第1章 アイゼニアの姫のこと 14-1
三人は異形の兵士たちに完全に包囲されていた。
ティアナは細剣を抜いて身構えた。刃渡り六十センチほどのレイピアである。
周りを取り囲む死霊兵たちは、どれも揃いのプレートメイルを着用している。鎧兜を身に着けた敵に対しては、まことに「心許ない武器」と言わざるを得ない。
ロングソード辺りと正面からぶつかり合えば支えきれるはずもなく、皮鎧ですらも貫くのは困難である。かと言ってティアナの筋力では、ロングソードは重すぎて扱えない。アイサのように肉厚の短剣を選択することもできたが、この旅に出る際にティアナは細剣を選んだ。
自分に合っていると感じているからである。
直感を大事にしたともいえるが、実際にティアナと立ち会った者達は知っていた。ティアナはレイピアを手にすると、何故か数段強くなる。それは事実である。
母の死後、形見として譲り受けるのを切望したのは、生前フローレンスが愛用した実用的な細剣だった。決して高価な装飾が施されているものではないが、拵えは良く実戦で使い込まれた物である。毎日それを眺めては、亡き母を感じていた。だからレイピアを手にすると、母と共に戦っているような気持になるのだ。
武術の天才と称された父の才能の半分も受け継いでいるとは言い難いティアナだが、細剣を手にした時だけは別人のように動きが良くなる。
自己暗示であると思えば、ある程度の説明がつくかもしれない。「母と共にある」と信じ込むことで、一種の催眠状態になり、秘められたポテンシャルが引き出されるという解釈だ。
ただ、それが正しい考察だとも言い切れず、真相は藪の中である。
事実としてあるのは、ティアナが細剣を持つと「少々、手強い」ということで、その発言がアイゼニアで屈指の実力を誇るあのゼノン・ギアスのモノだということだ。
その細剣を持ってティアナは身構えている。
ウォルフは無手である。
魔導士には、媒介として杖を持ったり本を手にしたりする者が多い。魔法を使う時は、手にした媒介に意識を集中するように訓練する。その方が普通にやるよりも、上達しやすい。
ただ、これには弊害がある。
媒介を手にしていないと「実力の半分も発揮できなくなってしまう」という者達が頻出するのだ。酷い者になると「どうもあの杖でなくては・・・」などと媒介を使い慣れた物に限定する始末である。
ウォルフの師であるユリウス・アークレイはこれを嫌った。
彼自身、最初は杖を媒介にして魔法を覚えたのだが、ある時愛用の杖を紛失してしまい大変な苦労をすることになった。発動の速度は二拍子は遅れる上に、威力も三割方落ちてしまったのである。
ここで大概の者は、代わりの杖を用意して「慣れるまでの辛抱だ」と自分を慰めるだろう。魔法の発動に媒介を使うのは、当時の魔術師にとって「常識」だったからである。
固定概念に捕らわれず、新しい道を切り開く者を人は天才と呼ぶ。
そうした意味では、ユリウスは紛れもない天才であった。
(何故、杖が必要なのか?)
(道具に左右されるような魔法使いにはなりたくない)
約一年間にも亘る血の滲むような努力の末に、彼は媒介から解き放たれたのである。今でこそ徒手の魔術師は増えてきたが、ユリウスがいなければその道は未だに閉ざされていたに違いない。
媒介という縛りを捨てたことで、ユリウスは自由を得た。
杖先からしか発現できなかった魔法陣を身体中の至る所から出せるようになった。爪先や太もも、腹や背中、顎や頭頂部、文字通り「至る所」である。
それが「二か所以上に同時に別の効果の魔法陣を展開する」という現在の戦闘スタイルが生まれる切っ掛けにもなった。
それは彼の弟子にもしっかりと受け継がれている。
ウォルフは、油断なく周囲に目を走らせながら、右手に「浄化之矢」の魔法陣を重ねていく。この魔法がアンデットに効果的であるのは、先刻確認済みだ。
右手に黄色く光る百個もの魔法陣を積み重ねていくと、平面ではなく球体のようになっていく。
それぞれの魔法陣が回転し初める。
次に左手に浄化付与を重ね始めた。右手のモノよりも二回りは大きい魔法陣である。色は白。
「ナッシュ、剣を・・・」
差し出された剣に魔法を付与する。
「殿下も・・・」
魔法陣が完成するや否や、続いてティアナの細剣にも付与した。二人の剣が白く発光する。
ウォルフは、さらに左手に浄化付与の魔法を貯め始めた。
ナッシュはバスタードソードを抜き放った。
僅かに反りのあるこの片刃の大剣は、実に全長百六十センチもある。アイゼニアの騎士が愛用する剣の中では、一番長い。ただし重量で言えば二番目となる。一番は近衛兵団長のアーロン・ユーイングが遣う盾剣でそれに次ぐ重さなのである。
当然、扱うのは容易ではない。しかしナッシュは手足の一部のように軽々と取り廻せるのだ。無論、訓練の賜物であるが、そればかりではない。
この剣には銘がある。
兜割という。名付け親はラフグレットという男で、この剣を鍛えた鍛冶師である。
実際にナッシュが練習中に案山子に被せたヘルメットを割ったことからつけられた名前だった。遠心力で加速したこの剣は、並大抵の兜では受け切れないほど重たい一撃となる。
兜割はナッシュのために造られた一振りだ。
グラム単位で重さを調整し、長さや形状が決められている。ナッシュの手に合わせて握りの形状にまで拘っているので、手に良くなじんで滑りにくく物凄く扱いやすい。
実はこの剣、兄ウォルフからの贈り物であった。ちなみに鍛冶師ラフグレットは、ウォルフの親友である。
完成まで一年半。試行錯誤を重ね十二振りの剣が打たれた。何とか満足のいく出来の物に仕上がったのは僅か数か月前のことである。
当然、実戦で使用されたことは未だにない。というよりもナッシュ自身が、妖魔獣などの獣の討伐も含めて、実戦に身を投じるのは初めてであった。まだ生物の命を意図して奪ったことはない。
しかし気負いはなかった。一帯を死霊兵で埋め尽くされた絶体絶命ともいえる状況の中で、自身でも驚くほどに落ち着ている。
ナッシュは兜割を軽々と肩に担ぎ上げた。
ウォルフの浄化付与を受けて、兜割は白く輝く。
(さあ来い!)
ナッシュは周囲を埋め尽くす敵兵に強い眼光を向けた。




