後ろには皇帝陛下の夜伽を管理、記録する担当宦官の敬事房の宦官が書類を見出しながら走ってくる。
山源「どうして陛下がここに?!」
華辉「山源、俺は皇帝としての政務の1つができなくなってしまったようだ」
山源「はい?――そんな!」
華辉様はただ静かに頷いた。
これは大問題になりかねない。次の皇子はまだ生まれていないというのに。
夜伽なく残された李珠江様のお心は――。
まさか解決するつもりがこんなことになってしまうなど。
華辉「花咲く庭に行ってくる――」
李珠江のお香が飽きたわけでもない。
あれは唯一の花で間違いない。
李珠江へ帰ると告げた瞬間の綺麗なあの顔。
俺を見ることを辞め、後ろの香の煙に目を反らしたあの顔。
だが――。
朕の心は、俺の心は。
白い寝衣が泥と血に塗れ、生死を覚悟した汗は髪を貼り付け、血の引いて行くあの青い顔。
朕は――。俺は自分の手で温花を追い込んでしまった。
今度は朕の力が無いため、温花の生死を奪われそうになった。
もうこんなことは二度と起こしたくない。
温花を失いたくない。それ以外考えられなくなってしまった。




