第1章 アイゼニアの姫のこと 15-6
時は僅かに戻り、ガウェインの怒りが奇跡を起こし始めた頃・・・。
ナッシュは腰だめにしたバスタードソードを斧兵に向けて解き放っていた。
巨大な剣が風を巻き起こして斧兵に迫る。
死霊兵が盾を「がっちり」と構えてこの剣撃を受け止めた。
ただしナッシュも、それは織り込み済みだ。
兄を背負ったままでは、上手く身体を遣えない。スピードも威力も落ちる。
しかし泣き言を言っても始まらない。現状できうる最高の攻撃を放ち続けるだけだ。受け止められるのも致し方ない。そう割り切っている。
ナッシュの身体は既に次の一手のために反転している。
遅れて出てきた兜割が再び盾を叩く。火花が飛び散るほどの一撃である。
攻撃の手を緩めない。右回転、左回転を繰り返しながら剣を叩きつけ続ける。
死霊兵は盾の影に隠れるようにして腰を落とし、身体を遣って重い連撃を受け止める。攻撃を受ける度に踏ん張る足が土を削りながら、十数センチ後方へと押し込まれていく。死霊兵が土を抉った二本の筋が一メートル近くも伸びている。
回転しながら遠心力を上手く利用して繰り出されるナッシュの斬撃に斧兵は堪えきれず、時折大きく体勢を崩してよろめく。
攻め続けるナッシュ。防御一辺倒の斧兵。
戦闘の主導権を握っているかにみえるナッシュだったが、実際は紙一重の状態にあった。
ナッシュが繰り返しているのは、力任せの出鱈目な攻撃にすぎない。まともに狙いすらもつけられていない。剣技もへったくれもない。ただ思い切り剣を振り回しているだけなのである。
愛剣兜割の大きさが仇になっているのかもしれない。未だ目覚めない兄ウォルフを背負ったままで、重量のあるバスタードソードを片手で操らねばならず、遠心力を利用する他に攻撃手段がないというのが実際のところだ。
その上、全力で盾を叩き続ける衝撃は、強い反動となってナッシュの手を襲ってきている。
ミスがあれば、すぐに戦況は覆ってしまう。
斧兵が支えきれず倒れるのが先か、あるいはナッシュの腕が疲労の限界を迎えるのが先か。いわば我慢比べをしている最中なのであった。
旋風のように右に左に回転しながら攻撃を続けるナッシュを、ティアナは離れて見守っていた。
絶好の機会を逃してしまった自分に動揺もしている。しかしティアナは前向きであった。必死に動きを追いながら、失敗を挽回するためのチャンスを待っている。
十回、十一回と剣と盾がぶつかり合う。
激しい金属音が耳をつんざく。
それはナッシュが十二回目の攻撃を放った際に起こった。
手首が撚れてしまったのである。大剣の切っ先が下を向く。
この一振りを死霊兵は受けようとしなかった。右足を引いて一歩下がる。
ふたつの出来事が合わさって、兜割は目標を見失い空を切った。
ぞわり!
ナッシュの胃の辺りから悪寒が走る。回転を止められない。剣と共に身体が泳いでしまう。
結果、斧兵に無防備な背中を晒してしまった。
横目に斧を振り上げた死霊兵が踏み込んでくるのが見えた。
風景が速度を失い、スローモーションのように流れる。ナッシュは死を覚悟した。
ティアナが飛び出したのは、その瞬間である。
走りだすと同時に右手の短剣を、いきなり投げつけた。
ティアナの手を離れたノルドの剣が、獲物を狙う猛禽類のように一直線に飛来する。
遅れてこの攻撃に気付いた斧兵が不可解な行動を取った。ナッシュを仕留めるべく振り上げた斧だったが、思わず軌道を変えて、投げつけられた短剣を撥ね退けたのである。
いかに破魔の力を持つノルドの剣とはいえ、甲冑の上から効果を発揮できるものではない。偶然、鎧の隙間に入り込まない限り、フルプレートアーマーを纏った死霊兵にとっては、意味のない攻撃に過ぎなかった。
ましてや守るべき命を持たない死霊兵にとって、かわす必要すらないはずの攻撃であった。
ただし、死霊兵は明らかに以前とは違う。
与えられた命令を遂行するために前進を続けるだけの存在ではなくなっていた。
それは意思疎通のような行動を見せたり、攻撃を避けたりしていることから分かる。「避ける」と言うのは保身からくる行為だ。つまり今は「自分自身を守る」という意識があると言うことだ。これは以前までは、見られなかった行動である。
これは明確な変化である。
戦闘に於いては引くことも覚え、より手強くなったとも考えられるだろう。
既に生命体でない死霊兵のそれを「生存本能」と呼んで良いモノなのかは分からない。ただそれがために、投じられた短剣を避けてしまったのが、ここで起きた事実である。
理屈ではなく本能ともいうべき感覚で、ティアナはそうなることを理解していた。
短剣を弾いたことで死霊兵の身体が開き無防備になったその瞬間に、ティアナの左手の魔法陣から閃光が放たれる。
斧兵は盾を戻してガードしようと試みたが、間に合わない。黄光が胸元にクリーンヒットして、プレートメイルごと死霊兵の身体を包み込んだ。
鎧の隙間から内部へと浄化の光が潜り込む。
魔法を受けて、たちまち死霊兵は痙攣し、やがて前のめりに崩れ落ちた。
ナッシュが驚きの表情で振り返るのへ、ティアナが微笑んで頷く。
まだ油断はできない。
もう一方の戦局へ視線を走らせると、すでに決着はついており、ガウェインが倒した死霊兵を丁寧に地面に横たわらせているところである。その背中に何故か悲哀を感じた気がしたのは、間違いではないだろう。
とにかく残る敵は、飾り羽の騎士一体のみになった。
四人の睨みつけるような視線を一身に受けて、飾り羽はゆっくりと腰の剣を引き抜いた。
生前、何千回と繰り返し身体に刻み込んだのであろう淀みのない所作である。
そのまま構えるでもなく、剣を持った腕を「だらり」と下げた。
それだけで得も言われぬ威圧感がある。
ワンテンポ遅れて放たれた強烈な殺気に、対峙する四人の顔が思わず歪んだ。
(これは・・・今までの相手など比ではない・・・)
これが共通の認識である。
「ナッシュ、殿下とウォルフ殿を守って後退しろ!」
ガウェインからの指示が飛ぶ。
「此奴の相手は私がします。アイサ嬢は相手に隙ができたら止めをお願いします。ただし決して無理はしないように・・・」
剣を下げ自然体で立っているだけの飾り羽の姿に、ガウェインは全く付けいる隙を見出せない。
「もし私が討たれたら、迷わず全員を連れて逃げて下さい」
この時、ガウェインは初めて目の前の敵から視線を外し、アイサを真直ぐに見詰めた。
「闘わずに逃げて、最後まで決して諦めずに生き残る道を探して下さい」
切なる願いであった。アイゼニアの騎士である以上、ティアナを守るという任務は全てに優先される。しかしそれ以上にアイサに生き残って欲しかった。この感情だけは止めようもない。
その気持ちを知ってか知らずかアイサはひとつ頷いた。




