17 歴史講座②~異世界人大戦~
一番大事なトキナさんの情報は得られたが、他にも得たい情報はある。
僕は集中して講義の続きを聞いていた。
「魔王が倒された後、世界は元の群雄割拠の時代へと戻りました。そしてそれは、勇者を召喚したゼガル国の勝利を意味するものではありませんでした。本当に、世界はただ元の状態へと戻っただけだったのです」
「世界が元の状態に戻ったのは、魔王を倒した勇者がその後何もしなかったからです。ゼガル国に世界を統一する力はなくても、勇者にはあったと言えるでしょう。彼は世界の半分を手中に収めていた大魔王すら倒したのです。勇者がその気にさえなれば、次は彼が世界の支配者となることも可能だったはずだと言われています」
「ですが召喚された勇者は、ただ地球へと帰りたかったのではないかと言われています。初めの約束では、大魔王を倒せば勇者は地球へ帰れると言われていたのでしょう。ですがゼガル国側の気が変わり、勇者の力を使って次は自らが世界を治めたいと思った。そこで、勇者との間に軋轢が生じたと言われています」
「そしてゼガル国は、ついに狂気の沙汰にでます。地球へと帰りたい勇者への交渉材料とするため、地球へ帰る唯一の手段である召喚装置とその設計者を、ワープゲートによって転移させてしまったのです」
「当時のワープゲートには未完成な部分が多くありました。ゲートを開くのには非常に優れた術者が必要で、ゼガル国にはその術者がいなかった。それでも彼らは転送を強行し、そして失敗した。……それにより、術者と召喚装置は我々の前から姿を消したのです」
「さらに、ゼガル国の手すら離れ暴走を始めた召喚装置は新たな地球人を次々と召喚し始めました。ここに至って、ついに勇者の忍耐も切れたと言われています。勇者天笠正二は大魔王の軍勢すら破ったその圧倒的な戦闘能力を用いてゼガル国を滅ぼしました」
「しかし、ゼガル国を滅ぼしても問題の解決には至りません。ゼガル国の魔道研究所を総ざらいしても召喚装置を再現する方法は見つからず、設計者及び召喚装置の行方も不明。そして、その後も地球人の召喚が止まることはありませんでした」
「転移した設計者と召喚装置は、未開領域のどこかに飛ばされたものと推測されています。勇者はゼガル国を滅ぼした後、その召喚装置を探し求める旅にでます。その後の天笠正二の消息には諸説ありますが、結局勇者にも召喚装置を発見することは叶わず、勇者天笠正二は10年近くの後に、未開領域内の神獣との戦いに敗れ亡くなったと言われています」
トキナさんを倒した勇者もすでにこの世にはいないということか。
『それはどうじゃろうの。諸説あるなどという時点で信じるに足る情報ではないが。じゃが、勇者がその後の世界に関わっていないことは確かじゃろう。これも妾にとってはいい情報じゃ。地球人と言っても勇者はやはり特別だったようじゃからの。奴さえいなければこの世界で妾に勝てる者はそうそうおらぬ』
これもいい情報だ。
トキナさんの仇を取れなかったのは残念だけど、勇者が既に亡き者になっているならそれに越したことはない。
問題は現在の世界で表舞台にいる人間だろう。
講義の続きに意識を移します。
「その後は、しばらく混乱の時代が続きました。世界は群雄割拠の時代に戻っていましたし、その上不定期に地球人が飛ばされて来る。これは世界を大いに混乱させることとなりました」
「地球人には今までフォニアックになかった技術を持ち込む者が数多くいたと言われています。そのため各地で突発的な技術革新が次々と起こり、国同士の軍事バランスも常に変動。世界は混沌の渦に飲み込まれていったと言われています」
「その混沌の原因とされ、地球人に対する迫害が起きる事態も増えていきました。一方では逆に世界の変革者として地球人が崇められ、地球人を国家元首に据えるような国も現れます。世界はだんだんと、地球人を迫害する勢力と崇拝する勢力の2つへと別れて行きました」
「そして……それがピークに達した1942年、ついに世界を二分した世界大戦、《異世界人大戦》が勃発します。これには、前年に地球で起きた太平洋戦争における日米開戦の影響もあっただろうと言われています。当時の帝国軍人も多数この世界へと流れて来ていた時期でした」
「そして地球で第2次世界大戦が勃発した3年後に、このフォニアックでも世界大戦が勃発することとなります。この戦争は、地球の軍事兵器が初めて本格的に使用された戦争でもあり、その被害はテタ・トキナ・マグニータの起こした魔王大戦をも遥かに凌ぐ被害を世界全土に与えることとなりました」
「特に連射性能に優れた機関銃の威力は凄まじく、魔法障壁の弱い一般兵の死亡率が極端に上がった戦争だとも言われています。ただ魔族クラス以上には小銃弾では効果がなかったため、大戦後半では魔法障壁の強い兵を主軸にした地球とは違う戦法が開発されていきました」
「現在の魔力測定においてA~Eのランク分けなどが存在しますが、これも異世界人大戦の際に整備されたと言われています。一般的にはBランク以上になれば機関銃による攻撃を魔法障壁で凌げると言われています」
「そして、特別に強い者を分けるランクとしてSランクとEXランクが整備されたのもこの時期でした。ただしEXランクは勇者天笠正二や魔王テタ・トキナ・マグニータのような歴史に名を残すレベルの人物に付与されるためその他のランクとは意味合いが異なります。異世界人大戦終了時点でEXランクに認定されていたのは2名のみで、現在のEXランクもその2名のみとなっています」
「それが地球人崇拝側のカルイラ・イブリンガーと地球人排斥側のフレデリカ・ガイリールです。両者共に魔王大戦時のナンバー2と言われていた存在でもあります。異世界人大戦では、この2人を主軸に激戦が繰り広げられることとなりました」
「異世界人大戦は、1950年まで8年に渡って続けられました。戦争開始は地球の日米開戦とほぼ同期していましたが、終結は大分遅れたと言えるでしょう。この世界では核兵器が使用されなかったのも要因の1つと言われています。戦争は地球人崇拝側の勝利で終わり、地球人崇拝側主導で現在の世界体制が作られて行くこととなります」
トキナさんの時代と現在のこの世界には大きな隔たりがあったけど、その過程は決して平坦な物ではなかったようです。
『フレデリカに……カルイラか。フレデリカが生きておるというのは吉報じゃがなぜあの黒猫がまだ生きておる』
異世界人大戦の2人の英雄はどちらもトキナさんの知り合いのようだ。
2人とも魔王大戦時のナンバー2というのだからこれは当然か。
『フレデリカは妾の右腕と言ってよい存在じゃった。もちろん美少女じゃが妾が封印されておる間に向こうの方が年上になってしまったの。まあ奴も魔族じゃから姿は変わっておらぬじゃろうが』
『問題はカルイラ・イブリンガーの方じゃの。この猫人は妾達と戦っておった時にはただの猫人だったはずじゃ。常に勇者に着き従ううざい女じゃったが。どうやら魔王大戦が終わった後まで勇者に着き従うことはなかったようじゃの。妾の見たてでは地獄の底まで勇者についていきそうな女だったのじゃが』
『じゃが問題はその黒猫がまだ生きておるということそのものじゃ。確実に魔族となったのじゃろう。あの黒猫がなぜ勇者と離れ、魔族になってまで生きておるかは謎じゃが、やっかいな相手であることに変わりはない。勇者と違って絶対に勝てないような相手ではないが、近接戦闘では妾より強いかも知れぬ』
確実に1人はトキナさんと同レベルの敵がいるということか。
『まあ同レベルというならフレデリカも妾と同等の力を持っておる。奴と合流できれば仮に黒猫が攻めて来たとしても対処できるじゃろう。むしろこちらの方が重要じゃな。封印を解いた後はフレデリカと合流できればひとまずの安全は確保できるじゃろうて』
状況はだいぶ良くなってきていると言える。
やはり情報は大事だ。
今までは封印を解くことしか考えてなかったけど、その後の方策も少しずつ見え始めてきた気がする。
ただそのフレデリカさん……トキナさんと毎晩にゃんにゃんしていた人なんだよな。
ある意味ではこの人が一番の敵となるのか。
『なぜそうなる。……というか、フレデリカの方も似たこと言いそうで嫌なのじゃよなぁ。奴は昔からヤンデレの気があったからの。この数十年の間に少しでも治っておればよいのじゃが』
ヤンデレの気があるとかますます危険だ。
しかも放置してヤンデレが治るとは思えない。
トキナさんと離れ離れになっていた数十年の間にヤンデレがさらに悪化してそうだ。
だが、トキナさんの封印を解いた後はフレデリカさんには会いに行く必要があるだろう。
個人的には会いたくないけど。
今から覚悟しておく必要がありそうだ。
今後の予定に一抹の不安を覚えますが、講義の続きを聞くことにします。
「異世界人大戦の後も平坦な道ではなかったのですが、ここから現在の世界が形作られていくこととなります。まずは国際連合の設立。これは1951年に行われましたが、すでに地球の冷戦で機能不全の問題が発覚していたため、常任理事国や拒否権などの項目は削除した形での設立となりました。他にもこの世界の情勢に合わせて手を加えた上での設立となります」
「その後比較的早い段階で異世界人協会や三種の神器再現機関などの国連下部組織も設立されます。地球発の技術の集約、特許類の管理なども神器機関を中心に国連主導での整備が進んでいきました。また異人会も精力的に支部を増やし、比較的早い時期に1国1支部体制を確立することとなります。もっとも、国連非加盟国にはまだ異人会の存在しない国もあります」
「異世界人大戦の後には、技術やインフラの進歩も進みました。地球における技術革新が加速したのも大きな要因ですが、国連主導で知的財産法の整備が進んだ影響も大きいと言えるでしょう。インフラ関連では神器機関により開発された新型ゲートが世界中に設置されるようになったのも大きな変化と言われています」
「こうして、けして平坦な道のりではありませんでしたが、現在の世界が形づくられていきました。この世界の歴史の大まかな概要は以上となります。何か質問はおありでしょうか?」
講義の後には質問する時間もあった。
トキナさんに関連することは質問にもリスクがあるのであまりすべきでない。
だが、僕には他に尋ねたいことがあった。
これはトキナさん関連ではないので質問自体に問題はない。
「結局、異世界召喚装置の問題は現在も放置されたままなのでしょうか?」
これは密林にいた頃から僕自身が聞きたかったことだ。
「神器機関をはじめとした各種研究機関が召喚装置の再現には取り組んでいます。ただ、転移した召喚装置自体の捜索についてはあまり進んでいないのが現状です」
「召喚装置の捜索は、未開領域以外の場所ではすでに完了しています。未探索なのは未開領域のみですが、少なくとも神獣の存在するエリアへの探索は予定されていません。伝説の勇者と言われる天笠正二でさえ、神獣との戦いで命を落としたと言われています。現代でも神獣に対抗できる戦力は、この世界のどこにもないでしょう」
どうやら神獣という存在が、召喚装置の捜索を妨げる最大の要因となっているようだ。
『この世界には魔力を扱う動物として魔物が存在するが、神獣はまた別格の存在じゃ。正直それらがいつから存在し、またどういう生態を持つのかもよく知られてはおらぬ。じゃがその強さだけはこの世界の全ての人間が知るものじゃ』
『異常な強さを誇っていた勇者が本当に神獣に敗れたかどうかは分からぬ。じゃが、妾より強いと思われる神獣が存在するのは確かじゃ。本当に勇者ですら神獣に勝てなかったのじゃとしたら、この世界の誰にも神獣を倒すことは不可能じゃろう』
この世界の動物、特に魔物は強い。
ドラゴンなどはマシンガンでも大したダメージは与えられず、倒すには最低でも戦車が必要という話も聞いた。
だが、神獣はさらに別格だという。
地球の最新技術を用いても、恐らく通常兵器で神獣を倒すことは不可能だろう。
核兵器さえ使えれば倒せそうな気はするけれど。
ただその場合、神獣のいるエリアに召喚装置があれば召喚装置ごと吹き飛ばしてしまうことになる。
結局、現状では神獣のいる未開領域を捜索することは不可能だということだ。
召喚装置の製造については研究されているという。
この世界の人々も、現状を手をこまねいて見ているだけではないということだ。
すっきりとはしない結論だけど、これ以上追及するのは無益だろう。
この世界に飛ばされて死んでしまう人がいるのは、誰がなんと言おうと問題だ。
だが召喚装置を探すためにそれ以上の死者が出るとしたら、それを無理に求めることはできないだろう。
納得はできないが、現状では僕にどうこうできる問題ではなかった。
僕自身にその神獣とやらを倒せる力があればいいのだけど。
『神獣を相手にするとなれば、それは妾でも命がけじゃ。主の気持ちは分かるが、人にはできることとできないことがある』
トキナさんの言う通りではあるのだろう。
それに、僕にとってはやはり召喚装置のことよりも、トキナさんの身の安全の方がより大切だ。
僕は1人でなんでもできるほど強いわけじゃない。
今は、僕にとって一番大切なことに集中しようと思う。
そうして、歴史の講義は終了した。
思う所はあるけれど状況はけして悪くない。
とにもかくにも、トキナさんが遺跡から出られそうなのはいいことだ。




