宦官山源と貴妃李珠江
後宮の奥にある「墓場」と呼ばれる下級妃が刺客に襲われた事件でこの一国の王は頭を悩ませていた。
山源「――これ以上、正八品の妃に関わることをお辞めになっては?」
俺はこの華国最後の宦官山源。
皇帝陛下にこのような提案をすることは本来許されない。
華辉様はあの墓場の変人下級妃に出会ってしまってから執着してしまい、政治がうまく回らなくなってしまう可能性がある。
墓場の変人は華辉様から守られている存在が排除されてしまえば、皇帝の威信ごと揺らぐ。
そう踏み込んだ者が刺客を送り込んだのだろう。
あの妃は何か特別なものを持っているわけでもなく、ただ豪遊している妃として侍女たちは噂する。
消されて当たり前であると。
後宮管理人の張宏が温花を「墓場の屋敷」に送り込んだ理由は守るため、温花自身に「後宮から逃げたい」という意思を芽生えさせるためだったと、わかる者には分かる行動だった。
そして皇太后様は墓場の下級妃は死期が近いと自ら手を出す必要がないと気に留めていなかったのだろう。
だが、薬味瓶の中身が毒薬であった可能性、皇帝陛下が後宮縮小を始めたことなど、手がかかるようになったことで目についてしまう――。
華辉「逆だな。手元に置くつもりでいる」
山源「と、言っても墓場――温花様の屋敷は離れていて手元に置いとくとは言えないのでは?」
華辉「張宏に頼んで朕の敷地内に温花を隠しておけば――」
山源「それこそ皇后様、皇太后様だけでなく他の妃になんと思われるか……」
華辉「他に何か手があるのか」
華辉様は情けなく机に項垂れていて、持っている筆は墨で固まってしまっている。
山源「……上級妃のところに通うことを辞めないようにすれば、あのお嬢様のことだけ寵愛していると周りは思わなくなります」
華辉「他の、か」
華辉様の机の上には後宮改革、祝街、下庭、国境付近の状況など問題が山積みであることは書類の量を見れば一目でわかる。
1日手が止まってしまえばまた明日書類が増え、机に光が届かなくなってしまうほどの高さになる。
上級妃たちは品格も、家柄も、美貌、頭脳も全て兼ね備えている。
出所の分からない墓場の下級妃一人に気を取られているなど皇帝としてあってはならないことだ――。
華辉「わかった……行けばいいのだろう……」
長く腰をかけすぎていた華辉様は体が痛むのか、ゆっくりと体を動かし眉間に皺を寄せたまま立ち上がる。
机の上の書類が落ちることにも気が回らない様子で、歩き出す。
あのお方のところへ行けば解決してくれるだろう――。
ゆっくりと歩く華辉様の先回りをして支度を進める――。
その日華辉様は上級妃の最上位、貴妃の李珠江様のところへ向かった。
李珠江様は上官の娘、皇太后様の推挙で後宮へ入ったお方。
牡丹色の鮮やかな屋敷の中は豪華絢爛。皇太后様からの支援も強く、華辉様が皇帝となってすぐ入宮した妃として一番歴の長いお方でもある。
黒く艶やかな髪は春の風のようにやわらかく、透き通る瞳は夏の清水を思わせる。色づいた唇は秋の紅葉のごとく艶めき、真白な肌は冬の雪のように穢れがない。——誰もが憧れずにはいられぬ、美の象徴であった。
李珠江「陛下、お久しぶりです」
華辉「李珠江は相変わらず綺麗だ」
李珠江「政務が忙しかったのでしょう」
李珠江様は華辉様と小さなときから共に時間を過ごしてきた妃様。
華辉様のことをよく理解している人物の一人。
このような顔をして訪問してくるときは何かあるのだろうと察しも良い。
まるで姉のような存在に側近としては見えることもあるほどの包容力をお持ちの方。
すぐに寝床に案内をし、侍女たちも慣れている様子で香を炊く。
華辉様が年齢17で皇帝になり、後宮へ来ることも政務の1つだと悩んでいた時期も、若さゆえ何も分からないという時期も、没頭した時期を二人で乗り越えてきた。
李珠江様ならなんとかなる、と――。
いつものようにすれば――。
華辉「……李珠江、ありがとう。今日はもうゆっくり休むんだ」
屋敷から離れようとした私の後には服を整えつつ歩く華辉様の姿があった。
またさらに後ろには皇帝陛下の夜伽を管理、記録する担当宦官の敬事房の宦官が書類を見出しながら走ってくる。
山源「何があったのですか?!」
華辉「山源、俺は皇帝としての政務の1つができなくなってしまったようだ」
山源「はい?――そんな!」
俺が察すると華辉様は頷いた。
これは大問題になりかねない。次の皇子はまだ生まれていないというのに。
夜伽なく残された李珠江様のプライドもズタズタになって今ったに違いない。
まさか解決するつもりがこんなことになってしまうなど。
華辉「花咲く庭に行ってくる――」
先ほどまで眉間に皺を寄せていた華辉様の足取りは花の香に導かれるように進み始めた――。




