第1章 アイゼニアの姫のこと 15-4
ティアナの前に斧と盾を持った死霊兵が立ち塞がった。
片手にショートソードを構え、もう一方の手には魔法陣がゆっくりと回転している。短剣はノルドの剣の一振りであり、黄色の魔法陣は浄化之矢である。
どちらも死霊兵に対して絶大な効果を発揮する。特に魔法は、余波が隙間から入り込みさえすれば、鎧に当てても効果を発揮するのは実証済みだ。
難を言えば一対一の闘いに於いては、ティアナの詠唱スピードは遅すぎる。斧や盾で防がれてしまえばそれまでである。
(確実に当てられるタイミングを狙う!)
チャンスは一度きりだ。
斧兵は足を地面にこすり付けるようにして「じりじり」と間を詰めてきた。
ティアナは一瞬の隙も見逃さないよう目の前の相手だけに全神経を集中する。
緊張を鎮めるように敢えてゆっくりとした呼吸を繰り返す。腹を使って鼻から吸って口から吐く。全身の力が程良く抜ける。どんな動きにも対応できるように、ゆったりと構えた。
死霊兵が盾を前に構えて身を隠しながら、斧を振り上げて迫ってきた。
ナッシュはアイサの後ろに庇われながら、全体の戦況を見ている。
兄を背負っているため思い通りには動けないが、仲間の後ろに隠れたままでいるつもりはない。連続した攻防は無理でも剣を振るうことはできる。
(あの剣士は厄介だ・・・。ガウェインさんも何時まで耐えられるか・・・)
互角か、少し分が悪い。斧と剣が交わる度に火花が飛ぶような激しい戦闘を続けるふたりを見て、そう分析した。死霊剣士はガウェインの攻撃をことごとく受け流している。
(相手は自分など及びもつかないほど強い!)
兄を背負ったままのナッシュが中途半端に加勢したところで、却って邪魔をすることになりかねない。
まず狙うべきはアイサが向き合っている槍兵だ。これを仕留めてアイサが自由に動けるようにする。アイサならば苦戦するガウェインの加勢ができる。ティアナでは、そこまでは期待できない。だからまず槍兵を落とす。
とにかくあの剣士は何としても倒しておかねばならない。
紅のマントを羽織った飾り羽の騎士からは、得も言われない不気味な威圧感を感じる。この二体と同時に闘うのは避けたいところだ。相手が余裕を見せている内に、片付けてしまいたい。
ナッシュは鞘に納めたままの兜割の柄をきつく握り締めた。
アイサの背中を避けるように右へ左へ動きながら飛び込むタイミングを計る。
アイサに向けて死霊兵の槍が突き出された。
それがナッシュの待っていた一瞬だった。
兄を背負ったまま、大きく踏み込んでアイサの前に出ると、地を這うような低さから送り出した兜割で、下から激しく槍をかちあげる。
槍は死霊兵の手から離れ、回転しながら宙を舞った。
予期していなかった助成に驚きの表情を浮かべたアイサだったが、この好機を無駄にするような甘さはない。弦を放れた矢のように槍兵の懐に飛び込むと、充分に体重を乗せた蹴りを叩き込んだ。
胸元を強打された死霊兵が跳ね飛ばされる。勢いを殺さないままに追いかけたアイサが、仰向けに倒れた死霊兵を覆いかぶさるようにして抑え込んだ。
流れるような自然な動作で右手の短剣を口元に運び、咥えていたダガーと持ち替える。
甲冑の隙間から漏れた腐臭が鼻を衝いて、思わずアイサは顔をしかめた。しかし手は緩めない。首元に空いた鎧の隙間からダガーを突き刺した。
白い光が漏れる。槍兵は二秒ほど激しく痙攣し、そのまま動かなくなった。
ダガーを引き抜いたアイサが顔を上げ、周囲を見渡す。
「ガウェインさんを!」
ナッシュが短く告げて脇を走り抜けた。その足が向かうのはティアナと対峙する斧兵である。
長いバスタードソードを腰だめにして、迫るナッシュに斧兵が向き直る。
自身の間合いに入るやいなや、大気を引き裂く鋭い音と共に横薙ぎに愛剣兜割を繰り出した。
この激しい一打を斧兵が盾で受ける。
森の中に物凄い金属音が響き渡った。
兜割の鞘が衝撃に耐えきれず割れる。
遠心力が充分に乗った強烈な一撃である。しかしこれを斧兵は防ぎきった。しかし、足がもつれ身体がよろめくのは止めようがなかった。
大きな隙ができる。
仮定の話をすれば、きりがない。だが敢えて言えば、そこにいた味方がこの旅の顔ぶれの中の他の誰であったとしても、この斧兵は無力化されていたに違いない。しかし結果から言うと充分に準備していたはずのティアナは、この好機を生かせなかった。
全く想定の外の出来事に固まってしまったのである。
ティアナを攻めることはできない。如何に才気あふれる者であっても、そういうことがある。だから思考よりも先に身体が動くように訓練を積むのである。
実戦経験と訓練が共に不足しているティアナの欠点が、ここで出たと言うしかない。
とにかく突然の事態にティアナは立ちすくみ、斧兵は持ち直してしまった。
僅かに遅れてティアナは失策に気付き悔恨の表情を浮かべたが、ナッシュはまた別の感情の中にいた。
自分への反省である。
今は共に背中を預ける仲間という立場であるとはいえ、ナッシュからしてみれば、そもそもティアナは主君にあたる。当然、命を賭して守るべき対象であり、決して自分の力不足を補ってもらうための存在ではないのだ。失敗を責める感情など微塵もなかった。
(此奴はオレが倒さねばならない)
ナッシュは鞘が破損し抜き身になった兜割を持ち直して、少し腰を落として構えた。すり足で「じりじり」と横に動きながら、背後に庇うようにティアナの前に出る。
そして一瞬、斧兵の後方に目線を走らせた。
飾り羽の兜を身に着けた死霊兵は、未だに参戦する気配はない。この不気味な騎士が動く前に目の前の相手を仕留たい。それができれば、それだけ有利になる。
ナッシュは唇を引き締めた。




