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ヴォロディア仙導記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 15-7

 左右の手の中で斧が回転する。

 攻撃に比重を置いた戦闘を得意とするガウェインであったが、今は自ら仕掛ける気はなかった。目の前の死霊兵から不気味な何かを感じていたからである。攻撃すれば必ず隙ができる。この相手がそれを見逃すとは思えなかった。

 狙い通りになるかは分からないが、とにかく最初は防御に徹して様子を見る。

 それがガウェインの作戦である。攻撃役は完全にアイサに任せる心算でいる。

 命を懸けた実戦特有の緊張感の中で、ガウェインは意図して肩の力を抜いた。

 背後に海の方へ遠退いていくナッシュたち三人の気配を感じている。離れようとしないティアナをナッシュが説得し、半ば引きずるようにして後退させているようだ。

(それでいい)

 ナッシュは隊で一二を争うほどに脚が速い。小柄なウォルフなど通常の訓練で背負っている荷物に比べれば軽い部類に入るだろう。仮に自分が敗れて逃げるとなった場合、重たい鎧をまとったこの死霊兵よりも、ティアナたちの方が速いはずだ。

 ガウェインは、そう判断した。

 問題は位置関係である。飾り羽が森側に立っているため、遮蔽物が少ない海側へしか逃げられず、身を隠せる場所が少なくなってしまう。しかしそこは考えても致し方ない。運を天に任すしかない。

 最悪の事態を回避する術(すべ)は確保した。後はこの戦闘に集中するだけである。

 飾り羽がゆっくりと第一歩を踏み出した。

 構えも取らない。右手にロングソードを「だらり」と下げたまま、無造作に足を進める。

 先刻放った殺気が嘘であるかのような自然な所作である。

 夕方の散歩でもしているかのように一定のリズムで歩み寄ってくる。

 そのままガウェインの斧の間合いに入ってくるかに見えた。

 転瞬。

 不意にリズムを変えて素早く懐に飛び込んできた。

 飾り羽の剣がガウェインの喉元に襲いかかる。

 斧を突き上げてこれを退けたものの、あまりに鋭い剣筋に背中に冷たいモノが走った。息つく間もなく左から斬撃が伸びてくる。

 何とか斧を合わせることができたが、軽く弾けただけだ。しかも窮屈な姿勢になってしまった。続いて切り返された袈裟懸けの剣を受けるには斧が遠い。

(間に合わない!)

と、死を覚悟させたが、その一剣は、ガウェインに到達する寸前に軌道を変えて横に流れた。

 九死に一生を得ることができたのは、飾り羽の死霊兵の背後からアイサが飛び掛かっていたためである。

 飾り羽はアイサが後方に回り込むのを見逃していなかった。

 ガウェインに向けた剣を引きながら、左手で深紅のマントを翻し、その裾をアイサの短剣に巻き付けた。

 短剣を封じられたアイサだったが、飛びこんだままの勢いは止められない。飾り羽が引いた剣の柄頭にバランスを崩して突っ込むような恰好となった。

「くっ!」

腹部を強打されて地面に転がる。

 飾り羽は追い打ちを掛けようとするが、持ち直したガウェインがそれを許さない。

 斬撃を放って牽制する。繰り出された斧を剣で受け流しながら、飾り羽は大きく後方へ飛んで距離を取った。

 二回転。素早く地面を転がって、アイサが立ち上がる。

 ガウェインも腰を落として半身に構えた。

 飾り羽の左手がマントを掴んで胸元に引き寄せた。赤く染め抜かれた革製のマントを、闘いの中で時には盾のように、また時には鞭のように上手く使う。

(強い・・・)

 考えていたよりも、ずっと・・・、である。

 ガウェインは自らを鼓舞するように斧を回した。同時に思考も回転させる。

(もっと小さく・・・)

 コンパクトで素早い動きができなければ、あの鋭い攻撃には付いていけない。

(それができても、まだ足りないかもしれない)

 実感として、それほど強い相手である。

 チラッとアイサに視線を向けた。まだ柄で強打された腹部を気にしているようだ。防御に徹すると決めていた以上、あの攻撃はガウェインが防いでやらなくてはならなかった。

 実際にはそんな余裕など全くなく、反対に助けられてしまった。不覚ではある。しかし、手を合わせて見て、この目の前の死霊兵に全く勝てるイメージが湧いてこないのもまた事実であった。

 ティアナとナッシュを含めて四対一の戦闘を仮想して飾り羽を取り囲んでみたが、それでも勝ち筋が見えない。

 迷っている内に飾り羽が走り出した。

 標的に選んだのは、腹部に打撲を負ったアイサである。好きにさせるわけにはいかない。ガウェインも追いかけるように走り出す。

 背が高く歩幅も広いガウェインが瞬時に追いついて右手の斧を振るうのへ、飾り羽が振り向き様に剣を合わせた。

 飛び掛かろうとするアイサには、マントを振って牽制する。

 立ち止まってマントの裾をやり過ごしたアイサが再び間合いを詰めようとする。

 ガウェインの左手の斧が回転する。同時に柄の中腹を握っていた手が、握り突起の方へスライドした。これにより二十センチ余りも間合いが伸びる。

 一瞬の間を突いて懐に潜り込むアイサ。斧の間合いを大きく伸ばして遠心力を乗せた一撃を放つガウェイン。

 この二人の攻撃に対して飾り羽は、マントを跳ね上げてアイサの視界を塞ぐと、死角となった左足で胸元を強く蹴り込む。同時に器用に剣を回して逆手に持ち替えて、下から振り上げてガウェインの斧の側面を押すように当てる。斧の軌道がずれて、外に流れた。

 さらに反転しながら叩き込んだ回し蹴りがガウェインを捕える。三歩ほど後退して持ち堪えたが、間を置かずに放たれた体重が乗った追撃の蹴りは躱しきれない。

 堪えきれず吹き飛んだガウェインは、一旦、距離を取ろうと地面を転がって逃げる。

 飾り羽はそれを許さない。追いかけながらテイクバックした剣を鋭く突き出した。

 体勢を立て直したアイサが間に入って十字に組んだ短剣で受け流すも、再び繰り出された前蹴りに五、六メートルは吹き飛ばされた。

 その間に立ち直ったガウェインが飾り羽に向かってゆくが、数合打ち合うと撃ち負けてまた後退させられる。そこにまたアイサが割り込む。

 二人が交互に飾り羽に立ち向かい、その度に退けられるという構図がしばらく繰り返された。

 圧倒的な戦闘力を誇る飾り羽だったが、二人が交互に怯まず立ち上がってくるために決定的な一撃を入れられない。

 ただ時を追うごとに海側へ海側へと押し込まれていく。

 遠く離れてその様子を覗っていたティアナが、ここで準備していた魔法を解き放った。

 前線を担う二人が海側に後退させられたことで森が途切れて遮蔽物がなくなった。そのため狙いがつけやすくなったのだ。また浄化の矢(ピュアリファイ)は間違って生者に当たっても、全く悪影響を及ぼさないのも利点である。

 魔法の矢が、狙いを過たず死霊兵に迫る。これが絶妙のタイミングとなった。

 ガウェインの大きな身体を目隠しとなって、かなり接近するまで飾り羽からは見えなかったはずである。ガウェインを蹴り倒した瞬間に突如として姿を現す格好となったのである。

 しかし飾り羽の死霊兵も流石に手練れであった。この不意を突いた魔法に見事に対応してみせる。

 まず振り上げた剣の軌道を変えて浄化之矢を受けた、というよりも斬った(・・・)。

 魔法の矢が霧散する。

 しかし、この一手が飾り羽の対応を一拍遅らせた。そこに飛び込んだのがアイサである。

 瞬時に肉薄し逆手に持った右手の短剣で死霊兵を突く。

 マントを翻し、ぎりぎりで短剣を弾いてくる。だが、それはアイサも織り込み済みだ。本命は後ろに回した左手である。

 右手を弾かれる勢いをそのまま利用して、腰の辺りの鎧の継ぎ目を狙ってショートソードが繰り出した。左はノルドの剣だ。鎧の内側に潜り込めば勝敗が決まる。

 ここで飾り羽が半歩左足を引いた。

 魔法を斬った剣が引き戻される。

 次の瞬間、起こった出来事を目撃したティアナたち四人が受けた衝撃は、言葉を尽くしても十全にはいい表わせない。

 飾り羽の剣がアイサのショートソードを巻き込むように小さく旋回する。

 アイサの手から柔らかく跳ね上げられたノルドの剣が「ふわり」と宙を舞う。その光景を目撃した四人の眼が、驚愕のため一様に見開かれる。

 それは幾度となく見てきた剣技であった。

「螺旋剣(スパイラルショット)?貴方は、まさか・・・・」

 ガウェインの口から茫然自失の言葉が漏れる。

 四人の時が、止まった・・・。


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