新たな街「祝街」✿
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医者見習いの一言から大陸の一国華国の在り方が塗り替えられていく――。
医者見習い红京が漏らした言葉。
「後宮に妃が多すぎるからこそ争いが絶えない」と。
私利私欲を満たすため豪華な物に囲まれている。それを作り上げるものは貧しい国民の金。
大陸の一国として一人の人間を太らせるのではなく、国民に行き渡るような政策、軍力をつけるべきだと。今のままではこの顔整いの楊兎将軍にのしかかるものが大きすぎる、多すぎると――。
国民が豊かに過ごせるよう願う。
下級妃温花だけでなく楊兎将軍、皇帝華辉も同じ願いだ。関心を強く持っていた「後宮改革」について皇帝華辉は「墓場」の屋敷に姿を見せず、温花の手紙の練習も兼ねてやり取りが進められていた。
皇帝華辉が墓場の屋敷に出入りしなくなったのは先日の事件もあり、温花の心の回復を待つと同時に「後宮改革」「国の予算執行の是非」の本腰を入れて動き出したため多忙な時間を過ごしていたが、悩みは尽きない。
一国の王が動き出した渦は、小さな宮中の屋敷が目となり大きな渦へと変わっていく――。
手始めに何十人と下級妃の解雇が始まった。
対象になった妃が露頭に迷わないよう、家を守れるようにと宮中の外に街が与えられる。
一人、また一人と増えていく。
特権や尊厳を失うことを恐れた貴族や、後宮を盾にしていた家からの反発は激しく、この政策は一筋縄で進めるには多難。
が――。
その街は後宮で生活するよりも自由度が高く、速く街へ入ったものほど街の基礎を作り上げることができるという暗黙の空気感が漂い始める。
元妃の女たちは宮中へ働きに出ている男、兵たちと自由恋愛を楽しむことも解放された。
「後宮で醜く争うよりも」と街へ自ら出宮することを望む妃も現れる。
いつ消されてしまうか分からない命。
いつ追い出されてしまうか分からない屋敷。
自身の家、家族を持ち、幸せの灯りがこの街に増え続けていく――。
その噂は後宮の端「墓場」にも届く――。
温花「――红京も新しい街に行くことあるの?」
红京「あそこの薬は買いたくありませんので」
温花「ん……?」
红京「新しくできた街の名前は『祝街』と呼ばれています。貴族の集まる街。その外にある街を「下庭」だと……そのようなことを口にする人たちへ国の大事なお金を落としたくありません」
温花「うん……」
红京は淡々と薬を机の上に並べ、いつも以上に静かな空気を纏っている――。
温花「――红京怒ってる……?」
红京「すいません、そのつもりは無かったんですが……後宮の問題を改善しようと考えたことが、ただ広がってしまいました。素人が口を挟むことでは無かったですね――」
红京は悲しんでいるのか、怒っているのか。自分の無力さに歯がゆさを感じているのか。まさか良かれと思ったことが悪い方向へ繋がってしまうとは。
後宮の闇を一層しようとすれば「祝街」「下庭」外へと闇が押し出された。考えが足りなかったことで苦しむものを増やしてしまった、と――。
2人は大陸で過ごす難しさ、願いだけではどうにもならないことがあると思い知らされる――。
温花「红京が落ち込むことじゃない。皇帝陛下と手紙を交換していて、红京が言ってたことを伝えてしまったから。あたしのせいでもあるし……ごめんなさい……」
红京「温花が皇帝陛下と良好な関係を続けることができているようで安心しました。ですが……」
红京はいつだって冷静で感情の振れ幅が無くクールな印象。だけど今日は何度も肩を落とす。あたしが華辉様とのやり取りの中で話を広げてしまったこと。红京が責任を感じる必要はないのに。どうしよう――。
温花「いつかそうしなきゃいけないときが、今だったって思うようにしちゃだめかな……」
红京「……はい、そうですね。ありがとうございます」
红京はいつも寄り添ってくれるのにあたしはうまいこと言えない。
あたしが红京の心を削ってしまった。
红京は医者として見てきた黒いものを無くそうとしてくれた。争いが1つでもなくなるように医者として、一人の人間として願ってくれた。
その気持ちだけであたしは嬉しかった――。
楊兎将軍だって、皇帝陛下の華辉様だって同じ考えだった。それって誇っていいはずなのに。
红京は目を細め、薬を丁寧に梱包する。手つきはいつも通りなのに。顔はずっと暗いまま。
红京「温花、あなたは下級妃で唯一後宮へ残った妃になります。中級妃、上級妃から注目されてしまう的になりかねません。今まで以上に用心深く過ごしてください」
温花「うんっ、任せてっ!」
笑って見せたけど手は皮が剥け、震えている。強がるにはまだ弱すぎるな。
红京に心配かけたくないのにな。
一人でもなんとかできるようになって迷惑かけないようにしないと。
红京に見捨てられたくない――。
あたしは红京みたいに、器用に生きていけない。
動いて、考えて「普通」の仲間入りをしなきゃいけない。
少しでも周りに近づかなきゃいけないのに、まだ笑って誤魔化すしかないなんて、本当にあたしは無力だ。
红京はその手を静かに見つめる。
だめだ、隠さなきゃ。弱い、何もできない自分なんて価値がない。
これしかあたしにはできることがないから。笑って、笑って。この剣を握る手なんか痛くない。ここにいいと言ってほしい――。
红京「これ、お土産です」
温花「お土産?」
薬草の匂いの染みついた緑色の衣から質素な包みを取り出す。
お土産って――?これは受け取っていいの?
红京から――?
詰まっていた胸の奥が高まる。
红京「簪ですが髪にはつけず、これを持っていてください」
温花「いいの?もらっても……?隠しておくものってことだよね?」
红京「本来男性から女性に簪を送ることは好意を示す行動ですが、これは温花のお守りとして渡します。必ず持ち歩いてください」
あ――。
そうだ。
そうだ。
红京はあたしに特別な感情が無いこと分かっていたのに。
自分の浮ついた感情で見えなくなっていた。
同じく現代から来た人間だから手助けしてくれているだけ。そこに感情ではなく「義務」のようなものを感じていた。あたしが都合よく解釈していただけだ。
「特別」になりたいなんて、わがまますぎる。
红京が新しくできた街で、家族を持つこともありえる。それが怖くて红京が祝街へ行かないのか尋ねた。その返事を聞くのも息が詰まって、耳は自分の息の音で良く聞こえなかった。
祝街へ行かないことに安心して。红京の落ち込んだ姿を見て、どうすればいいのか分からないと私のやらかしてしまったことに落ち込み。红京の気遣いに心癒され、これから起こるかもしれない権力差のある人物たちとの対峙に震えて。普通である自分を红京に見せつけようと頑張って。
簪を手渡されて――。
あたしの内側は全部、红京でいっぱいで。
红京からの「特別ではない」言葉を耳にして体が冷えていく。
红京の人生の選択権をあたしが勝手に奪っていいわけない。
「普通」にも到達していないのに。バカだ、あたしは。
温花「わかった。ありがとう」
このあたしの感情は隠さなきゃ。無かったことにしなきゃ――。
華国で異性からもらったまだ少し温かい簪――。
一番欲しかったひとから手渡され、好意があるものではないと手渡された。
あたしが現代のネット通販で買った簪よりも重い簪は衣に隠れるような薄い色合いのもの。
妃たちがこぞって髪につけていたのは色の主張のある濃いもの。
この簪を衣に隠し、気持ちを隠し、皮の向けた手を隠し剣を握る。




