スパーリング!!
「オ~ウ!?ソレハ本当デスカ~!?」
チャックの声が、マッスル引っ越しセンターの道場に響く。芹沢と金平がスコーピオンの襲撃を受けてから、1ヶ月が経過していた。
木下の姉・歩美や、ガールズバーのケイとナナのスケジュールも確保でき、金平は満を持して遊園地行きの話をチャックへ伝えた。チャックは今まで見せたことのない笑顔を浮かべ、狂喜した。
それもこれも、木下がケイを通じてナナに話を通してくれたおかげだったのだが。
その木下は、最近部屋に引きこもりがちになり、道場にもあまり姿を見せなくなっていた。金平の予想では、大方また女でも連れ込んでいるのだろうと、特に心配もしていない。
マウンテンゴリラ型SEとの戦い以降、三国のレーダーにはなんの反応も無かった。そして連日ワイドショーを賑わしている「スーツの処刑人」と呼ばれる謎の存在。襲われた死傷者は日を追うごとに増加の一途を辿っている。その犯人像と一致するスコーピオンと葵裕樹。だが、被害者全てになんらかの犯罪歴があるにも関わらず、金平と木下にそんな過去は無い。そして、スコーピオンも葵裕樹も、金平と木下をまるで試しているとしか思えない戦いを挑んできた。
そんな話が度々食堂で話題に上ったが、結局五里霧中のまま。過ぎ行く日々の中で、退院した増山と共に、日々トレーニングに精を出すチャックと金平だった。
「さぁ、金平君、始めようか」
遊園地行きの話を終えた増山、チャック、金平。いつも通り、三人共揃いのグレーのつなぎに身を包んでいる。チャックは満面の笑みを浮かべながら、道場壁面近くに正座した。
道場中央には金平と増山が相対している。
金平が増山に願い出たスパーリング。仮想スコーピオンとして戦って欲しいと注文をつけた。金平と芹沢がスコーピオンと戦った状況は、増山へ克明に説明してある。増山が退院して以降、連日に渡り増山から徹底的に立ち技の指導を受けていた金平。
スコーピオンに襲撃されたのを機に、柔道の技だけではこれから先の戦いに苦戦を強いられるのは明白だと痛感したからだ。
朝から晩までマンツーマンによる厳しいトレーニングを受け、短期間で鬼道空手の基礎を徹底的に叩きこまれていく。
元々類稀れな運動神経を有している金平は、増山とチャックが目を見張る程の上達ぶりを見せた。
マッスル引っ越しセンターに入社して以来、現役時代以上のトレーニングを行っていたせいで、金平の肉体は極限まで鍛え上げられていた。
そして増山による指導。今や金平は、仮に総合格闘技の試合に出場したとして、上位圏内へ容易に入賞できる程の実力を持つに至った。
互いの拳の甲を合わす金平と増山。先に動いたのは金平だった。半身の構えから腰を落とし、力強く右足を踏み出すと、左右の正拳突きを放つ。
剛腕から捻りこみ、放たれた強烈な拳が増山を襲う。
「っ!」
金平の予想に反して、増山は前進しながらそれを両腕で弾き、捌く。余りにも鮮やかな防御に驚愕しつつも、左右に腕を開いた増山の懐目掛け、膝蹴りを放った。
「ぐっ!?」
一瞬早く、ガードのために上げていた増山の右腕から正拳突きが打ち出され、金平の胸部に命中していた。
だが、寸止め。殆どダメージは無い。
「金平君、動きが遅いぞ。ガードされたからといって、次の攻撃を躊躇するな」
いつもとは全く違い、増山の険しい表情。
「は、はいっ!」
金平が少年じみた声を上げた。
互いに距離を取り直す。
「シッ!」
今度は増山が上段廻し蹴りを放つ。瞬きの間に、金平の頭部めがけ残像の尾を引く増山の右足。躱しきれないと判断した金平は、臆することなく踏み込んで、両腕で受けに回る。
「踏み込んで受ける」のが鬼道空手の防御の鉄則だ。
「ぐっ!」
稲光と見紛う増山の蹴りの軌道が変わった。
“ブラジリアンキック”
金平のガードを越え、頭頂部へ疾走する。
だが──。
「むっ!」
二つの疾風が巻き起こり、弾けた。
増山のブラジリアンキックが金平の頭部に到達するのと同時に、金平の放った正拳突きが増山の鳩尾へ吸い込まれる。ガードを捨て、攻撃に転じたのだ。
「ファオッ!」
ハナクソをほじりながら傍観していたチャックも、思わず感嘆の声を上げる。互いに寸止めした正拳と蹴りを見合い、増山がニヤリと笑う。
「いいぞ、金平君」
「押忍!」
金平のよく通る爽やかな声が、道場に響く。




