第1章 アイゼニアの姫のこと 14-7
ティアナは向かって来る死霊兵を必死に捌きながら耐えている。
自身の体力に限界が近いことを感じていた。小柄な身で重たい甲冑を纏った体格の良い敵兵をあしらうのは、極度の疲労を伴う作業であることは想像に難くない。
それを彼此三十分以上も続けている。
終わりが見えない闘いに疲弊し、気持ちが萎えかけていた。
ティアナは自分に向かって振り下ろされた剣を受け流した。ほとんど同時に足を掛けて、死霊兵を転ばせている。
見事な体技ではある。自分よりも身体の大きい相手を制圧するのは、なかなか難しい技術だ。
ここでティアナが決定的な攻撃手段を持ち合わせていたならば、また少しは心の持ち様も異なっていたかもしれない。
それはある意味、自分で戦局を動かせるということだからである。しかし決定打を持たないティアナは不利な条件でひたすら耐え続けるしかなく、いつ果てるとも知れないそれは、心をすり減らす作業であったのだ。
アイサ達が現れた時には、希望が見えたような前向きな気持ちになれた。二人がいる場所が包囲網の最終ラインだと分かった。そこまで辿り着けば、この危機から脱出できる。そんな希望である。
だがそれも束の間のことだった。
倒しても倒してもすぐ次の死霊兵が現れて立ちはだかってくる。思うように進めない。囲い込む敵兵がどんどん密集してきている気がする。たかが五十メートルが絶望的に遠く感じた。
希望が期待外れに終わった時、疲労が加速する。それがさらにティアナを弱気にさせていく。
何事においても心の在り様によって、得られる結果が変わってくるのは、言及するまでもない事実である。委縮してしまえば本来持ち合わせている力を充分に発揮できなくなる。
戦闘職に就く者達は、何度も極限まで自分を追い込む経験をする。あの辛い訓練に耐えてきた。誰よりも鍛えてきた。だから・・・。
(此奴等には負けない!)
そんな心の拠り所を作るための苦行である。それは絶体絶命の窮地の中にあっても、容易くは折れない信念となる。
しかし王族であるティアナにはそれがない。運動の一環としての剣術の稽古は日々行ってきたが、自らを追い込んでまで鍛え上げたことはない。逆境の中にあって心の頼みとなる経験がない。
終わりのない危機。無限とも思えるほど湧いてくる敵兵。それはティアナの中に焦りを生んだ。
(一体どれだけいるの?一向に減った感じがしないわ)
(アイサ姉さんが遠い。全然近付けない)
(あっ!姉さんがケガを!)
(私に死霊兵を倒す力があれば・・・)
(どうしよう)
ないものねだりや後ろ向きな思考、マイナスな感情を呼び起こす情報。それらは向かうべきではない所にティアナの思考を飛ばしてしまう。
致し方ないことかもしれない。ティアナはまだ十七歳なのだ。しかしこれは紛れもなく悪い兆候であった。
同じ頃、ナッシュも違和感を感じていた。
眼に見えてバスタードソードの切れ味が落ちているのだ。剣の自重に任せて振り下ろせは斬れ、突けば貫けていた攻撃が、甲冑に弾き返されることが増えてきた。
敵兵の鎧の強度が上がったわけではない。
一言で言えば、刃毀れである。
繰り返し鉄に打ち付けて続けているのだから、至極当然の結果である。
むしろここまで三十体以上の甲冑を破壊してこれた愛剣「兜割」を「名剣」と称えるべきなのかもしれない。
ただ遣い手の技術不足という側面は否めない。
噛み砕いて言えば、物体を切断する時、刃を入れる角度やスピード、力の入れ具合や方向などの微妙な調整が、切刃に掛かる負荷の軽重を決める重大な要素になるということだ。
ナッシュのように力任せに所構わず当ててゆけば、言わずもがな刃持ちも悪くなる。
ただ、これは上手く使えば、もう少し刃を持たせるできたはずだという程度の話であって、遅かれ早かれ刃毀れを起こすのは必然である。
とにかく刃を失った剣は、多少鋭利であっても「鈍器」であり、甲冑を貫通させ中まで攻撃を通すためには、より多くの力を籠める必要があるということだ。
同じことをするにも、より多くの体力を消耗するようになったと言い換えることができる。
感じ始めていた違和感は、急速にナッシュを蝕んでゆく。
死霊兵の頭部に剣を叩き込んだ反動で腕が痺れた。剣を取り落としそうになるのを必死でこらえる。
鎧の下まで攻撃が通らない。
重力を存分に利用したバスタードソードの重たい一撃は、兜を潰しへこませる。
通常の相手ならば、兜を変形させるほどの打撃は戦闘不能に陥らせるほどの威力だろう。しかし相手は死霊兵である。甲冑に穴を開けて剣に付与された浄化の力を内部に直接届かせなくては、全く効果がないのだ。
次第に敵を仕留めきれなくなっていった。
ウォルフは冷静であった。
疲弊したティアナとナッシュの状況を正確に理解していた。一時の勢いは既にない。ジリ貧となるのが手に取るように分かってしまった。
ガウェインとアイサがいるのは、三十メートル程先である。まだ余力を残しているように見えるガウェインだが、手傷を負ったアイサを庇いながら闘っているためか、いまひとつ動きが鈍い。
ガウェインの斧に浄化付与したいが、間にいる死霊兵の数が多過ぎて上手く当てる自信がない。
(このままでは、数で磨り潰されてしまう)
とても合流できるとは思えなかった。
(やるしかない!)
可能な限り使いたくはない手段ではあったが、このままでは全員生きては帰れない。となれば、他の選択肢はない。
「姫、ナッシュ。私の身に不測の事態があった場合は、迷わずここに置いて逃げて下さい」
二人の視線が集まる。
「何を・・・」
言いかけたティアナの言葉を遮るように続ける。
「このままでは、誰ひとり助かりません。私にも何が起こるか分かりませんが、手記の魔法を試してみたいと思います。少しだけ時間を稼いでください。行きます!」
ウォルフは呪文と唱え始めた。
不吉な予感がしたため避けてきた二つの魔法の内、聖域を選んだのには特別な理由はない。自然とそうなったとしか言いようがなかった。
どの呪文もユリウスの手記を確認しなくとも諳んじることができる。ただ初めて使う魔法なので、間違いがないように一字一句噛み締めるように慎重に詠唱していく。
ところが通常は詠唱中に構築されていくはずの・・・。
(魔法陣が・・・現れない・・・?)
唱え間違えてはいないはずだ。魔力を消費している感覚はある。ならば途中で止めるべきではない。
ウォルフは湧き上がる疑念を抑え込みながら最後の一節を口にした。
その瞬間!体内から「ごっそり」と魔力が抜き取られる感覚があった。立っていられない。ウォルフは崩れ落ちる身体を止められなかった。
「ウォルフ!」
「兄さん!」
倒れながらウォルフは見た。
見渡す限りの大地が赤い光を放っている。
魔法陣はあった。余りにも大き過ぎたため認識できなかっただけなのだ。
術者の制御を越えて全魔力を消費して展開される巨大な魔法陣。それはつまり・・・。
(暴走・・・したのか・・・)
強制的に膨大な魔力を奪われ、薄れゆく意識の中でウォルフは正解に辿り着く。そしてそのままブラックアウトした。




