金ちゃん!!
金平の剛腕がスコーピオンの顔面に向け振り下ろされる。その拳がスコーピオンの顔面を捉えたかに見えた。
「!」
しかし、スコーピオンの右手が、金平の右拳を寸でのところで外側に押しのけ、捌く。
驚異的な動体視力と反射神経。続け様に、左腕を振り上げる金平だったが……。
「!?」
馬乗りになっているスコーピオンの体。跨がる金平の大腿部を通して、その全身の筋肉が異様な程の硬直を始めているのが感じとれた。
なぜか突然、圧倒的優位なはずのマウントポジションを解き、金平は後方に飛び退く。
「くくっ」
スコーピオンが仰向けに寝そべったまま笑い出す。
その左手。
「芹沢さん程上手くは出来ませんが……」 ゆらゆらと、微かに輝きを放って見える。歯を食いしばり、金平がそれを見据えた。
「指砕……」
「さすが金平さん、よく気付きましたね」
ほくそ笑んだまま、ゆっくりと立ち上がる。以前、道場で芹沢と戦った際、たった一撃で金平を昏倒させた“指砕”と呼ばれる技。それとまったく同じ気配を伴って、マウントポジションで密着した金平の体へ、スコーピオンの左手から発勁の放たれる殺気があった。あのまま馬乗りになっていたら、間違いなく腹部に指砕を喰らっていただろう。しかも、金平の放つ拳は一撃目同様、容易に避けられる可能性があった。
これでは距離を置く以外無い。
再び半身の構えから右足を後ろに引き、腰を落とす。
付け焼き刃の空手。無論それがスコーピオンに通用するなどとは金平も思っていない。だが、スコーピオンが“指砕”を使えることが分かった今、接近して投げ技を使うための距離に留まるのは危険だった。
金平が得意とする一本背負い。技を決めるためには、自らの体を背中から密着させねばならない。
封じられたも同じだった。
「さぁ、どうします?」
スコーピオンが今にも高笑いを上げそうな表情を浮かべる。金平の心中を見透かしていた。
「金平さん……」
離れた場所から見守るソフィが、美しい顔を引きつらせる。
スコーピオンが地面を蹴った。
右上段廻し蹴り。
「!」
異様に長い足から繰り出されたそれは、まるでそれ自体が違う生き物と錯覚させる程しなやかな動きを見せ、金平との間合いを詰める。
『ブラジリアンキック!?』
瞬時に反応し、正拳突きを放つ。
「あうっ!?」
金平の左頬で、スコーピオンの蹴りが爆発的に弾けた。
──ただの廻し蹴り。予想したブラジリアンキックでは無い。クロスカウンターとなり、撃ち出しかけた金平の拳と交錯する。予想に反し、なんら軌道を変えることなくストレートに蹴り込まれたのだ。
「くくっ」
スコーピオンの顔に満面の笑みが浮かぶ。
「っつ……」
金平の意識が飛ぶ。だが、倒れそうな体を踏み留め、後方に跳んだ。続けざまに二撃目を喰らえば、立ってはいられないだろう。
「あぐっ!」
それは瞬きの間だった。着地した瞬間の金平の左足首目掛け、スコーピオンの斜めに打ち下ろすローキックが襲う。斧を巨木につき立てるかのごとき強烈なローキック。全体重がかかった瞬間の足に激痛が走り、身を捩りながらふらつく金平。息する間すら与えず、スコーピオンの右ストレートが疾走した。
かろうじて顔を反らすも、インパクトの衝撃で、右頬が破裂し、裂ける。
「うぐっ!」
金平はたまらず後方へ倒れた。そして、体を震わせながら身を起こす。
スコーピオンの攻撃全てが圧倒的だった。
「やっ、ろぉ……」
右頬からダラダラと血が伝い、アスファルトに赤黒い染みを作っていく。
『つえぇ……あれだけ増山さんとスパーリングしたのに、なんの反応もできねぇ……』
蹴りの衝撃で視界がぼやけ、目眩が襲う。
ふと、ソフィと目が合った。顔には不安と動揺の色を浮かべ、今にも加勢しようと、体を前傾姿勢にして走り出そうとしている。
「来るな!」
その刹那、金平の脳裏に、増山の言葉が思い出された。
◆◆
──二日前。マッスル引っ越しセンター道場。
「金平君、基本的なことは全て教えた。空手は基礎をひたすら繰り返すのが常だが、かなり端折って実践的な部分は伝えたつもりだ」
静かな道場には、金平と増山の二人きり。皆が寝静まった深夜2時。
「あとは実戦の中で技を練り上げるまでだ……スパーリングはこれからも続けるから、その都度分からないことがあれば聞いてくれたらいい」
「ありがとうございます!」
増山に深々と頭を下げる。それを見て、爽やかに白い歯を見せる増山。
「最後と言うのも可笑しいが、二つ……君に伝えよう」
「?」
怪訝そうな表情で、増山の言葉を待つ金平。
◆◆
「いつでも笑顔を絶やすな……辛い時にも」
増山から授かった言葉。小さく呟くと、ソフィを見つめた。よろけながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ソフィ」
優しく、穏やかな笑顔をソフィに送った。そんな金平の姿を目に焼き付けたソフィの瞳孔が拡大し、震えだす。
「金平さん?……かなだ……!!」
瞬間、ソフィの脳内をフラッシュバックが襲った。
食堂で初めて金平と会った日のこと。
スターバックスで他愛もない話をしたこと。
アザラシ型SEと戦い、倒れた自分をお姫様抱っこしてくれた、たくましい胸板と腕。
木下が現れ、ギクシャクしたこと。
眠る金平の唇にキスしようとした夜。
通路で抱きしめ合ったこと。
金平との幸せな日々。
金平の、優しい笑顔──。曖昧だった記憶が、ただ一点に向かい星が落ちるように、光輝きながら集約されて行った。「あぁっ!!」
震える両手で自らの口を塞ぐ。
「……金ちゃん、金ちゃん!思い出したよ!!」
ソフィの瞳から大粒の涙が零れ落ち、白い頬を濡らした。




