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ヴォロディア仙導記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 15-2

 東の海が近付くにつれ、地形が変わってきた。

 巨大な樹木は疎(まば)らになり、「ごつごつ」とした岩肌が顔を出し始めた。魔の森(ダークフォレスト)が終わろうとしている。

 岩の合間を縫うように樹木が生えてはいるが、硬い岩盤を割って根を張ることは容易でない。喬木の数が目に見えて減ってきている。代わりに低木や雑草が増加している。しかしこれは身を隠したい者たちにとっては良い地形とは言えなかった。

 トルキアの東端は海に面してはいるものの、陸地の標高が全体的に高いため崖地が多く、漁船などの中型船が停泊できる湾がほとんどない。大型船が接岸できるような港に至っては皆無である。

 一帯には岩礁が多いため海流も複雑に渦を巻き、航行するには危険な海となっている。そのため海から他国に攻め込まれる懸念はほとんどない反面、海を有しているにも拘わらず、トルキアでは海洋漁業で生計を立てる者はほとんどいない。

 ちなみに食用の水生生物といえば川魚が主であったが、占領された後はインガルから安価な海魚が搬入されるようになり、家庭の食卓事情もかなり変化している。

 話を戻せば、つまりトルキアには漁村はないということだ。

 ただただ東を目指して歩いてきたティアナたちだったが、硬い岩肌の土地では農作物を育てるのも難しいため、これ以上東に向かっても村があるとも思えなかった。

 序列上臨時のリーダーとなっているガウェインは、そうしたことに気が回るタイプではない。

 結果、先頭を行くアイサが手を上げて一行を押し留めることになった。

「ここから先は、海しかなさそうですが・・・」

 時折、海藻やプランクトンが溶け込んだような磯の匂いが風に乗って漂って来る。

 少し待ったが誰からも返答がないので、アイサは振り返って続ける。

「身を隠せる樹木も少なくなっていますから、進むには細心の注意が必要になりそうです」

「・・・そうね・・・」

 口を開いたのはティアナである。

 アイサの言う通り、このまま進んでも意味はないだろう。かと言って行く当てもなく彷徨うのも危険だ。この場所に留まるのは、もっと違う。

 難しい判断である。

 思わず視線をナッシュの背中へと走らせた。唯一、土地勘のあるウォルフは未だに目覚めない。

「どうしたら、いいかしら・・・」

「かなり戻ることになりますが・・・」

 前置きをしてからアイサは言った。

「人が通ったような痕跡が残っている場所がありました。もしかすると、その辺りにレジスタンスの隠里があるのかもしれません。もしくは・・・」

 少し考えてから言い辛そうに続けた。

「・・・森の民の集落の可能性もあります・・・」

 自らのルーツである森の民に複雑な想いを抱えているかのようである。ティアナはそれを敏感に察知したが他に選択肢などない。

「なら、戻ってその人里を目指しましょう」

 そう答えるしかなかった。

 その返答を受けて来た道を戻ろうとした時、アイサの感覚が異変をキャッチした。

「下がって!」

 緊迫した空気が流れる。

 身を乗り出してナッシュの前に立ち庇うように手を広げた。視線を森の方へ向けたまま背中で押すようにして、剣を持てないナッシュを海側へ誘導する。

 今から身を隠そうにもティアナやアイサはともかく、大柄な男が隠れられるような茂みはない。

 ガウェインが素早く手斧を引き抜いて身構えた。同時に左手に持ったバスタードソードをナッシュに差し出す。

 剣を受け取ったナッシュの背中で未だウォルフは昏睡状態にある。如何に小柄とはいえ、大人ひとりを背負って生死を掛けた立ち回りを演じるのは無理があった。片手が塞がっているため抜剣すらできない。複雑な心境ではあっただろうが、ナッシュは素直に後退することを選択した。

 やがてティアナの耳にも届くほどの音が聞こえた。

 甲冑がこすれ合うような小さな金属音。次第に大きくなってくる。

 ティアナは荷袋を探ってナッシュとウォルフに支給された短剣を取り出した。一本をガウェインに渡し、もう一本をナッシュの腰に差し込んだ。続いて自らも腰からナイフを引き抜く。

 全て「ノルドの剣」である。

 近付いてくる足音が死霊兵のモノだった場合、有効な武器はそれしかない。

 同時にティアナは呪文を唱え始める。この二日、練習した甲斐があって練度は上がり詠唱ミスは減ったものの、ウォルフと比較してしまえば、正確さも発動速度も遠く及ばない。それでも攻撃手段は多い方が良い。

 金属音が近付いてくる。

 ティアナは息をするのも忘れて森を凝視した。

 藪が鳴る。何者かが細い枝葉を大きく揺らした。

 次々に姿を見せたのは、果たして六体一組の死霊兵の小隊であった。手斧遣いが一体、槍遣いが一体いる。残りの四体は剣を佩いていた。

 揃いの甲冑を着た死霊兵の中に一体だけ、深紅のマントを羽織った者がいる。死人の軍隊にそんな序列が存在するのかどうか不明だが、兜の頭頂部に飾り羽が付けられていることを見ても、最後に現れたマントの一体が隊長のような雰囲気を醸し出している。

 とにかく遭遇してしまった以上、戦闘は避けられない。

 先手必勝とばかりに飛び掛かったのはガウェインである。

 死霊兵の一隊は、ここにティアナたちがいることなど予期していなかったに違いない。剣も抜かない内に一体の胸元に斧が叩きつけられる。その一撃で「ぽっかり」と空いた鎧の穴に、ガウェインは短剣を突き刺した。

 攻撃を受けた個体は胸元を白く光らせて激しく痙攣する。やがて動かなくなった。

 少し遅れて別の一体に向かって跳躍したアイサが、一足で間合いを詰めて懐に入り込む。

 剣を抜こうとする手を上から抑えて抜剣を防ぐと同時に、逆の手は短剣を握ったまま額の辺りを強く押した。同時に踵から回した足を手前に払えば、死霊兵は呆気ないほど簡単にバランスを欠いて宙を舞った。

 為す術なく背中から地面に叩きつけられた衝撃で僅かにずれた兜の隙間に「ノルドの剣」を突き込んだ。

 あっという間に残るは剣が二体、槍と斧が一体づつになった。数の上では四対四ではあるが、ナッシュが思うように動けないことを考えるとまだ少し不利であろう。

「さあ、かかってきな!」

 右手の斧を回しながらガウェインは自らを鼓舞するように吠えた。


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