第1章 アイゼニアの姫のこと 13-2
翌朝、ガウェインはすっきりとした気分で目覚めることができた。
さほど濃くはないが、周囲には朝靄が立ち込めている。
暫くの間、眼を開いたまま横になり、天を覆いつくすように生い茂る枝葉を眺めていたが、やがて意を決したように口元を引き結ぶと、腹に力を入れて半身を起こそうと試みる。
気合を入れたのは、昨日、起き上がれなかったことを思い出したからである。相当な痛みを覚悟しての行動だったが、拍子抜けするほどあっさりと身を起こすことができた。
熱も下がったようだ。特に気怠さも感じない。
隣でまだ眠っているアイサに目をやる。彼女には助けられた。記憶はないが、それは分かっている。
膝立ちになったガウェインは、首元に手を遣って留め具を外すとマントを外し、風を起こさないように「そっ」とアイサの上に覆いかぶせた。
マントを脱ぐと、少し肌寒い。
自身の身体を見ると、至る所に何かの葉が貼り付けられている。ガウェインには薬草の知識はないが、痛み止めか殺菌か、何かその類いの効果をもつ薬草なのだろうと推察できた。一番深い傷を負った左腕には所々血の滲んだ包帯が巻いてある。
動かすと体中にヒリヒリとむず痒いような痛みがあった。妖獣の爪に引っかかれた痕であろう。それらは、気にするほどのモノではない。ただ流石に深く裂かれた左腕だけは、まだ十全には動かせそうもなかった。
辺りを見回すとまず目に入ったのは、首のない妖魔獣の死体だ。
すでに内臓は腐敗を初めており、周囲を数十匹の虫が集っている。
その近くに手斧が落ちているのを見つけた。
ガウェインは立ち上がって近寄ると愛用の武器を拾い上げる。
「つ!」
かがむと少し脇腹が痛んだ。
気に障る羽音を立てて周囲を飛び回る虫を払いながら、さらに周りを見る。妖獣の死体には短剣が刺さっている。アイサのモノだ。
死体に脚を掛けて一息に短剣を引き抜いた。もうその傷口からは、もうほとんど血は出ない。
ガウェインは、ゆっくりと時間をかけて周囲を探索する。
結果、斧と短剣に加えて、さらに一挺ずつの斧と鉈、短剣の鞘二振、それから手荷物を回収できた。アイサの短剣一口は見つからなかったが、あとで探すこととして一旦、眠り続ける相棒の傍に戻る。
まずは短剣を手に取って状態を確認する。大きな破損はないようだ。
手荷物の中から鞣革を取り出し、短剣に着いた血を丹念にぬぐい始めた。大鹿の獣皮は適度な油分を含んでおり、古い油や血液などの汚れを吸着してくれる。
力を入れずに刃の方向に習って拭いていくのがコツだ。時折、光にかざして曇りの有無を確かめながら、納得がいくまで拭き上げていく。
細かいモノも含めて、刃毀れはない。
続いて小瓶に入った植物油を薄く塗っていく。
最後に再び角度を変えながら光にかざして、拭き漏れがないか入念に確認し、鞘に納めた。こうしておけば、錆びることはない。
続いて斧に取り掛かった。妖獣の首を切り落とした方の手斧には、刃先から持ち手に至るまで「べったり」と血が付着している。簡単には落ちない汚れを、油を付けて浮かせてからぬぐっていく。
短剣同様にゆっくりと時間をかけて手入れをした。
それが終わると、もう一本の斧を手に取った。こちらはあまり使っていないため汚れが少ないようだ。簡単に磨いて油を付けてホルダーに仕舞う。
最後は鉈だ。
これは所々刃毀れしていた。小型の砥石を取り出して、水を付けて刃を磨き始める。一心不乱に磨くこと数十分、ようやく刃先に段差がなくなり滑らかになった。
満足そうに目を細め、油を塗り始める。
いつの間にか目覚めていたアイサがその様子を見詰めている。
「目が覚めましたか・・・」
ようやく視線に気づいた。いつから見られていたのだろう。気恥しくなって、言わずもがなの事を口走ってしまった。
アイサは無言で微笑んだ。
「ありがとうございました」
ガウェインは礼を言う。
「こちらこそ、ありがとうございました」
微笑を崩さないままアイサも返す。
お互いがいなければ、生き残れなかったに違いない。共に死線を越えたのだ。
感慨が湧いてきて奇妙な間が生まれる。眼が合って、おかしな空気になってしまった。
「やめましょう」
「やめましょう!」
声が揃った。二人は顔を見合わせた。再び変な雰囲気が生まれる。今度は同時に吹き出して、声を上げて笑った。
ひとしきり笑うと、心が軽くなった。
ガウェインは、ふとあることを思い出して視線を伏せた。
「すみません。短剣が一口しか見つけられず・・・」
と、鞘に納めた短剣を差し出す。
「ああ。拾ってくれたんですね」
笑い過ぎて目尻にあふれ出た涙をぬぐいながらアイサが言う。
「もう一本はここに」
マントの下から抜き身の短剣が出てくる。流石に丸腰で探索に向かう気にはなれなかった。しかし鞘を探しているほどの余裕もなかった。それで抜き身のまま持ち歩いていたのである。
「ちょっと貸して下さい」
手を伸ばして短剣を受け取った。すでに妖獣の血が凝固してこびり付いてしまっている。
植物油を塗布した鞣革で丁寧にぬぐい始めた。集中して磨くこと約三十分。短剣が仕上がった。
ゆっくりと鞘に納めてアイサに差し出した。
「ありがとう」
短剣と引き換えるように、綺麗に畳んだガウェインのマントを返す。
二人は満足気に微笑み合った。
「では、行きましょうか」
「ええ。追いかけましょう」
二人は立ち上がって泥を払った。




