第1章 アイゼニアの姫のこと 15-3
槍遣いと斧遣いは今やティアナ達を敵と認識し、しっかりと武器を構えて警戒を示している。
しかし残る剣を帯びた二体は、未だに武器を手にしていなかった。
赤いマントを羽織った最後尾に立つ個体が剣遣いに向かって、ひとつ顎をしゃくる。すると、それを受けた剣遣いが答えるように頷いたかと思うと、ゆっくりと抜剣した。
その遣り取りにティアナが怪訝そうな表情を浮かべる。いや、ティアナだけではない。他の三人も一様に驚きの表情を隠せずにいる。
彼女たちの目の前にいるのは、死霊兵なのである。
それが意味するところは、命じられたままに動くだけの屍であるはずだった。生ある人間のように意思疎通のごとき行動を取るなど、それまでは考えられないことだった。
では生ある兵士なのだろうか?否、その二体からも確実に瘴気が漂っている。それは死霊兵特有のモノである。
しかも今、剣を抜いた個体・・・。
(妙に雰囲気がある・・・)
抜剣して構えも取らず立っている。その佇まいが只者ではない。達人の気配を感じ取って、ガウェインの顔が引き締まった。
(あの後ろの奴は、さらに遣う・・・)
武器に手を掛けてすらいない立ち姿には、隙が見当たらない。撃ち込んでも必ず受け返される。そんな確信めいたモノがあった。
「剣の二体は、ちょっと手強そうです」
囁くように言った。迂闊に手を出さないようにという警告の意味を込めた言葉である。
「闘いながら、逃げましょう。タイミングを見て走って下さい」
後ろに立つティアナにようやく聞こえる程度の小声である。
(この場に隊長がいてくれれば・・・)
曲がりなりにも、この二体の相手をできるのは、自分しかいない。しかも飾り羽の個体が同時に参戦してきたら、とても勝機がないと直感した。
つまりガウェインは二対一になる状況を避けつつ、二体の剣士が仲間に向かうのも阻止しなくてはならいということだ。
思わず斧を握る手が震えた。いわゆる武者震いである。
それを抑えようと右手の斧で円を描く。二回転。これはガウェインにとって心を落ち着ける儀式である。戦闘に拘わる怒りも恐れもこのルーティンを行えばリセットできる。それが何年もかけて自らに与え続けてきた暗示である。斧を回していると自然と心が落ち着いてくる。
ガウェインはノルドの剣を腰に手挟んだ鞘に戻した。代わりに左手にも斧を持つ。
これが自分が一番力を発揮できるスタイルだと信じているからである。
槍兵と斧兵を押しのけるようにして剣遣いが前に出た。
ガウェインは半歩前に出てこれに相対する。
数秒、にらみ合った後に先に仕掛けたのはガウェインだった。
右手の斧を中空に旋回させながら近づいたかと思うと、不意に腰をひねって下段から左の斧を叩き込んだ。意識を充分に引き付けるように相手の目の前で斧を派手に回しておいて、反対の手で死角から繰り出す奇襲は、ガウェインの必勝攻撃パターンのひとつである。
手足の長いガウェインの攻撃は、完全に視界の外から伸びてくる。初見でこれに対応できた者など両手の指で数えられるほどしかいない。大抵の者は何が起きたか分からないまま大地をなめることになる。
必殺の一撃。
ガウェインからしてみれば、この攻撃で強者の雰囲気を纏う剣遣いをひとり、仕留めておきたかったに違いない。
ところが・・・。
派手な金属音が鳴り響いた。
死霊剣士はロングソードを巧みに操って、死角から襲ってきたガウェインの斧を見事に弾き返していた。
傍目にはさほど力を籠めず柔らかく動かされただけの剣に見えたが、それが正しくないのは衝突の瞬間、火花が散ったことから分かる。死霊兵の剣士は、渾身の力が籠められたガウェインの斧を真っ向から跳ね返してみせたのである。
ガウェインが驚きに思わず片眉を上げて死霊剣士を凝視する。
死霊兵は「当然のこと」とでも言うように、軽く首を回した。そのまま一旦剣を引き戻し、大きく一歩を踏み出し様に突きを繰り出してきた。
懐に入り込んで放つ鋭い刺突。
ガウェインは左足を引いてぎりぎり、これをかわす。
すぐに剣を戻した死霊兵が袈裟懸けに斬撃を放つ。腕を折り畳むようにして何とか受け止めたガウェインだったが、如何にも窮屈な体勢である。後手に回らざるを得ない。
ここぞとばかりに死霊剣士が右から左から畳みかけてくる。ガウェインは防戦一方となってしまった。
(これは・・・俺よりも強いかもしれない!)
ここに至って、ガウェインは相手の力量を正確に理解した。
ガウェインの窮状を察知したアイサが援護に入ろうとする。
そこに槍兵が割って入ってくる。長物の間合いを有効に使って攻撃を繰り出してきた。薙ぎ払われた穂先を紙一重ですり抜けたアイサを連続突きが襲う。
あるいは体を躱し、あるいは短剣で受け流して避けきったアイサに、今度は槍の重さを充分に生かした
振り下ろしの一撃が飛んできた。一瞬、戸惑うような動きを見せた後、アイサは大きくステップバックしてこれを回避した。
普段の彼女なら、左右の手の短剣を十字に組んで槍を受け止めていただろう。そのまま一息に懐に飛び込んで自分の有利な間合いに入ってしまったに違いない。それができなかったのは、左手にあるダガーが「ノルドの剣」だったからである。
先の戦闘でショートソードが折れて手傷を負ってしまった。その経験がフラッシュバックして、アイサから「踏み込む」という選択肢を奪ってしまったのである。
その選択が正しかったのかどうかは、今となっては知る術はない。ここで言えるのは、アイサは「ノルドの剣」を、命を預ける武器としては、もはや信頼していないということである。
(闘いづらい・・・)
アイサは左手を口元に運んでダガーの背を歯で噛んだ。自由になった左手は愛用の短剣を引き抜いている。口にノルドの剣を咥えたまま、アイサは重心を落とし低く身構えた。
ガウェインが対峙する相手は予想以上に強い。
飾り羽の死霊兵が動く前に突破口を開かなくてはならない。
ウォルフを背負ったナッシュに十全の働きは期待することはできず、護衛対象であるティアナにも斧遣いが迫っている。となれば、戦局を打開できるのはアイサしかいない。
(次の攻撃が来たら、槍の間合いの中に跳び込む!)
自らの心臓の鼓動が聞こえる。
(勝機を掴む!)
アイサは逆手に持った短剣を握り締めた。




