18 農業試験場
歴史の講座が終わったので異人会を出て瑛さん達と合流しました。
ゲートを通ってウッホ村へと戻ります。
戻ると言っても昨日は通り過ぎただけなのでウッホ村に来るのは今日が初めてのようなものですが。
ウッホ村は、昭和の雰囲気漂う少し田舎っぽい村だ。
電線類地中化の進む首都を見た後だと電柱の並ぶウッホ村は少し野暮ったく見える。
気候が熱帯に近いので、東南アジアに近いような雰囲気もあった。
目的地は村から離れた場所にあるのでもう少し歩きます。
「そういえば印世君、お米の味は恋しくないかい?」
瑛さんが聞いてきた。
この世界に米はない。
都合よく地球と同じような米や小麦が存在することはなかった。
主食はトウモロコシのような食べ物だった。
アロちゃんの家ではそれをおかゆ状にしたものを御馳走になっている。
遺跡では肉と果物しか食べてなかったのでコーンのおかゆもおいしかったのだが、お米が恋しいのも確かだ。
『そのお米とやらは地球での主食かの?』
地球での主食というのは少し違う。日本での主食だ。
日本ではお米を炊いて食べるのが一般的だというのをトキナさんに説明した。
「このウッホ村では実はお米の栽培をやっているのだよ! 米はもちろん日本から飛んで来たものだ。数種類の品種をブレンドして、この世界の気候にあったお米の開発を進めている」
この世界に本来お米はない。
だがそれは猫も同じだ。
猫のように植物である米もこの世界に飛ばされて来ていたらしい。
「もちろん食物に関しても規制は厳しい。地球の生物は動物だろうと植物だろうと外来種には変わりがないからね。育てる際には常に環境への影響を考えなくてはならない。そのため外来生物法なんかもきちんと整備されている」
「まあ米については猫同様に栽培が既に認められてて、世界各地で稲作が行われてはいるんだけどね。こっちは猫人が米好きとかではなくて日本人のごり押しが大きいか。環境に与える致命的な影響でもない限りは、やっぱりお米は食べたいだろう?」
確かに食べたい。
この世界のコーンもかなりおいしかったのだけど、それでもお米は食べたくなる。
「後は麦や大豆なんかも栽培されているね。麦はパン以外に麺類やお菓子なんかを作るのにも必要だし、大豆も味噌や醤油を作るのに必要だ。後はニンジンとかタマネギとかのメジャーな野菜も一部の国では栽培されてるかな」
意外と栽培されているようだ。
やっぱり食べる物は大切だしね。
この世界の食べ物もおいしいけど、やはり慣れ親しんだ味を恋しいと思うのは当然だろう。
「まあ植物については比較的栽培が認められてると言えるかな。動物みたく勝手に動き回るわけではないし、魔素濃縮で変異を起こすことも少ないしね」
「魔素濃縮って何ですか?」
急に分からない単語が出て来たので聞いてみた。
「あー、これは前魔結晶を見た時に言わなかったっけ? いや、そんなくわしくは言ってなかったか。うん、せっかくだしここで魔素についても説明しとくか」
「ドラゴンが体の中に魔結晶を持つのはもう知ってると思うけど、あれは要するに魔素の塊みたいなもんだ。この魔素って言うのは、この世界で魔法を使うために必要な栄養素のような物だと考えられている。この世界に来た地球人が魔法を使えるのもこの魔素を摂取するおかげだな」
「まあ召喚されたばかりの人が魔法を使えた例も存在するから必ず魔素が必要ってわけではないようだけど、でも強くなるのに魔素が必要なのは確かだ。この魔素を体に多く溜め込むと、体内に蓄積できる魔力の総量が増えると言われている。ゲーム的に言えば最大MPが増えるって感じかな」
「魔力そのものはこの世界の空気を吸うだけでも回復できるみたいで、特殊な事情さえなければ一晩も寝れば全快するんだけど、強くなるには魔素の摂取が必要なわけだ。で、この魔素は栄養素として地面に分布していると言われている」
「それをまずは植物が吸収し、草食動物がそれを食べ、それをさらに肉食動物が食べるわけだ。こうやって食物連鎖に従がって魔素はこの世界の全ての生物に行き渡っている」
「そして、ここで魔素の物質的特徴が問題となる。水に溶けにくく、分解されにくいという性質だ。この性質があると物質は生物濃縮を起こす。これは地球でも一部の農薬や重金属が持っている性質で、植物レベルでは問題ない濃度の農薬が、食物連鎖の上位では濃縮されて深刻な被害を出したりもする」
「ただし魔素については逆のことが言えるな。魔素はあるほど魔力が強くなるからね。で、これが食物連鎖に従がって濃縮されるため、この世界では食物連鎖の上位にいるものほど多くの魔素を体内に溜め込むこととなる。その代表例がドラゴンだね」
「ドラゴンはもちろん食物連鎖の頂点だ。その上寿命も長い。だから体内にはとんでもない量の魔素が溜め込まれている。普通であれば魔素が体内に溜まるのは問題ないが、さすがに多すぎると問題が起きると言われている」
「そのため、ドラゴンは体内で増えすぎる魔素を体の一か所に集めるように進化した。その魔素が集まった場所が魔結晶になると言うわけだ。魔素についての説明はまあこんな所だね」
「で、ここからが本題で、魔素が地球の生物に一定以上溜まると、稀に変異を起こすことがある。植物はそのレベルまで魔素が濃縮することがないからいいけど、動物だとこれが問題になることがある」
「うわさでは……肉を食いまくった犬の頭が3つに増えてケルベロスみたくなった例があるそうだ。公式には確認されていないんだけど、ニムルスで犬を飼うのが禁止されている理由の1つにはなってるね。
部の犬好き派は猫好き派の陰謀だって言う人もいるけど」
犬を飼うのが禁止されている理由にはそんなものもあったようだ。
確かにどんどん進化して魔物化していくとか怖い物がある。
まあお米は植物でその心配はないようだから良かった。
「ちなみにこの付近にもそうやって魔物化した地球の動物がいるんだけど……。それはすぐに見られるだろう。その動物を撃退するのがここでのアロの仕事だからね」
「ふふん。今日はアロの強さを印世に見せてやるにゃ! ニホンザルなんかにアロは負けないのにゃ!」
ニホンザルの魔物がいるようです。
まあそれはすぐ見られるというのでくわしくは聞きません。
話をする間にお米を栽培している家につきました。
少し大きめの一軒家があり、その後ろ少し離れた所に水田が広がっている。
「ここがウッホ村の農業試験場だ。まあここは米専門だけどね。他にも地球の作物を研究・栽培している農業試験場が世界中に存在している」
農業試験場と言われると少しかっこいい気がしてきます。
やっているのはただの稲作だけど。
でもこの世界で地球の作物を育てているということ自体がやはり先進的なことなのだろう。
『これが水田というものか。……畑が全部水浸しになっておるのだが育てている作物が腐ったりはせんのかの?』
トキナさんが不思議がっていた。
やはり稲作はこの世界において先進的な事業と言えそうだ。
「じゃ、ここの人にちょっとあいさつしようか。おーい、シパポーン! ちょっといいかー!」
瑛さんが声をかけると田んぼから1人の少女が歩いてきた。
褐色の肌に緑色の髪、髪型はおさげで三つ編みが1本垂れている。
肌が小麦色なのはアロと同じだが、こっちは眼鏡もかけていてアロとは印象が違う。
髪もおさげだし優等生な委員長キャラという感じだ。
ただし人種は分からない。
頭に大きな帽子をかぶっていて耳が見えないからだ。
円錐形の傘みたいな形の麦わら帽子めいた物をかぶっている。
ベトナムの人とかがかぶってそうな感じの帽子だ。
その少女はこっちへ近づいてきた後その帽子を脱いであいさつしてきた。
猫耳も兎耳もついていない。
平人だったようだ。
「はじめまして、私の名前はシパポーン・トゥナンといいます。平人の14歳です」
「僕の名前は汽坂印世。日本人の16歳です。最近この世界にやってきました」
うん、僕の自己紹介が少し変な感じだ。
この世界にやって来たのくだりが軽い。旅行かと。
まあこの世界では異世界人は多くはないけどそこまで珍しくもない。
説明が軽くなるのは仕方のないことだ。
「やっぱり日本人だったんですね。この世界では黒系の髪の方はあまりいないのでそうじゃないかと思ってました。瑛さんと一緒ですね。あ、印世さんの方が髪の色は少し薄いですけど」
話し方も丁寧な子だ。
肌が小麦色だと体育会系の印象を受けがちだけどこの子は文系で可愛い感じだ。
抱っこしてぎゅってして頭をなでなでしてあげたくなっちゃいます。
『同感じゃ!』
トキナさんにも同意して貰えました。思いは1つです!
とかアホなこと考えているとアロちゃんが不服そうな顔でこちらを見ていた。
もちろん健康的なアロちゃんも可愛いよ。
僕の思いを示すために頭と猫耳をなでなでしておきました。
ちょっと恥ずかしそうにしているアロちゃんも可愛かったです。
「そろそろそっちもご飯だろ。良ければご一緒させてもらえるかな?」
「はい、瑛さんとアロさんの分も用意はできてます。あ、もちろん1人分増えるのは問題ありません! 私ももうすぐ午前の作業が終わるから、もうちょっとだけ待っていて下さい」
そう言ってシパポーンちゃんは農作業へと戻って行った。
せっかくなので僕達もその様子を見させてもらう。
でもシパポーンちゃん……か、斬新な名前である。
気になってしまったのでアロに少し尋ねてみた。
「んにゃ! シパポンの名前は変にゃ! 呼びにくいからアロはシパポンって呼んでるにゃ!」
「こらこら、人の名前を変とか言うんじゃない。シパポーン、かっこいい名前じゃないか。なんかユニコーンみたいな感じで。まあ呼びづらいのは確かだから私もシパポンって呼ばせてもらっているけどね」
そう言われると確かにかっこいい気もする。
でも呼びづらいのは僕も同様なので本人がいいと言ったら僕も他の呼び方をさせてもらおう。
シパちゃんくらいが呼びやすそうかな。
シパポーンは確かにかっこいいけど本人はどう見ても可愛い系なので可愛い呼び方をすべきだろう。
シパちゃんはまだ14歳らしいしね。
日本でなら中学生。トキナさんと同い年だ。
『おい』
トキナさんに突っ込まれました。
もちろんトキナさんは中学生ではない。
でも見た目は中学生だ。
シパちゃんも14歳でトキナさんとしっかり同級生に見えるので、この世界の平人は成長速度も地球人と同じと考えていいだろう。
猫人のアロみたく成長が遅いことはないようだ。
そんなことを考えつつ可愛いシパちゃんの農作業風景を眺めていたら午前の作業が終わったようだ。
「では母がご飯を作ってくれていると思うので戻りましょう。父もすぐに帰ってくると思います」
そうして、僕達はシパちゃんの家へと案内してもらった。
僕と瑛さんが後ろを歩き、前をアロとシパちゃんが並んで歩いている。
16歳のアロの方が本当は2歳年上なのだけど、アロは見た目が8歳なのでどう見てアロの方が年下にしか見えません。本当にありがとうございました。
『見た目8歳に欲情しておったとかこれはもう手遅れなロリコ――』
「わーー!!」
思わず叫んでしまいました。
声に出して。
「ど、どうしたんですか?」
シパちゃんが心配そうにこっちを振り返って来た。
恥ずかしすぎる。
「ごめんね、なんでもないよ。ちょっと考え事していて思い出しびっくりというか」
苦しい言い訳をします。
が、とりあえずシパちゃんは納得してくれたようだ。優しい娘である。
再びアロと並んで歩き出した。
「印世はちょっと独り言多いけどでも優しいしいい男なのにゃ」
「えっ? 印世さんって男の方だったんですか?」
僕が女の子に間違われるのは恒例行事だ。
が、そんなことより聞き捨てならない台詞があったんだけど。
僕に独り言が多いってどういうこと?
「ちょっと見えないお友達がいるっぽいけど気付かないふりしてあげるのが大人の優しさにゃ。名前はトキナさんって言うみたいだけど他の情報については現在アロが調査中なのにゃ」
うわあああ、うわぁぁああぁああぁ!
最悪だぁーーーー!!!
『さすがに妾もこれには言葉が出ぬ。いや、妾も気付かなかったのじゃからお主だけのせいではない。……しかし一体どこまで口から漏れていた事やら』
非常にやばい上にすごく恥ずかしいです。
動揺する僕に瑛さんが話しかけてきた。
「印世君すまん……アロに口止めするのを忘れてた」
やっぱり瑛さんもかぁーーーー!!
瑛さんスルースキルが高すぎるよ。
大人の優しさとかいらないから聞こえていたなら教えてほしかったです!
「いや、ね。そろそろ聞こうかなーとはずっと思ってたんだけどね。でも、その……やっぱ聞きにくいじゃん。こういうのって。あ、それに断片的にしか聞こえてないからそのトキナさんっていうのが何なのか私もよく分かってないし」
うわあぁぁん!
駄目だ。もう切腹するしかない!!
『落ちつけ印世! 早まるな!』
瑛さんもアロも僕の味方なのはもう十分に知っている。
僕が口からどれだけ漏らしていたかは知らないけど、まだ何も起こってないのがその証拠だ。
でも2人がどれだけ気付いているかは確かめないといけないだろう。
すごく恥ずかしくてすっごく嫌だけど!
シパちゃん可愛いなとか思ってちょっとうかれていたけれど、予想外の所から緊急事態が発生しました。




