第1章 アイゼニアの姫のこと 14-6
「止めを・・・」
低く言って、ガウェインはアイサにショートソードを手渡した。
自らは空いた左手に得意の斧を握る。
一対一の対戦成績では、ゼノンやギリアムに後れを取るものの、敵味方入り混じる乱戦や一対多の戦闘こそ、ガウェインが最も得意とする戦闘であり、「そこでは負けない」という自負もある。
筋肉に力が籠り、二の腕が膨れ上がる。ガウェインの中で殺気が凝縮されていく。
右手の斧が握る手を中心にして、斬刃が足元から肩口へ、そしてまた足元へと縦に一回転した。続いて左の斧も円を描いた。腕の外側、腕の内側、縦回転横回転、利き手か否かを問わずどの方向へも思い通りに回せる。指先を器用に使って自在に旋回させるためにかなりの修練を積んだ。
今となっては戦闘中に斧を回すのは、ガウェインの癖となっている。
包み隠さずに言ってしまえば、最初は格好つけで始めたというのが事実だ。若気の至りともいう。
だが、その頃とは異なり、現在は全く無駄な仕草という訳ではない。
特別に意識している訳ではないが、集中力を高めるスイッチの役割を担っているというのがひとつ。回転中に持ち手の位置をずらすことで、攻撃の間合いを故意に変える変幻自在の斧捌きの根幹となっているというのが、またひとつの理由である。間合いが伸びたり縮んだりするガウェインの斧は、対峙する者にとってはかなり厄介であろう。
同世代のゼノンやギリアムに一歩及ばないことが悔しくて、磨き上げてきた技術だった。
「くるくる」と斧を回しながら静かに佇んでいたガウェインの圧縮された闘気が、突然爆発するように弾ける。
同時にガウェインが跳躍した。
瞬く間に間合いを詰めて高速で振るった斧が、兜ごと死霊兵の頭に喰い込んだ。恐ろしいまで切れ味であった。鉄製の兜を紙切れのように斬り裂いていく。
身を翻して次の敵兵の肩口に攻撃を叩き込むと、そのまま身体を蹴り飛ばして鎧に喰い込んだ斧を外す。
振り向き様に放った充分に遠心力を乗せた一撃は、受けに来たロングソードをへし折って、そのまま三体目の頭部を捕える。
続けて放った振り下ろしの斬撃は、容易く四体目の首から入って胸元まで斬り裂いた。
次の相手に一足飛びに近寄って横薙ぎに払えば、五体目の首が胴から離れて飛んでいく。
残された胴体に体当たりをして道を開くと、すぐ後ろに付いて来ていた六体目の左胸に斧を突き立てた。心臓は死霊兵唯一の弱点である。ガウェインの斧は胴当てを斬り裂いて、アキレス腱である臓器まで達していた。
ガウェインの後ろから呼吸を合わせて付いて来ていたアイサが、ガウェインが作った甲冑の隙間を正確に狙って突き刺していく。手にしているのはノルドの剣だ。アイサの攻撃を受けた死霊兵は、どの個体も例外なく傷口を淡く光らせて、やがて崩れ落ちた。
ガウェインに弾き飛ばされた頭部のない五体目の胴体を追いかけて、斜めに飛び込みながら「ぽっかり」空いた首元へ逆手に持ったショートソードを突き入れた。
引き抜き様に振り返り六体目へと視線を走らせる。この一体は、心臓を破壊されている。止めの必要がないことを見て取り、そこで振り上げた剣を下ろして構えを解いた。
二人は視線を絡ませ、頷き合った。
僅か数秒の出来事である。
二人は見事な連携を見せて、向かってきた六体の死霊兵を片付けてしまった。
「このまま合流しましょう」
ガウェインが次の獲物を狙って走り出した。
死霊兵に背後から近付くと、両手の斧を力任せに振るって、首を切り飛ばして前へ進む。すぐ後ろから現れたアイサが、首の穴か短剣を突き刺して仕留める。
向き直った敵兵が振り上げた剣を斧の首の辺りで受けてそのまま押さえつけると、すかさずもう一方の斧が閃いてプレートアーマーに覆われた胸部に叩き込まれる。ガウェインの手斧は容易に鎧を貫通し内部まで届いたが、僅かに浅い。死霊兵の動きは止まる気配を見せない。
ガウェインが手斧を引き抜くと、そこに空いた穴にアイサがダガーを突き込む。
二人は連携し、更に七体の死霊兵を切り伏せた。
そして・・・。
木立を抜けると、五十メートルばかり先にティアナ達の姿が見えた。
夜の闇の中で、淡い魔法の光に照らされて三人の姿が浮かび上がる。
「ナァァァッシュ!こっちだぁ!」
ガウェインは大喝した。三人の視線が向くのが分かった。同時に周囲の死霊兵どもも振り返る。
右手の斧を一回転、向かって来る敵兵に自ら飛び込んでいった。
影のようにアイサが続く。
ガウェインの斧は恐ろしいほどに冴え渡った。右へ左へ飛ぶように動きながら、目に入る敵兵の首を片端から跳ね飛ばしていく。攻撃を受けて一瞬動きを止めた死人に、アイサが止めを刺す。
たちまち五体の死霊兵が帰るべきところへ送られて安息を得た。
ガウェインは止まらない。
両手の斧を自在に操って、さらに二体の鎧に風穴を開ける。その穴にアイサが突き刺したショートソードが、突然、鈍い音を立てて根元から折れた。
金属疲労である。
鍛えが甘いノルドの剣には「よくあること」である。
予期せぬトラブルにアイサの動きが止まった。一秒にも満たない僅かな時間ではあったが、ガウェインの攻撃を受けてたじろいでいた二体目が、再び動き出すには充分なタイムラグであったと言える。
胸元に穴を開けたまま振るった剣がアイサの腕を掠めた。
「痛っ!」
思わず声が漏れた。
「アイサ!」
ガウェインが振り返る。思わず呼び捨てにしていたが、互いに気づいていない。
夢中で敵兵の胸にダガーを刺し込み仕留めてから、アイサは右腕の傷に視線を走らせた。
腕を動かせないほど深くはないが、けして浅くもない。出血も多かった。
自らの着衣の袖を破りながら近寄ったガウェインが、手早く傷口に布を巻き付けた。少しでも止血するためにきつく縛る。
「ありがとう。大丈夫です。次が来ます!」
アイサは刃先のなくなったショートソードの柄を、迫ってきていた敵兵に投げつけた。狙い通り死霊兵の頭部にヒットしたが、ダメージは全くない。一瞬の足止めにすらならなかった。
ガウェインは斧を握り締めて迫りくる敵兵に向き直った。




