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ヴォロディア仙導記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 15-1

 周辺には背の高い木々が密集して生えていた。

 所狭しと立ち並ぶ樹木の葉が朽ちて、大地の上に湿り気を帯びた「ふかふか」の層を積み上げている。

 まだ日没には数時間あるが、重なり合うように生い茂った木々の枝葉が太陽光を阻むので、一帯はかなり薄暗かった。故に陽光を必要とする類いの灌木は、ほとんど生えていない。

 其処此処に倒木が放置されており、その周辺だけには微かに陽光が届いている。その光の中心に数本の若い樹が育っていた。

 足を踏み出す度に沈み込むような感覚がある。そんな柔らかな腐葉土の上を四人の男女が黙々と歩いている。ティアナを中心とする一行であった。

 誰も口を開かない。

 ただひたすらに東へと足を運ぶ。東に行けば村がある。そこにレジスタンスのアジトがある。戦闘前にウォルフの残したその情報を信じて歩き続けているのだ。

 どこかで森から出なくてはならなかったのかもしれない。だが、そのタイミングすら分からずに、ただ東へ向かって足を動かしている。

 先頭を行くのはアイサだ。

 右腕に巻いた布から血がにじんでいる。一瞬の隙を突かれ死霊兵に切り付けられた傷であった。痛みはあるが、動かせないような怪我ではないのは幸いだったといえる。絶えず口元が動いているのは、鎮痛や解熱の効果があるテレの根を咀嚼しているためである。

 森の中で危険な動物や敵兵が残した痕跡がないかを確認しながら進路を決めるのは、アイサでなくてはできない芸当であった。

 その後ろをティアナが付いていく。

 その表情は暗い。初めて生死を掛けた戦いに身を置いてみて、考えが甘かったと痛感していた。現実を突きつけられた格好である。

(もっと気を入れて魔法を修練すべきだった)

 繰り返し反省するのはそのことだった。

 同様に冴えない顔をしたガウェインがナッシュの愛剣「兜割」を担いで続く。

 隊の中で兄弟のように育ったギリアムの死を聞いて、しばらく塞ぎ込んでいたのは事実だが、そればかりがこの浮かない表情の理由ではない。実はゼノンが戻るまでの間とはいえ、一行の指揮を取らなくてはいけない立場になってしまったというのが、大きな要因を占めていた。    

 今まではただ暴れていれば良かった。ところが隊長となるとそうはいかない。戦闘中は勿論、平生から周りをよく見ていなくてはならない。特に戦闘職種においては部下の命を預かるというのは重圧だ。特にこの明確に困難な任務の真っ只中にあっては猶更である。

 正直、荷が重い。だが投げ出すわけにもいかない。そんな葛藤の中にいるのだった。

 最後尾はナッシュである。

 一行の纏った「どんより」とした暗い空気に多分に漏れず飲まれている。

(もっとオレが動けていれば、兄さんは・・・)

 敗北感にも似た想いがある。

 被害という観点から言えば、上出来だったといえるだろう。少人数で切り抜けられるような戦闘ではなかった。誇っても良いくらいだ。

 だが、その勝利の最大の功労者である兄が陥っている状況を考えれば、素直には喜べない。

 あの時・・・。

 ウォルフの放った魔法「聖域(サンクチュアリ)」は、周辺一帯にいた死霊兵を一瞬にして無に帰した。

 問題はこの魔法が意図せず暴走(アモック)を引き起こしたことである。それは発動者であるウォルフの制御下を離れて全ての魔力を喰い尽くしてどこまでも広がっていった。

 ここで特筆すべきはウォルフの魔力量である。

 魔術師による暴走とは、自らの命すら顧みず、己の残存する全ての魔力を乗せて放つ魔法のことである。つまり暴走によって現れる魔法陣の大きさは、保有する魔力量と同義であると考えて差し支えない。

 平均的な魔導士の場合、現れる魔法陣の大きさは、せいぜい百メートル四方と言ったところだろう。魔力量が多いとされる者でさえ、直径五百メートルほどの魔法陣を描くのが限界とされている。

 ところがあの時ウォルフが作った魔法陣は、実測できていれば直径三千メートルを越えて広がったのが分かったであろう。

 歴史上類を見ない恐るべき魔力量である。

 魔法陣が大き過ぎたがために、その存在を術者本人が認識できないことがあるなど俄(にわ)かには信じがたい出来事である。

 これほどの広範囲に及ぶ魔法を避けられるはずもない。ウォルフの放った「聖域」は、彼を中心にして半径千五百メートルの円の中にいた全ての死霊兵や悪霊の類を浄化してのけたのである。

 幸運だったのは、これが浄化の魔法だったことである。命ある者には影響を及ぼさない特性を持つ魔法でなかったら、誰ひとり生き残ってはいなかったに違いない。

 ただし代償もまた大きかった。

 魔法が発動するや否や、ウォルフが意識を失ってしまったのだ。魔力が枯渇したためである。

 魔力とは即ち精神力のことである。

 人の活動を支えるのは筋力などの物理的な力ばかりではない。指一本動かすにも精神力を消費しているのだ。精神力とは生命活動の根幹とも言うべき力であり、活動するためのバワーを生み出すエネルギーなのである。

 故に精神力が尽きてしまえば、人は生命活動すら覚束なくなってしまう。

 ちなみにこの精神力、つまり魔力は睡眠によって回復することが分かっている。故に人間は睡眠を必要とするのである。

 精神力の限界を超えて活動していると、不意に気を失ったように眠りに就くことがある。これは人間の持つ防御本能と考えてもよい。自身を保護する為の昏睡状態は、精神力つまり魔力がある程度回復するまで続く。

 暴走など様々な事由によって魔力が枯渇してブラックアウトしてしまった場合、いつ目覚めるかは誰にも分からない。

 数時間で覚醒した事例もあるし、十年以上も経てからようやく戻ってきた事例もある。また数十年も眠り続けた挙句、二度と目を開けることがないまま死に至ったケースもある。

 暴走を起こしたウォルフは、一時の勝利の代償として現在に至るまで昏睡状態にあった。

 魔力が尽きた場合、一瞬で死に至ることもある。その意味では最悪の事態は免れたと言ってよいだろう。ただし、いつ目覚めるかも分からない眠りに就いたまま、既に二日が過ぎようとしていた。

 最後尾を歩くナッシュは、そのウォルフを背負っている。互いの身体を布で縛り付けて固定しているが、常にいづれかの手で下から支えている必要があった。片手しか自由がない状態で兜割のような大剣を持ち歩くのは、どう考えても難儀である。

 この顔ぶれの中では、負荷なく持ち運べるのはガウェインしかいない。仮のリーダーであるガウェインが兜割を運んでいるのには、こうした理由があったのである。




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