血の流れる紫陽花✿
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红京「楊兎将軍これは――」
医者見習い红京の目が暗闇の中光る。
湿った土から大きく広がる紫陽花の花たち。雨の締め付いた気持ちを染め直すような濁りの無い水色に赤い血が垂れる。
それを無かったかのように雨が空から落とし、無理に洗い流そうとする。
まるで誰かの心の中のよう――。
薬草の匂いではない。
鉄の匂いが染みついて血に近い匂いが手から広がる。
楊兎「血だな。まだ黒くない」
この血が黒くもなく、雨に流され切っておらず、そこまで時間が経っていないことを意味する。
宮中の奥の森、灯篭の一歩先は暗闇に包まれる。
人の動物的感覚に頼るしか温花を探すことができない。
この暗い森の中では馬は走り抜けることができない。楊兎将軍も同じ判断をしたのか、馬から降り森の中を進んでいく指示を出す。
持っている灯籠で足元、行き先を照らすには光が足りない。
小動物や虫が動く音でも過剰に体が反応する。
この垂れた血は宮殿に向かっていた。が、皇帝陛下が命を狙うのか――?
皇太后への贈り物、ハンドクリームではなく宝玉へと変えた。
桜の木を送った。
医学館まで寵愛を示すため見せつけに来た。
自身の親友の妻として送り出そうとした。
温花の回復を待つため楊兎将軍を桜華園に送り出した。
下級妃一人を守るため国の在り方さえも変えた。
一国の王がここまで動いた。
温花本人が思っているよりも、あの男は温花への思いで溢れていること。周りから見れば一目瞭然であること。
そして入宮させた俺を試していたこと――。
暗闇の中に思考が塗りつぶされて行く。
鈴の音がチリンと静かな森に響く。
红京「――楊兎将軍、温花の簪の音です」
楊兎「そうか!」
後宮縮小に伴い、街へ追いやられてしまった妃は薄々感じ取っていたはず。
「墓場」に変人が住み着いてから全てがおかしくなってしまったこと。
温花が命を狙われる理由はいくらでもあるはず。
鈴のついた簪。
色素の薄い簪。
楊兎将軍は兵の最前線を突き進んでくれる。
その後ろのほうで楊兎将軍を守り、医者として手を差し伸べるのが俺の役目だ――。
この人が剣を振るえば、一溜りもない――。
暗闇の中で剣の先に集められた光があちこちに光り、鈍い音をさせる。
男たちは欲望を隠さぬねっとりとした目でそこに立つ。
红京はその目を絡めとる鋭い眼で男たちを刺す。
红京「私は医者です。お怪我ありませんか?」
「なんだ医者か……。怪我?その男に刺されてんだぞ!」
「医者はこんなところでさぼってねーで薬でも作ってたらどうなんだ?(笑)」
红京「その布の中を確認することが今夜の仕事です。薬の一部を無くしてしまって」
「これは医者に見せるようなものじゃねーよ」
红京「そうですか。あとそれ以上は動かないでください。そこに毒を撒きましたので」
男たちは頑なに持っている袋の中を見せたくないようで、未だに抵抗を続ける。
夜に一度見失うと、捜査が困難となる。小さな棘の先に痺れ薬を塗ってあるものを撒いてある。
「いって〜っ!」
红京「だから動かないでくださいとお伝えしたはずです」
男たちが足を上げ逃げ惑うほうへと棘の上をバキバキと音を立てながら歩いて行く。
红京「あの人はできますよ。簡単に人間の腕を切り落とすこと。貴方たちが素人であることを案じているんです」
「ひぃ〜っ……!足が腫れてきた!この毒に効く薬はどこだ?!」
「わかった!渡せばいいんだろ!?」
「な、逃がしてくれよ!」
红京「人の人生を奪おうした人が、奪われずに済むと思っているのですか?」
その毒は蜂の毒を拝借したものです。
今は激痛と腫れているかもですが、時間が経てば成分が弱まってくるので問題ないかと。
アレルギーがある方には少々しんどいものになるかと。
見習いという立場ですが、医者なので。命を奪うことはあまりしたくないので――。
楊兎「これじゃ、どっちが悪役かわかんねえーな(笑)」
剣を抜くことなく男6人の動きを止めてしまう。
その姿に大きな体を使い損ねた楊兎将軍の笑い声が響き、この空間を支配することが許される男の凛とした声が満ちる。
華辉「――その男たちを捉えろ。許さぬ」
「はっ!!」
暗闇から黄金の輝きを運んできた男が素早く指示を出す。
その男の姿を見つめ、红京は腰につけた剣をやっと取り出し布を丁寧に切る。
引き攣って持ち歩いたのか土や泥のついた布を捲ると白い衣が現れ、あの紫陽花の花びらに流れていた同じ赤い色が滲んでいる――。
華辉「医者、急げ」
红京は布を捲る動きが停まる。
皇帝華辉の声が急かす。
呼吸を整えると、白の布に上手く隠れた簪が落ち、鈴の音が地面へと落ちる。
手足を縛られ、口を塞がれていた温花の体はゆっくりと転がり出る。
華辉「……すまない……、もっと早くに気がつくべきだった……」
皇帝華辉は眉間に皺を寄せたまま温花へ手を伸ばせず力を込め、カタカタと柄を握る。手足、口の布をゆっくりと剥がし、消毒、止血、血圧を測り医者としてできる作業を淡々と続ける。
红京「……温花様は陛下の妃の一人です。陛下しか温様を慰めることができません」
華辉「医者はしないのか?」
红京「私はただの医者見習いです」
悲観している場合でないと皇帝華辉を見上げ、1つ後ろに下がる――。
医者見習いとして皇帝陛下に口出しすることはできない。
寵妃温花の友人として、許されない。
これも無礼だと言われる可能性もあるが、ただ目で訴えることしかできない。
愛すること恐れるようになってしまった男の背中を押せるのは将軍楊兎のみ。
華辉「楊兎。早くお前が娶らないからだ……」
楊兎「俺は将軍。前にも言ったけど――」
華辉「それは俺も同じだ。俺の手で傷つけて、また知らぬところで傷つけて――」
楊兎「華辉行け――」
華辉「温花、大丈夫か」
温花「はい、おかげさまで……」
恐怖で震えていた温花は返事をすると真っ青な顔で気を失ってしまう。
温花に手を伸ばすこと恐れていた皇帝華辉はすぐに手を伸ばし抱き寄せる。
華辉「今回の事件は朕に対する侮辱だ。必ず首謀者を捕まえる――」
皇帝華辉は「墓場の変人」温花を抱えて蛍の光の照らされ、歩き出して行った――。これがこの世で一番安全な選択だ。
転がり出た鈴の音が鳴る簪の薄い色は血の色に染まり、緑の衣に隠される。




