第1章 アイゼニアの姫のこと 14-5
起き上がろうとする死霊兵にウォルフの魔法が命中した。
ティアナが時間を稼いでくれたお陰で、余裕を持って構築できた浄化之矢である。魔法を受けた二体の死霊兵は激しく痙攣し、やがて倒れ込んだまま動きを止めた。
「分かりました。背中を預けます」
ティアナを守るべき対象から共に闘う仲間と認めたのである。ティアナは口元を緩め微笑して、ウォルフへの答えに変えた。
「ナッシュ、いいわ。行きましょう!」
群がる死霊兵を蹴倒しながら様子を覗っていた長身の騎士が、その言葉を受けて大きく頷いた。
神獣の指輪を所有するティアナは、最優先で守り抜かなけてはならない対象であることは間違いない。しかし、この戦闘の要は実はウォルフなのである。浄化付与を使えるこの魔術士を失った瞬間、残された二人の生存率が限りなくゼロに近付くのは想像に難くない。
よってウォルフに多大な負荷がかかる状況は好ましくない。それは自分たちの首を絞める行為に他ならないのだ。
そしてこの状況で、ウォルフの自滅を防げたのは、ティアナしかいなかった。
合理的に説明すれば、そのようになるだろう。しかし、ティアナが動いたのは、そうした計算があってのことではなかった。
ティアナは本能に付き従って行動するタイプである。そしてその「本能」は往々にして物事の本質を捉えるのである。
配列を組み直して進み始めた一行の先頭を行くナッシュの大剣は、立ち塞がる死霊兵の身体を所かまわず次から次へと破壊していく。浄化付与のかかった兜割に甲冑を破られた死霊兵は、僅かなタイムラグを置いて、その活動を止め崩れ落ちていく。
その後ろに入ったのはウォルフである。呪文を唱え魔法を放つ。
その繰り返しは先刻までと何ら変わりはない。ただし今度は心にゆとりがある。全てを一人で背負う必要はないと気付いたからだ。
呪文詠唱中のウォルフを守るのは、最後尾に入ったティアナの役目だ。フル装備の敵兵を制圧できる攻撃力はないが、全身を巧みに操って或いはいなし、あるいは転倒させて死霊兵を寄せ付けない。
三人の力が「がっちり」と組み合わさった結果、数に勝る死霊兵の群れを圧倒し始めた。
ナッシュが縦横無尽に兜割を振るえば、手近にいる死霊兵はあるいは頭が砕かれ、またあるいは身体を断ち切られていく。
ウォルフの右手から放たれる魔法の矢は、正確に飛来し次々に死霊兵の活動能力を奪っていく。
その合間を縫って接近してくる個体はティアナが受け流して、時間を稼ぐ。その隙に呪文を唱え終えたウォルフが、すぐさま魔法を放って止めを刺す。
連携を取りながら小走りに進む三人が通過した後には、無数の死霊兵の抜け殻が残されていた。それでもどこから現れるものか、敵兵は息つく間もなく湧いてくる。四十体ほどは倒したが、全くその数が減ったようには思えなかった。
体力も魔力も有限である。余裕がある内に包囲から抜けねばならない。三人は力を合わせ立ちはだかる死霊兵体を退けながら、一心不乱に前進を続けていた。
「もっと左の方です。回り込みましょう」
喬木から「するする」と音もなく降りてきたアイサが、ガウェインの耳元に頬を寄せて囁いた。
突然の接近に心臓が激しく高鳴ったが、努めて平静を装ってガウェインが訊く。
「あちらは大丈夫そうでしたか?」
「ええ。互角以上に戦っているように見えます。ただ・・・」
アイサは表情を曇らせた。
「何か気になることでも?」
ガウェインに促されて、
「・・・三人しか・・・見えませんでした」
言いにくそうに告げた。
「三人?誰です?」
「姫とシーアスター卿がご兄弟で・・・」
「すると、いないのは隊長と副隊長ですね?」
「ええ・・・」
「ナッシュも精鋭だが・・・」
少々、荷が重い。という言葉は口の中へ呑み込んだ。ナッシュには実戦経験そのものがない。しかも・・・。
「ええ。敵の数が多すぎます。死霊兵に効果的な攻撃方法を見つけたみたいですが、いつどうなるか予断を許しません」
「良し。では急ぎましょう!」
合流できれば、姿が見えない二人の消息は自ずと知れるだろう。
小声でのやり取りを終えると、二人はアイサの先導で死霊兵の後方を大きく迂回するように移動し始めた。多少の音が出るのも承知の上で、ここは小走りに進む。
遡ること十分ほど前・・・。
唐突に活動を開始した死霊兵の一団の後を追っていた二人は、遠くから聞こえてきた激しい剣戟の金属音に顔を見合わせた。
既に戦闘は始まってしまっている。二人共に瞬時にそれを理解する。だが、迂闊に近づくのは得策ではない。まずは様子を覗うことにした。
身が軽いアイサが、手頃な木に登り、音の出所を探ってみることにした。最初に選んだ木からは遠くまで見通せず、降りては登るを繰り返し、五本目の大樹で漸く目的を達成できたのである。
夜の闇の中であったのが幸いした。誰かの放った魔法が白く発光してよく見えた。その度に周辺の光景が浮かび上がって見える。
目を凝らして観察していると、淡く光る剣を手にした大小二人の戦士と魔法使いの姿を確認できた。かなり遠い。闇雲に直進しても到底辿り着けない。アイサはそう判断した。
三人は包囲を脱出しようと東の方へと移動しながら闘っているようだ。ならばその先に回り込んで、極力近付いてから合流を試みた方が成功率が高い。
樹から降りたアイサが、下で待っていたガウェインにそのことを告げたのが、先刻の一幕であった。
包囲網の外側を大胆に進む二人に注意を払う敵兵はいなかった。
ある意味、それは死霊兵の弱点と言えるのかもしれない。与えられた命令を忠実にこなす一方、背後に回り込む敵に警戒するといった予期せぬ事態に対応する能力は持ち合わせていないのだ。判断能力を有する生者であれば、二人の大胆な移動を見逃すことはなかったであろう。
気配を殺すことを半ば諦めて、下生えを鳴らしながら走る二人に注意を向ける者は誰もいなかったのである。
五分ほど進むと、アイサは再び大木に登り、進行方向に誤りがないか確認した。
すぐに降りてきて、また五分ほど走る。そしてまた木に登る。
何度かそれを繰り返した。
どんどん剣戟の音が近づいてきている。
アイサは腰に差したダガーを抜いた。それは愛用の武器ではない。アイゼニアを立つ前に借り受けた短剣タイプの「ノルドの剣」である。死霊兵に有効な武器はこれしか所持していない。
それを見たガウェインも左手の斧を腰に納めて、ショートソードに持ち替えた。こちらも破魔の武器「ノルドの剣」だ。
二人は顔を見合わせ、無言で頷き合った。
ガウェインが大地を蹴って、近くにいた死霊兵に背後から襲いかかる。
右手の斧の一撃で頭を跳ね飛ばすと、すぐさま左の剣を首が生えていた場所に突き込んだ。
アイサも別の一体の背後から忍び寄っている。兜を持ち上げておいて、できた隙間にダガーを刺す。
攻撃を受けた二体の死霊兵は激しく痙攣し、すぐに動かなくなった。ノルドの剣が評判に違わぬ効果を発揮した瞬間である。
二人が安堵の表情を浮かべたのも束の間のことであった。
周辺にいた死霊兵たちが向き直った。あたかも空気のようであった二人が、初めて敵として認識されたのである。
六体の敵兵が近付いてくる。ガウェインは程良い緊張感を持って待ち構えた。




