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悪役令嬢の怠惰な溜め息  作者: 篠原皐月
第1章 “楽しい”は唯一、絶対の正義です

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(4)不屈の精神

「それにしても、遅いわね」

「ええ。見つからないのかしら?」

 ミスティがなかなか戻って来ないため、エセリアは勿論コーネリアも次第に困惑した表情になった。するとその場に残っていたコーネリア付きのメイドであるアラナが、控え目に弁解してくる。


「コーネリア様、エセリア様。あれは使うたびに水に溶かして、それを火にかけて温める必要があります。それで少々お時間をいただくことになるのです」

 それを聞いた二人は、揃って驚いた顔になった。


「え? そうなの?」

「はい。それを温かいうちに使わないと、固まって使えなくなりますから」

「そうだったの……。結構、手間がかかるものだったのね」

「ごめんなさい。良く分からなかったから……」

「いいえ。これくらい、何でもありませんから。ただ、もう少しお待ちください」

 普段、使用人に無茶ぶりをしないコーネリアは勿論、そんな手間のかかる物だとは想像だにしていなかったエセリアも神妙な顔つきで謝罪した。そんな姉妹を、アラナが穏やかな口調で宥める。それでコーネリアは、優しく妹に言い聞かせた。


「エセリア、このまま大人しく待っていましょうね?」

「はい」

 それに異論を唱える気はなくエセリアが大人しく待っていると、少しして片手鍋を持ったミスティが部屋に戻った。


「お待たせしました。エセリア様、これで宜しいでしょうか?」

「ええと……、うん、ありがとう」

(これって……、実際に見たことはないけど、『糊』と言うよりは『にかわ』に近い物なんじゃないかしら?)

 鍋の中のドロリとした物は透明ではなく茶褐色で、エセリアの認識している糊とは似ても似つかない代物だった。それを覗き込んで茫然としていると、コーネリアが困ったように声をかけてくる。


「エセリア? 早く使わないと固まって、使えなくなってしまうのでしょう? それとも、欲しい物はこれではないの?」

 それでエセリアは、瞬時に我に返った。


「そうだった! ちょっと借りるわね!」

「はい、どうぞ」

 慌ててミスティから鍋を受け取り、テーブルの上に置いて貼り付けの準備をする。しかし改めて鍋の中に入れてある物を見て、エセリアは泣きそうになった。


(取り敢えず粘りはあるみたいだからくっつきそうだけど、塗るのに筆やヘラじゃなくて刷毛……。まだ幅が細いタイプだったから良かったものの。綺麗に均一に塗れる自信がないわ……)

 心の中で密かに泣き言を言いつつ、エセリアは刷毛に得体の知れない物を付け、便箋の縁に沿ってなるべく均一に塗り始めた。そして便箋を四枚を張り合わせ、ほぼ正方形の用紙を作り上げる。


「なんとか、これで良いかしら?」

 自分自身を納得させるよいうに、出来上がった物を見下ろしながらエセリアが呟く。それを横から覗き込みながら、コーネリアが尋ねた。


「綺麗に、縦横同じ長さにできたわね。それでこれをどうするの? まだ糊は使うの?」

「いえ、とりあえずこれで大丈夫です。ミスティ、ありがとう」

「分かりました。片付けてきます」

 ミスティに礼を言って鍋を片付けてもらったエセリアは、再び姉に尋ねた。


「それじゃあ、お姉様。定規を使いたいのですけど」

 しかしそれを聞いたコーネリアは、変な顔になった。


「『じょうぎ』って、何かしら?」

「ええと……、目盛りがついていて、長さを測る物ですけど」

「巻き尺のことかしら?」

「そうではなくて、硬くて真っ直ぐな棒というか、細い板状の物ですけど……」

 そこまで説明を聞いたコーネリアが、自分付きのメイドを振り返った。


「アラナ、あなたは知っている? どんな物なのか分かるかしら?」

「申し訳ありません。何の事やらさっぱり……」

「ごめんなさい、お姉様。今のは聞かなかった事にしてください」

 本気で首を傾げる主従を見て、エセリアは必死に涙を堪えた。


(これくらいで負けちゃ駄目よ、エセリア! どんな世界でも先駆者は、己の知恵と勇気で人生を切り開いていくんだから!!)

 少しの間、ふるふると握った拳を震わせていたエセリアは、猛然と壁際の本棚に走り寄った。そこから立派な装丁の本を取り出し、その縁にペン先を当てながら出来上がったばかりの紙に慎重に線を引き始める。そこにまず大きい正方形を書き込んでから、紙を縦横細かく二つ折り四つ折りにして等間隔の折り目を付け、再度一心不乱に正方形の中に縦横に線を書き込み始めた。

 アラナはその鬼気迫る表情のエセリアを横目で見ながら、恐る恐る主に尋ねる。


「あの……、コーネリア様。エセリア様が、とても怖いお顔で何やら紙に書いていらっしゃいますが、あのまま放っておいても大丈夫でしょうか?」

「物を書くだけだから、別に構わないと思うのだけど……。私も、段々不安になってきたわ」

 そんな気づかわし気な視線を受けている事に気づかないまま、エセリアはすぐに目指す物を書き終えた。


「あの、エセリア?」

「できた! お姉様、見て!」

「ええと……、その四角が並んだ模様は何かしら?」

「今から使うのよ」

 得意満面で両手で書き上げた物を見せたエセリアだったが、姉の反応は薄かった。しかしそれを気にする風情を見せず、彼女が新しい要求を繰り出す。


「それから、こういうペラペラの紙じゃなくて、もっとぶ厚い紙はありませんか?」

「厚い紙? そんな物、何に使うの?」

「やっぱり段ボールとかはないわよね」

 再びコーネリアは首を傾げたが、これまでのやり取りでしっかり耐性がついていたエセリアは、もう落ち込んだりはしなかった。


「よし、お姉様。私、これからちょっと庭に行って来ます!」

 そう言ってテーブルの上に用紙を置くなり、エセリアが廊下に向かって駆け出して行った。それを見たコーネリアが焦りながら呼びかける。


「エセリア、待ちなさい! 私も、一緒に行くわ! あなた達も来て!」

「はい!」

「お嬢様、お待ち下さい!」

 そしてアラナと、ちょうどその時戻って来たミスティを従え、コーネリアは妹の後を追った。


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