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1000日物語  作者: はな


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2/5

名前


「えっ――」


 顔を上げるとさっきまでいたはずの河川敷では無かった。

 腰掛けている椅子は少し軋む音がして、夜の街には虫の鳴き声が響いて、月の光が優しくて暖かい。ここは心地が良く、静かに体は沈んでいった。夢の中でまたあたしは眠りについた。


 眩しい光が瞼の裏まで届いて朝が来た。体はなぜかバキバキでガクンと足が落ち、大きな笑い声がする。目をゆっくり開けると着物?を着た人たちが覗き込んでよく分からない言語で話しかけてくる。これも夢か、と思ってまた目を閉じようとすると怒っている人が大きな声で椅子を引いてきてそのまま転倒して地面に落ちてしまった。


「あれ……」ちゃんと痛いし、ちょっと朝の土はひんやりとする。見ていた人たちはまた笑っていた。あれ?夢でない?

 近くにいた男は鼻に刺さる臭いを放ちながらあたしの腕を引き上げようとした。これも痛い。やばい、これ本当に夢じゃないかもしれない。あたしの携帯のイヤホンが外れて大音量で音楽が流れ始めた。男は驚いたのか力が抜けた。

 解いた手がまた伸びてくる。逃げなきゃ――。その瞬間にあたしは絡まる足を一生懸命動かした。


 走っている場所の風景が目に飛び込んできているはずなのに、どんどん流れていく。情報量が多くて脳が処理しきれず、息の音と自分の足音が頭に響いて、視界もどんどん狭くなっていく。このままじゃ持たない――。


「――何してるんですか」


 優しい声あたしの体を止めた。急いで走りすぎて酸素が足りず、息が苦しくて言葉を返せない。誰――?視界がぼやけてよく見えない。

 

 次に気がついたときには白髪の女性が心配そうな眼差しでこちらを見ていた。

 「――ニーハイハイマ?」ニーハイ?って中国語かな?馬鹿なあたしでも知っている言葉がその女性の口からできてくれて嬉しくなった。「シェイシェイ」ありがとう、その中国語だけは知っていた。いつも上手にできる笑顔で話し返した。その女性はびっくりした様子だった。あれ?言葉違ったかな?


 騒ぎになっていた女の子はこの辺では見かけない服で膝を出して、刺激的だ。この人物の見物客は多かった。「そいつだれだよ」「椅子に座っていた料金を支払え」否定的な言葉だけではなく「その子はいくらで買えるのか」と危険な男が集まり、関わってしまった人物も危ないと誰も助けられなかった――。

 そんな子が発した言葉の発音がとてもじゃないけどこの国っぽくない。この子ことはよくわからないけど、ここでまた助けることができなければきっとこの子は――。急いで買い物袋をその子にかけ急いで家に戻った。

 

 身振り手振りでなんとか伝えようとしてくれた女性に引っ張られ、逃げ込んだ場所は今までに嗅いだことのない、匂いのする建物だった。

 瓶と、棚と、薬草?あ、これって漢方とかそんなのかな?始めて見るその景色に見とれた。

 

 一生懸命話しかけてくれているけど言葉が全然わからない。

 どうしよう。あ……制服のままってことはスマホもある……?翻訳機で話せるかな。電源はついていて翻訳機は使えないかな。


「助けてくれてありがとうございます」

 

 携帯の翻訳機を見せるとその女性は目をまんまるとさせて、しばらく固まっていた。携帯……ここには存在しないものかもしれない。そっか……今さっきの大男が驚いたのも携帯だった。やばい、助けてくれた女性も驚かせてしまった。どうすればいい?!あたしが焦ると女性もあたふたとし始めてしまった。

 

 「――」外から声がする。その声に女性は我に返ってあたしを机の後ろに隠してくれた。

 こっそりと様子を伺っているとここは薬屋のようで買い物客が来たようだった。今までに見た人の中で一番綺麗な服を着ていて、顔立ちは綺麗で静かに商品を手に取って少し笑って嬉しそうだ。こんなに品のある人って始めて見た――。さっきの大男でないことに安心してやっと息ができた。その瞬間「助けてくれてありがとうございます」スマホの翻訳機をまた流してしまった。その状況に女性も大慌てで、あたしも必死に奥に隠れようとして机に頭をぶつけた。「いった……ぃ」我慢して小さくなるしかなかった。


「やっぱり貴方だと思いましたよ。奇怪な格好の少女を連れて逃げ去ったのは」

 

 目を細めて隠れる机の奥を見つめた。

 

「だってそのままではこの子が……」

 「あそこの店主の本性が分かったので俺は助かりましたよ。座っただけで金銭を要求するなんて」

「まさか、あなた支払って来たんじゃ」

 「宮中のお金は民のものですからね。それに俺も珍しいものを見ることができて嬉しいです」


 常連客の少年とは信頼関係が築けていたため警戒心は無くなり、少女の隣に行くことを承諾した。私は男たちが追ってきていないか警戒しつつ、周りに悟られぬよういつも通りを装った。

 

 「大丈夫です。俺も貴方と同じこの世に来たので」

 

 綺麗な緑の衣に身を包んだ少年はこの薬屋の匂いのような独特な匂いがした。少年の耳元で喋る声は心地よく、その言葉は日本語で一気に警戒心が解けた。体から力が抜け、床に体重がへにゃーと乗り、壁に寄りかかった。

 

「でもなんで……」

 「俺は東京から来ました。俺はここに来て帰れなくなったので、ここで紅京ほんじんとして生活しています。まずは服を着替えてください。ここでは制服は下着のようなものです」

「そ……そうなの」


 そう言って紅京ほんじんくん?は女性に服を貸し出す様に言ってくれたのか、ここに馴染むような衣に着替えることができた。


 紅京ほんじん「ここの女将さんも金銭的に余裕があるわけではないので、元の世界に帰ることがあなたも難しいのであればこの街で働き口を探さないといけません。中国語はできますか?」

「で、きません。シェイシェイくらしか……」

 紅京ほんじん「女性で言語ができないと――。おすすめできない職業になってしまいます」

「ここで死んでしまったら元の世界に帰れないんですかね?」

 紅京ほんじん「おそらくそうなるでしょう。あなたも戻ることは難しそうですね……どうするのがよいでしょうか……」

「後宮って入れないんですかね?」


 少女はこちらを見上げ、憧れを持っているのかホクホクした顔でこちらを見ている。

 

 紅京ほんじん「……なるほど後宮ですか。よほどの変なこと、無礼なことをしなければ生活はそれなりにできますね。でも、後宮に入るにはそれなりに条件があります」

「後宮あるの?!条件ってどんなのがあるの?!」

 紅京ほんじん「はい、あります。要するに血筋を大事にする皇帝からすれば良家のお嬢様が良いのです」

「なるほど……血筋不明のあたしが後宮に入ると大変なのか……」


 少女は目を輝かせたり、寂しそうな顔をしたり感情が忙しそうだ。後宮に入ってみたいのか?

 

 紅京ほんじん「入れないことはありません。が、試験に知識か、美貌か……で合格する必要があります」

「どっちも無理なやつ……だ……(笑)もしかして、願えば向こうの世界に帰れて、願ったらこっちに来てなんてできないかな(笑)」


 なんて自由な発想の持ち主だ。そんなこと簡単にできるのか?色々可能性を考えたけど、世を渡ることが簡単にできるとは思えない。俺以外にここへ来たのをみたのもこの子が初めてだ。世を渡ること自体がファンタジーの世界でしか実現できないことだ。

 

 紅京ほんじん「俺も、何度も可能性の1つとして考えましたが、一度も上手くいったことがありませんでした」

「中国語の勉強と、綺麗になる努力をして帰ってくれば何とかなるってことだよね?」

 紅京ほんじん「それであるならこちらに帰ってくる必要はないですよね?」

「んー、後宮の生活してみたいんです(笑)」

 紅京ほんじん「そんな思ってるような生活できないと思います……」

「だってここにせっかく来てるし……、やってみたいです」

 紅京ほんじん「そんな簡単に帰るのは難しいと思います――」


 红京ほんじんは困った表情でこちらを見ている。唱えてみれば戻れるってこともないのかな――?


「現代に帰りたいです!帰れますように!――」


 あたしは何度も現代?に変えることができるように唱える。目を閉じて、想像する。ここにまた戻って生活できるように。


「どうかな――?」


 と、目を開けるとあの桜の咲く河川敷に戻って独り言を喋っていた。あれ?红京は?まだ冷たい春の風があたしの体に当たり、空気を吸うとあの薬屋さんに借りた服の匂いがして、現代に戻ってきたことを実感する。え、ちゃんと戻って来てる――。

 

 ってことは向こうに戻ることもできる?向こうに戻ってからのことを考えると、後宮に入るための服?と、美と、知識が居るんだもんね。準備してしまおう!ネット通販で後宮の女の子が来てそうな服を思ったよりもたくさんあってそこで購入。どれも可愛すぎて。気が付いた時には安さもあって何着も買ってしまっていた。そして化粧品も向こうで使いたいし、シャンプートリートメント。携帯も充電たくさんして、携帯充電器持って行けば長く使えるかも!あ、服だけじゃなくて可愛い服も、靴も、髪飾りも。未来の自分のための準備している楽しさを感じることができた。

 授業の間もずっと中国語の勉強をし、頭の中は他のことが全く気にならないほど忙しい。


「――戻ってきます!あっちに戻りたいです!」


 現代に帰ることができたように何度も唱える。キャリーケース、リュックサックに必要そうなものを詰め込んで準備はバッチリだ――。

 空気はあの薬屋の匂いに包まれ、目を開けると買い物に来ていた红京が細い目を見開いてこちらを見ている。

 

 紅京ほんじん「あっ……本当に戻ってきました……お、おかえりなさい」

「中国語も話せるようになりました!あ、あと紅京くんにおみやげ。お菓子セットです!」


 大きな荷物を背負い、たくさんの荷物を抱え込んだまま少し不安げな表情で確かめるように中国語を話した。ぱんぱんになっているカバンの中から嬉しそうにお菓子セットを差し出す。

 少し困ったように目を伏せるが、自分にはない行動力は見ていて刺激的で面白く感じた。

 

 紅京ほんじん「あなたって人は……(笑)ありがとうございます」

「これで後宮に入れますかね?」


 言葉もまだまだカタコトでノートを開き確認しながらだが喋れるようになっていた。

 そして漢服に身を包み、着飾ってまた不安そうな顔でこちらの様子を伺う。

 

 紅京ほんじん「分かりました。俺から交渉してみましょう」

「ありがとう!あ、あとね。これ。多分電波は通らなと思うんだけど、あたしの前使っていたスマホ。満充電にして紅京くん用に持ってきた。いるかな?」

 紅京ほんじん「現代人はこれがないと生活難しいな、と感じていたところです」


 もしスマホをここで使えるのであれば今後何かあったときに役に立つだろう。深く考えてもわからないことがある。今は考えないでおこう。


 红京ほんじん「電話とメッセージは……なぜかできるようですね……」

「え……ほんとだ……!」


 携帯を覗き込むと嬉しそうに笑っている。そういえばこの子の名前はなんて呼ぶのが正解なんだ?

 

 紅京ほんじん「――あのあと、すいません、……名前はどうしますか?」

「そっか……日本の名前使うなんてできないから紅京って名前になってるんだよね?んー、それは考えてなかったです……」

 紅京ほんじん「元の名前から作るのは簡単でいいですよ」

「そっか……あんまり自分の名前好きじゃなくて」


 自分に自信がない。自分の家族に自信がない。だから自分の名前が好きになれない――。

 

 その女性は今まで楽しそうに会話をしていたのに自分のことになると少し寂しそうな表情をした。名前を考えるヒントを引き出そう。


 紅京ほんじん「なぜそこまでして後宮に入りたいのか教えていただけませんか?」

「んー、これ。この画像見て後宮でこんな風に過ごしてみたいと思って」


 その女性がスマホで見せてくれた画像には鳥と静かに戯れる後宮の屋敷で過ごしているお嬢様だった。春なのか綺麗な桜が咲いていて花びらとともに消えていきそうだ。

 

 紅京ほんじん「なるほど……花……。春の温もりで……温花うぇんふぁそのままで温かい花とかどうでしょうか?」

「すごい!中国っぽい!うん!そうします!ってノリで決められるんですね(笑)」


 なぜか名前はぱっと降りてきた。嬉しそうに笑う温かい花は俺の心も温かくなった。

 

 紅京ほんじん「はい、孤児などもこの時代では多いのでノリで大丈夫です。気に入ってもらえてよかったです」

「じゃあ、今日から温花うぇんふぁでお願いします」

 紅京ほんじん「はい、温花うぇんふぁ


 红京の優しい声は耳が温かくなり、根拠のない安心を感じた――。

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