第1章 アイゼニアの姫のこと 15-5
ガウェインは、湧き上がってくる疑念と戦い続けていた。
自分の斧による連撃の全てを剣一本で受け流し、さらには一瞬の隙を搔い潜って反撃してくる相手の剣捌きに、どこか既視感がある。
(まさか・・・)
手を合わせる度に疑念が強まっていく。
(いや、・・・それは・・・)
違うと思いたい。感情は否定している。だが脳の冷静な部分では、確信めいたモノを感じていた。
(お前はギリアムなのか!)
この攻撃も・・・。
(知っている)
この一手にも・・・。
(覚えがある)
数百数千どころではない。日々繰り返される修練の中で、累計すれば実に五万回以上にも亘って立ち会いを繰り返し、互いを切磋琢磨してきた相手である。如何に多彩なバリエーションを駆使してきても、その剣術の癖とも言うべきモノは身体が覚えている。
(何ということだ!)
もはや認めざるを得なくなった。ギリアムで間違いない。
同じ目的を持ってトルキアの地を踏んだ仲間が、敵として目の前に立ち塞がっている。幼少の頃から兄弟のように育った仲間が、あろうことか死霊兵になって目の前に現れたのだ。
ガウェインの感情は、目まぐるしく変化した。戸惑い、悲しみ、喪失感、哀れみなど様々な心緒を経て、最後に至ったのは怒りである。
(絶対に許さん!ギリアムをこんな目に合わせたクソ野郎め!ぶち殺してやる!)
その想いは控えめに言語化すれば、このようになっただろうか。頭に血が上り、貴族の子弟にあるまじき粗暴な感情が湧きだしてきた。
ガウェインの生家であるマクベス家は、さほど礼儀作法にうるさい家柄ではない。それでもこの時迸った情動をそのまま言葉にして親族に告げたとしたら、間違いなく強く窘められていたに違いない。
これまでの三十年の人生の中で、これほど激高したことはない。
ガウェインは抑えきれない憤怒を力に変えることに成功した。
怒りとは後悔を伴う感情である。
激情に任せて行動すれば、必ず失敗し後になって悔やむことになる。ただ一方でこの感情は深層意識のリミッターを外し、秘められた力を限界まで引き出すこともある。
この時、奇跡的に後者が顔を出し、ガウェインは限界を超えた。
数十合も打ち合ってほぼ互角。ともすれば押されがちだったガウェインが、次第に優位に立ち始める。
それはほんの僅かな違いだった。
差す手引く手がほんの数十グラムだけ力強くなり、コンマ数秒だけ速くなった。それだけである。それが目に見えて違いを生んだ。
死霊剣士の対応が遅れだす。一手一手をみれば、極僅かな遅れである。しかし、これが積み重なってガウェインが圧倒し始めた。
死霊兵の右側面からアイサが飛び込んできたのは、そのタイミングである。
繰り出された短剣に剣で迎え撃った瞬間、死霊剣士はガウェインに対して無防備となった。
斧が振り下ろされる。死霊剣士は左腕でこれを払い除けようとしたが、無理があったと言わざるを得ない。
ガウェインの斧は、死霊兵の上肢を前腕の中程から真っ二つに断ち切っていた。
それでも相手は死霊兵である。痛覚はない。既に乾ききっており、僅かな血液すら零れ落ちない。腕を斬り飛ばされたにも拘わらず、何事もなかったかのように動き続ける。
ガウェインにとっては、それが却って痛々しかった。
ガウェインは自然な動作で左右の斧を腰に納め、死霊兵が振りかざした右腕に身を挺して組みついた。
動きを邪魔された死霊兵が、ガウェインを突き離そうと左腕を伸ばしたが、あるべきところに拳はない。距離感も合わず、左腕は空を切る。その動きはどこか滑稽ですらあった。
「頼みます」
まるで哀願するかような弱い声で短く言って、ガウェインが死霊兵の身体を押さえつけた。その言葉が向けられたのは、無論アイサである。
鋭く突き出された死霊兵の蹴りを躱しながら肉薄したアイサが、腕の付け根の辺りにダガーを突き刺した。このダガーは破邪の武器「ノルドの剣」である。死霊兵の肉体を捕らえれば浄化させられる。
生前ギリアムだったモノは、鎧の下に鎖を編み込んだ帷子を着用していた。ダガーが弾かれ、奥まで突き通らない。
衝突の勢いでダガーの先端が欠け落ちる。しかし同時に帷子にも小さな穴が開いていた。
その穴から白い光が漏れ出た。
どうやらダガーは、帷子の中の肉体に触れることに成功していたようである。
死霊兵の身体が震え始めるのを止めようとするかのように、ガウェインは両腕で強く抱きしめた。
「今まで、ありがとう」
死霊兵の耳元で囁いた。
顔を確認しなくとも、ガウェインの中では、もはや一片の疑いもない。それは盟友ギリアムなのだ。
ガウェインは、痙攣を続けるギリアムを抱きしめ続けた。
そして唐突に全身の力が抜け落ちて動かなくなると「そっ」と地面に横たわらせた。
「さらばだ」
小さく呟いて離別を告げる。顔を上げると、自分を守るように立つアイサの背中が見えた。
何故ガウェインがその死霊兵を抱擁していたのか、全く事情を知らないまま、その行為を守ろうとしてくれていたに違いない。
「ありがとう」
礼を言って立ち上がったガウェインの両手が再び腰の斧に伸びる。
ホルダーから解き放たれた二本の斧は「くるくる」と回転し、ガウェインの両手に収まった。
「剣が欠けました」
視線は飾り羽の死霊兵から外さず、アイサは返答にはならない言葉を発した。
そのまま手を開きダガーを落下させる。先端がない刃物は使い辛い。それが死霊兵に対する唯一の対抗手段であっても、固執して失敗するよりは破棄してしまった方が良い。
「これを・・・」
ガウェインが腰帯から鞘ごと引き抜いて差し出したのは、自身に割り当てられた短剣である。どうせ使う心算はない。
アイサが一瞬考えてから受け取った。一旦、腰帯に差し込んでから鞘走らせる。
左手にノルドの剣。それは止めを刺す役割を受け入れたということだった。




