第2章 水竜の贈りし者のこと 1-3
洞窟の入口付近にはランタンと火打石が置いてある
ニニカは慣れた手つきで火打石を叩き合わせると、たちまち枯草に火をつけた。小さな炎を蠟燭に移すと、ランタンの蓋を開け中に納めた。
作った灯りを片手に洞窟の奥へと歩いていく。ほぼ毎日行っていることである。全く淀みのない所作だった。
二十メートル程行くと、開けた場所に出た。
ランタンから近くにあった一本の燭台の蝋燭へ火を移すと、広間にも明かりが灯った。ぼんやりとしたオレンジ色の炎が洞内を照らす。まだ薄暗いが、その光で広間の全容はなんとか見て取れる。
広間の片隅にある石の台の上には、ニニカの宝物が置いてあった。
手造りの弓と矢。
ケンからくすねた大型のナイフ。
錆びた鉈。
巨大な獣の皮。何という生物だったのかは知らない。頭部はない。黒くて大きな獣の皮だ。里から持ってきて絨毯代わりに使っている。
細くて長くて硬そうな真直ぐな木の棒なら、見つける度に持って帰るからたくさんある。
肋骨だろうか?鋭く尖った動物の骨。藪睨に仕留められた野獣のモノだろうが、ニニカが見つけた時には打ち捨てられてから数年は経過していたようだ。一緒に落ちていた頭蓋骨は使い道がないから放置した。
大蛇が脱皮した抜け殻。
色鮮やかな鳥の羽。
およそ女の子が収集する物とは思えないラインナップだが、太陽を反射して光る石も何個かある。全部ニニカの宝物だ。
生活用品も多少ある。
包丁や木製の皿。コップ。ブランケット。燭台が数台と二十本ほどの蝋燭の予備。
何かの役に立つかもしれないと思ってコツコツ運んできた木材もある。ちゃんと角材に製材された物だ。とはいえ九歳の女の子が運搬できる程度の代物である。さほど大きな物はない。
最近、ここに来てニニカがやることは、だいたい決まっていた。
洞窟内の探検と大掃除が終わったから、近々にやらねばならないこともないのである。
ニニカは宝物の陳列された石台に歩み寄った。
ランタンを置くと、まずはナイフを手に取って腰帯に挟む。続いて細い木の枝を数本選んで手に取った。
広間での作業はそれで終わりだ。そのまま通り抜け、奥の細い通路に入る。
道は緩やかに上りになっている。
途中何本か枝道があったが、ニニカは眼もくれずに歩き続ける。とっくに探索済みで、その先が行き止まりだと知っているのだ。
時折、道を塞ぐようにそびえる大きな岩をよじ登る。
何度か細い隙間に身体をねじ込んでその先へと進む。
道が開けるとまた歩く。
そんな風にして三十分ほどは歩いたに違いない。
正面から吹き付ける風がニニカの髪を揺らした。出口が近いようだ。
ランタンの光は奥へと続く道を淡く照らしている。まだまだ先は長そうだ。実際、このまま進めば、別の出口はある。だがニニカの足は、そこで止まった。
ニニカの頭より高い岩の上にランタンを置くと、そこまで這い上がる。また突き出した岩の上にランタンを置いてよじ登る。
岩肌の僅かな凹凸に指をかけ、上へ上へと小さな身体を持ち上げていく。見る見る内にニニカの姿は数十メートルはあろうかという高さにあった。
顔を上げると岩の亀裂の先に青空が見える。ニニカが、どうにか通れるぐらいの隙間だ。これがニニカが見つけた第二の出入口だった。
足場となっている岩棚に、長い木の棒が置いてあった。
ニニカはそれを掴むと、徐に外への亀裂に差し込んだ。
棒の先端を見詰める。棒の先端には、角度をつけて二枚の手鏡が縛り付けてあった。
鏡には外の様子が映っている。
ゆっくりと回転させたり角度を変えたりしながら、時間をかけて丹念に周辺の様子を覗っていく。
動くモノの影はない。安全であると納得すると、棒を戻して元あった位置に置いた。火が付いたままのランタンは、外では必要ないから岩棚に置いていく。
ニニカは亀裂から外に飛び出した。
そこは魔の森から少し離れた崖の上だった。
目の前に見渡す限り海が広がっている。絶景だ。
それがニニカが一番好きな景色だった。
真下を見降せば、小さな砂浜がある。運動不足の者にとってはかなり険しい道だが、岩から岩へ下っていけば辿り着くことができる。人間は誰も来ない。ニニカのプライベートビーチである。
海を眺めるのが好きだ。ニニカにとって海とは即ち冒険だった。
未だ見ぬ世界への扉である。
陽光を受けて煌めく水面を眺めながら、心は想像の世界に旅立っている。
水平線の向こう側にある夢の世界に心が躍る。ワクワクする。
(いつか必ず・・・)
あれはダメ、これをしちゃいけない。そんな窮屈な里の暮らしから解き放たれるのだ。
一頻り想像の翼を飛ばし終えると、ニニカは持ってきたナイフと数本の細い木の棒を取り出した。
拾って来る段階で節のないなるべく真直ぐな細木を選んでいる。その先端をナイフで削って尖らせていく。
棒の先端を宙に掲げ、後端に眼を近付ける。指先を擦り合わせるように動かして、棒を回転させながら全体の反りを見る。
膨らんだ部分を薄く削り取って、再び反りを見てはまた削る、を繰り返していく。
矢を作っているのである。
鏃に使える鉄などないから、先端は削って尖らせるだけだ。矢筈は弦に掛かりやすいように、中央を一直線に窪ませる。
大人が遣う矢にあるような矢羽根はない。
取り付けようと努力したことはあるが、何度やってもバランス良く付けられなかった。試しに羽を付けずに射てみたが、これは全く飛ばなかった。
それもそのはずである。
風を受けて矢を回転させるのが、矢羽根の役割なのだ。
稀代の名人がいたとして、どんなに努力しても、棒を真直ぐに仕上げることはできない。一ミリを更にコンマ台、百分台、千分台と細分化していけば、必ず反っているものである。完全な直線は理論上にしか存在しないのである。
仮に完全にストレートな棒であっても、偏芯するため飛距離は伸びない。それを補うのが回転だ。いわゆるジャイロ効果である。矢は自転することで直進性を持つのだ。風を受けて矢を自転させるのが矢羽根の役割なのである。
勿論、ニニカはそんな難しいことは知らない。
ただ、この問題はすぐに解決した。運が良かったと言えるかもしれない。
森で一本の矢を拾ったからである。
それは、おそらく森の民の物だった。魔の森で歩いている時に、木の根の又に落ちているのを見つけた。長過ぎたのでニニカの弓には合わなかったが、その形状は参考になった。その矢には筈に近い部分に紐が螺旋状に巻き付けてあった。
見たこともない工夫だ。
半信半疑ながら、さっそく真似してみた。すると何となく真直ぐに飛ぶようになったのである。
要するに紐の部分が風を受けて矢を回転させているためなのだが、その原理はニニカにとって重要ではない。今は、より真直ぐ、より遠くまで飛ばすために紐の太さや巻きつける間隔などを試す毎日である。
里を抜け出して狩りをして、秘密基地から海を見て、矢を作る。
それがニニカの日常だ。
「あ・・・」
一心不乱に矢を削り続けている内に日が傾いてきた。もうすぐランタンの蝋燭も燃え尽きてしまう。
ニニカも流石に夜の森は嫌だ。里に着くのが夜になれば、シータにも叱られる。
(やばい。戻らないと・・・)
ニニカは慌てて来た道を戻っていった。




