この時代へと
「えっ――」
顔を上げるとさっきまでいたはずの河川敷では無かった。
腰掛けている椅子は少し軋む音がして、夜の街には虫の鳴き声が響いて、月の光が優しくて暖かい。
疲れ果てた体は静かに沈み、夢の中でまたあたしは眠りにつく。
眩しい光が瞼の裏まで明るい。
体は凝っていてでガクンと足が落ちると。大きな笑い声がする。
「なんだこの女!(笑)」
「こんな格好で誘ってんのか?(笑)」
目をゆっくり開けると着物?を着た人たちがニヤニヤと覗き込んでくる。
誘ってる?そんなわけないじゃん。ただここで寝てただけ。
あぁ、これも夢か。
また目を閉じると男が椅子を引き、地面に落ちてしまった。
「いったぃ……」
あれ……ちゃんと痛いし?朝の土は少しひんやりとする。
見ていた人たちはまた笑っていた。あれ?夢じゃない――?
近くにいた男は鼻に刺さる臭いを放ちながらあたしの腕を引き上げる。
何この臭い。油が腐ったような臭い――。これも痛い――。
拒否をしようと体に力が入る。
「放してもらえますか?」
愛想よくすれば離してくれるかもしれない。
怖い思いを悟られぬよう、ニコニコと男の機嫌を取る。
そうだ――。
「尽くし女」「外面のいい女」は男にウケるから。
別に好きでもない。そこに感情があるわけではない。
あたしは求められることが心地良い。
誰でも良かった。ここに居ていい理由が欲しかった。
あたしへの愛が大きそうな人の隣に居れば安心できた。
だけど、自分の興味のないものへ尽くし続けることは無理だった。
また新しい刺激が欲しくて次を探す。
自分が過去苦しめられていたいい顔をする「武器」で、お金を稼げることを覚えた。
この武器が今まで汗水流して働いていたお金が短時間で稼げることが自分の余裕にもなった。
でも途中から誰かに思われることも疲れてしまい、深く付き合うことを辞めてしまった。
自分の好きなときだけ、気が向いた時だけ、楽しそうな場所に、刺激のある方に身を置いた。
なんて都合のいい女。
あたしは男たちに笑い続ける。
この男たちにはあたしがどうなろうと関係ない。ただの消費されるモノである、と。冷たい笑い声があたしの血流を奪っていく――。
こんなこと続けていたってダメなことくらい分かってるのに、あたしはこの方法以外生き方を知らない――。
「――♪」
男があたしを掴み上げつづけ、携帯からイヤホンが外れる。
この異様な空間に現代の音楽が鳴り響き、携帯が光り続ける。
男は驚いて、あたしの体を振り払う。
男が掴んでいた腕は赤く、何か黒いものが張り付いている。なにこれ――。
今度は違う男が手を伸ばしてくる。
嫌だ――。
絡まる足を一生懸命動かす。
走っている場所の風景が目に飛び込んできているはずなのに、どんどん流れていく。
情報量が多くて脳が処理しきれず、息の音と自分の足音が頭に響いて、視界もどんどん狭くなっていく。
このままじゃ持たない――。
「――こちらへ」
優しい声あたしの体を止めた。
止めてしまった足はもうガクガクと震え、うまく動かない。
急いで走りすぎて酸素が足りないのか、視界がぼやけ、息が苦しくて言葉を返せない。
「助けて」の言葉があたしは言えない――。
黒髪の少年はあたしを建物の奥へ押し込む。
あ、この緑の衣とこの匂い――。
ここはお店なのか白髪の女性はあたしを棚の下に隠し、まるで何事も無かったかのように少年とやりとりをしている。
「この薬草はやっと手に入ったんだよ」
「ではこれと、いつものお願いします」
男たちが通り過ぎていくと、店主の女性は同じ高さまでしゃがみこみ心配そうに見つめる。
「大丈夫だった?」
「はいっ!助けてくれてありがとうございます」
震える体を隠すように棚の奥に入る。
これ以上弱いなんて他人に見せるなんてできない。
顔だけはいつも上手にできる笑顔で話し返す。
店主の視線は光っている携帯へ移る。
やばい――、音楽流れてるままだった。
もしかして携帯ってここには存在しないもの?
そっか……今さっきの大男が驚いたのも携帯だった。
店の中に太陽の光が遮られ、また男たちの声が聞こえてくる。
折角助けてくれたのに、あたしのせいで見つかってしまった――。
「椅子に座っていた料金を支払え」
「その子はいくらで買えるのか」
と危険な男が集まり、関わってしまった人物も危ないと誰も助けられなかった――。
「この人は売り物ではありませんよ。ここは薬草の店ですよ」
言葉は優しく、こんなに品のある男の人を始めて見た――。
顔立ちは綺麗で静かに商品を手に取って、男たちを軽くあしらう。
「――今日はこれでどうでしょうか?」
「金持ってるなら、さっさと出せばよかっただろ!」
そう言うと男たちの声と臭いが遠ざかっていく。
「紅京、金なんか渡せば今度はあんたが危ないよ」
紅京「座っただけで金銭を要求するなんて。あそこの店主の本性が分かったので助かりました。それにこのお金は民のものですからね。お返ししただけです」
紅京と呼ばれる少年は黒髪の奥に緑の目を細め、こちらを見た。
紅京「女将さん、すいません。少し二人で話させてください」
「わかった。もう金はわたすんじゃないよ」
紅京「はい」
事件に巻き込んでしまった女将さんは汗をかいていたのか、仰ぎながら店の奥へと入っていく。
紅京「――大丈夫です。俺も貴方と同じく、現代からこの世に来ました」
綺麗な緑の衣に身を包んだ少年はこの薬屋の匂いのような独特な匂いがした。
少年の耳元で喋る声は心地よく、その言葉は柔らかく一気に警戒心が解ける。
そしてやっと体から力が抜け、床に体重がへにゃーと乗り、壁に寄りかかった。
「でもなんで……」
紅京「俺は東京から来ました。俺は現代へ帰れなくなったので、ここで紅京として生活しています。あなたはまず服を着替えてください。ここでは制服は下着のようなものです」
「そ……そうなの」
紅京「あと良ければこちらを使ってください」
この時代の差し出されたタオル?布は少し硬い。
そう言って紅京くん?は女性に服を貸し出す様に言ってくれたのか、この街に馴染むような衣へ着替えることができた。
紅京「元の世界に帰ることがあなたも難しいのであれば働き口を探さないといけません」
「どんな仕事があるんですか……?」
紅京「この華国を知らない女性がこの世界で働くのは――。おすすめできない職業になってしまいます」
「ここで死んでしまったら元の世界に帰れないんですかね?」
紅京「おそらくそうなるでしょう。あなたは現代へ戻ることは難しそうでしょうか?」
「どうやってやるんだろう――?この国の後宮って入れないんですかね?」
あたしは胸が高鳴り、紅京くんの目をじっと見つめると、細い目を開き驚いた様子だった。
紅京「後宮ですか――。確かに条件を満たせば入ることは可能ですが――」
「これっ!あたし後宮の衣とか屋敷とか可愛くて、憧れてたんです!」
携帯の画像には中華風の舞台で、風に揺れる衣を着た長い髪の少女が窓際?で鳥たちに餌をやっている。
紅京「――わかりました。少し方法を考えてますので、着いて来てもらえますか」
「ほんとっ?!紅京くんありがとう!」
紅京「ここでは『くん』は必要ないんです。そのまま紅京で大丈夫ですよ」
「う、そっか。紅京、お願いします――」
助けてくれた薬屋の女将さんに紅京は衣代を支払い、街へと。
この時代へと連れ出してくれた――。




