入宮
红京と夢中で会話を続けてしまっていた。薬屋の女将は口元に手を当てて、目をまんまると開けていた。この世にないスマホを見せつけ、突然姿を消し、戻ってきたと思えば着飾ってそこに立っているため驚くのも無理ない。
「いつの間にそんなに仲良くなって……!綺麗になって……!」
温花は大きな荷物の中から今度は女将に何か手渡している。
温花「助けてくださってありがとうございます。これは痛みを和らげる薬と、苦い薬を飲みやすくする子供用のものです。数はないので申し訳ないのですが、よろしければどうしてものときにお使いください」
紅京「ロキソニンと、お薬飲めたねですか……(笑)」
温花「漢方って結構苦そうだから……子どもがかわいそうだなって思って……ロキソニンはあたしも必需品だから、これあれば救われる人居ると思って」
紅京「俺もお菓子ではなく……」
温花「楽しみも必要だと思ったんです(笑)だってこっちに来てからずっと気張ってきただろうし。自分少し甘やかすのも必要だと思って」
効率重視の俺と、気持ちを整えることが第一の温花は正反対の人間なのだろう。
紅京「そうですね。ありがとうございます」
紅京が街から都、宮中への入り口に案内してくれた。街の様子も、都の様子も全部新鮮だった。
現代社会の日本がどれだけ整備されてあって、治安のいい街であるのか……まるで社会見学をする小学生のように見回して回った。
红京「温花、ここから先は少し危ないので隠れつつ進みましょう」
红京は振り返り、少し癖っ毛のある髪を靡かせながら振り返ってこちらを見た。
あ……あたしも女子の中でも身長高い方だと思っていたのに。红京はあたしを見る時に目を細めているように見えたのは身長が高くて見下ろしていたからだったんだ。見上げた視線の先で红京は不思議そうにこちらを見つめた。
红京「そうでしたね、温花はここで追いかけられていましたね。すいません、道を変えましょう」
红京のことを考えすぎていた。あ……そうだ、ここはあの場所だ。体が少しこわばる。
恐怖心を忘れ、好奇心のほうがあたしにとって都合がいい。こうやってあたしは記憶を消していってったんだ――。
温花「あ……えっと……」
红京「強がらなくていいですよ。あんな大男に……大丈夫でしたか」
温花「あれ?見てたの?」
红京「……あ、はい。あの後、男たちを反対側に誘導して――」
温花「あっ!そっか!あのとき止めてくれたのは红京だったの……ありがとう……」
红京「いえ、陈雪様がいたのでよかったです」
红京の言葉は真っ暗の世界を優しく照らしてくれる月の光のようだ。红京が選ぶ言葉、余裕ある気遣いのできる仕草。あたしは力一杯、精神をすり減らしながらやっていることを簡単にやってのけてしまう。あたしがなりたい理想像は红京そのものだった。
红京「少し遠回りをしましょうか。その荷物半分持ちます」
温花「はいっ、え……いいの?」
红京はあたしが勝手に持ってきた大荷物を担ぎ、道を変えて街を案内しながらここのことを教えてくれた。
ここは華国という国であること。よくドラマであるような世界であるイメージだということ。红京の話を聞いていて引っ掛かることが出てきた。
温花「あたし歴史そんなに得意じゃないけど……華国って聞いたことないかも……」
红京「そうなんですよ、歴史的には秦の始皇帝、遣唐使が有名どころですがこのような大国が大陸にあったことを俺も知りませんでした」
温花「やっぱりここは夢の中とかかな……?」
红京「いえ、これは現実世界でここの人たちにも温かい血が流れています」
温花「そっか、そうだよね」
この街の匂いも、風も、太陽の暖かさも感じる。ここが夢であるならあたしはどこまで深い眠りに着いているんだろう。
红京は医者見習いだし怪我とか病気とかで痛い思いした人も見てきただろうし、ここの人たちの存在を否定なんてできないよね。あたしも薬屋の女将陈雪さんが人間にしか見えなかったもん。
红京「温花は現代に帰ることができるようですし、ここで無理だけはしないようにしてくださいね」
温花「うんっ!わぁ〜っ」
木の低い建物が並んでいた街並みを抜けると見上げても、見上げ足りない建物が見えてきた。あれが家かな?あ、門になるのかな?
赤の鮮やかな灯籠がその建物に向かうように並べられていて、茶色だった風景が一気に華やかになる。
红京「門番に話してみますので少々お待ちください」
温花「はい、ありがとう」
しばらくすると門番の男たちが現れてジロジロとこちらを冷たく見ている。
「なんだこの女は」「選秀の期間はまだだろ?」「医者見習いが連れてきたらしいぞ」「下女ならいいんじゃないか」「でもなんでこんな立派な衣着てるんだ?」「籠に乗ってないのにどこかのお嬢様ではないだろ」「じゃ、盗んだってことか?(笑)」と兵士たちはあたしを馬鹿にした様子だった。
红京ってもう戻ってこないのかな。勢いでここに来てしまった。確かに女中として後宮に入ること考えていなかった。皇帝の女になるってことだもんね……段々不安になってきて自分の体を少しつねってこのどうしようもない恥ずかしい時間を耐えるしかできなかった。
红京「お待たせしました」
と红京は扉の中から出てきて、横に来ると小さな声で「大丈夫でしたか」と聞いてくれた。耳が思わず熱くなる。
温花「あの……红京、やっぱり大丈夫……。妃になりたいだなんて無理な話だった……ちょっと楽しくなってしまって……調子に乗っちゃって」
红京「だめなときは現代に戻ればいいですよ(笑)」
红京はフッと笑って自分の出てきた扉を見た。そして静かに扉が開いた。
红京「大丈夫みたいですよ。行きましょうか」
温花「う、うん……」
まさか扉が開いて中に案内されると思っていなかった兵士たちは開いた口が塞がらない。医者見習いが女を後宮に入宮させるなんて聞いたことも、見たこともなかったからだ。
扉が開くと少し不安になって红京を見上げる。すると建物の中にそっと背中を押されるように風が吹き込み、一瞬戸惑ったあたしの足は静かに歩みだした――。




