第1章 アイゼニアの姫のこと 14-2
「私が道を切り開きます。殿下と兄さんは背後を頼みます」
ナッシュは迫りくる死霊兵の群れから視線を外さずに言った。
「包囲を突破したら東へ向かってくれ。近くの村にレジスタンスのアジトがある」
耳元に口を寄せてウォルフが囁くのへ、
「了解。では、行きます!」
答えるが早いかナッシュは兜割を担ぎ上げたまま前方の一群に突っ込んだ。
横薙ぎに繰り出された唐突な一振りは、三体もの敵兵の首を跳ね飛ばす。斬られた死霊兵の首元に淡く白い光が残った。付与された魔法の残滓であろうか。
一呼吸で剣を引き戻したナッシュは、剣身の中腹を左手で強く摘まむ。そのまま柄を握った右手ごと柄頭を一番右にいた首なし兵の胴体に叩きつける。
ほとんど同時に右足で中央の一体を蹴り飛ばし、切り返しの剣を左の首なし兵の胴へ繰り出した。
一瞬で三体の首なし兵がそれぞれの方向に弾き飛ばされて、後続の兵隊に衝突した。首なしの身体を受け止めた後続の兵たちが大きく体勢を崩す。
前方に大きく空間が開けた。そこに足を踏み出してナッシュは再び剣を振るう。味方に追突されバランスを失った敵兵は、これを避けきれない。さらに二体の死霊兵の首が飛ぶ。
最初に首を失った三体が立ち上がろうとしている。体勢を整えられては面倒だ。ナッシュは駆け寄って再び蹴り飛ばす。首無しは再び後ろの仲間たちを巻き込んで吹き飛ばされた。しかし食い止めたのは一体だけである。残りは早くも立ち上がっている。それぞれに手にした剣を構えてナッシュに詰め寄ろうとしていた。
頭部を失った首元は、まだ白く発光している。
ナッシュが向き直って剣を振り上げたその時、二体の首なしの身体が崩れ落ちた。そのまま「ぴくり」とも動かなくなった。
「兄さん!」
ナッシュは横目で兄を見た。
「浄化付与。効いたな!」
死霊兵の唯一の弱点は、心臓である。これまで剣による攻撃では、心臓を突く以外に止める手段がなかった。だがタイムラグはあるものの、浄化付与された剣ならば、心臓を直接破壊しなくとも死霊兵の活動を止められることが分かったのだ。
(これで戦える!)
二人の口元には、それぞれに笑みが浮いている。普段は見た目に全く似たところがない兄弟だったが、笑うと不思議とそっくりになる。
対抗手段は手に入れた。しかし油断はできない。多勢に無勢。危機的状況の中にいることは、少しも変わっていないのだ。
その上ウォルフは、ある違和感を感じていた。既にその正体には気づいている。数か月前、この近くで遭遇した死霊兵とは明らかに違う。ぎこちなさがない。人のそれと比べても遜色がないほどに、動きが滑らかになっているのだ。
加えて周囲を埋め尽くすほどの頭数を同時に召喚しているとあれば・・・。
(ラズリーの能力が強くなっている!)
たった数か月の間にこれほど成長するとは、とても信じれられない。そしてそれは、事態をより難しくより深刻にしている。悪い方への変化である。ウォルフは背中に冷たいモノが走るのを禁じ得なかった。
しかし今は、この危機を脱することが最優先である。意識を切り替えなければならない。
ウォルフは右手にためた浄化之矢を矢継ぎ早に放っていった。特に狙いは定めない。どこに撃っても必ず当たるほど、周囲は敵兵だらけだからだ。
数十本放った魔法の矢は、案の定、ひとつも無駄になることはなかった。ただし効果は限定的である。全身を覆うプレートメールに阻まれて、決定打とはなり得なかったのだ。
魔法が当った個体はよろめき、二、三歩後退はするものの、それだけだった。少し時間が経つと何事もなかったかのように再び前進してくる。
同じ個体に数十本の魔法の矢を撃ち込んでみたが、再び動き出すまでの時間が多少伸びるばかりで、結果は変わらなかった。
鎧の上からでは魔法効果が通らない。あるいは鎧を破損させ隙間を作って、そこを正確に狙えれば仕留めることは可能かもしれない。だが味方の顔ぶれの中で、甲冑に穴を開けるほどの攻撃力があるのは、ナッシュただ一人しかいない。
自分は役に立たないのか?そんな想いが脳裏に過ったその時である。
「そのままでいい!取りこぼした奴の足止めを頼む!」
ナッシュが叫ぶように言った。意図した訳ではないだろう、しかし絶妙のタイミングであったと言える。
その一言でウォルフの思考に変化があった。
(そうか!数秒間足止めするだけでいいのだ!)
ナッシュがメインアタッカーであることは間違いない。しかしいくらナッシュが強くとも、この包囲を一人で切り抜けるのは無理がある。
甲冑越しに一撃で死霊兵を制圧するために力強く大剣を振るえば、必ず隙が生まれるだろう。そこを突いてくる敵兵を後退させて一瞬でも動きを止める。それが自分の役目なのだ。その間にナッシュが体勢を整えればよい。
ウォルフは、すべきことを理解した。
すると、さすがに兄弟である。息が「ぴたり」と合ってきた。
弟が力一杯剣を振り切る。その無防備な背後に迫る敵兵を兄が退ける。兄が作り出した僅かな時間に、弟は剣を引き戻して、充分に力を貯めてから、より強力な一撃を解き放つ。その背中をまた兄が守る。
見事なコンビネーションである。
手当たり次第に死霊兵を屠りながら、ナッシュは突き進んだ。
樹木を気にせず大剣を振り回せるようにある程度開けた土地を狙って進んでいる辺り、だた無計画に暴れているわけではなさそうだ。
ここまで実に十八体の死霊兵を輪廻の輪に返してきたが、汗一つ掻いていない。対照的に兄ウォルフの方には既に疲れの兆しが見えていた。
一度に百個もの魔法陣を維持するのは、相当に精神に負荷がかかる作業なのだ。
故ユリウス・アークレイは、百どころか千以上もの魔法陣を維持し平気な顔をしていたものだ。在りし日の師の姿を思い出し、ウォルフはその背中が遥か遠くにあることを痛感していた。




