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無能を演じる必要悪 〜正義の勇者が壊した世界を、私はまた黙って直す〜  作者: なち
第3部 交わらぬ責任

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第48話 二人の弟子

【葵side】


 蓮が子どもたちを引き受けてくれた。そのおかげで、私はようやく壇上の男と正面から向き合えた。意識のない下級生を、安全な隅へそっと横たえてから。


 「いい仲間を持ったね」白い仮面は、奮闘する蓮のほうを興味深そうに眺めて言った。「あの少年、面白い。まっすぐで、危うくて、諦めが悪い。昔の君に少し似ている。いや、昔の私に、と言うべきかな」


 その言い方に、私は身構えた。この男はさっきから、私と自分を何度も重ねてくる。まるで鏡を見せつけるように。私は動揺を悟られまいと、腹に力を込めた。


 「あなたは、誰なの」まっすぐに問う。「私と同じ力を持って、私の過去を知っていて。この施設をずっと動かしてきた。そしてあの人と、同じ根から伸びた枝だと言った。いいかげん答えて。あなたは何者なの」


 仮面の奥で、その人はふう、と長い息を吐いた。それから遠くを見るように語り始めた。その声には、これまでの余裕とは違う、どこか懐かしむような色が滲んでいた。


 「昔、一人の人がいた。私にも、君にも、この力の使い方を教えてくれた人だ。優しくて、臆病なくらい慎重で、いつも同じことを言っていた。力は振るうためではなく、堪えるためにある、と」


 その言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。あの人の口癖だ。何百回と隣で聞いた言葉。まさかこの男の口から、それを聞くことになるなんて。


 「私はその人の、最初の弟子だった」白い仮面は静かに続けた。「君はずっと後の弟子だ。同じ人に育てられた。いわば兄と妹のようなものだよ、私と君は。……もっとも、私はあの人の教えに、どうしても耐えられなかったがね」


 その声に、苦いものが混じった。「堪えろ、堪えろと、あの人は言い続けた。これほどの力があるのに、それを使わずに、世界の苦しみを黙って引き受けろと。私は気づいてしまったんだ。それは崇高なんかじゃない。ただの思考停止だと。力ある者が責任から逃げるための、美しい言い訳に過ぎないとね」


 同じ、師。私とこの男が。頭がぐらぐらと揺れた。あの穏やかな人が、この、子どもを平気で駒にする男を育てた。信じたくない。でも几帳面な筆跡が、顔を塗り潰された写真が、その事実を静かに裏づけている。私の知っている先代と、この男の語る先代。同じ人のはずなのに、まるで別人に見えた。


 私は、懐にしまった写真の硬さを、服の上からそっと確かめた。顔を塗り潰された、あの姿。誰が、なぜ、その顔を消したのか。もし、この男が消したのなら。師の顔を、記録から拭い去るほどの、何かがあったのか。あるいは、先代自身が、自分の痕跡を消して姿を隠したのか。問いばかりが増えていく。答えは、ひとつも降りてこない。


 あの人は、私に力の手綱の握り方を教えるとき、いつも困ったように笑っていた。「この力は、優しさとよく似ている。使いすぎれば、いちばん大切なものから壊してしまう」と。その言葉を、私はずっと戒めにしてきた。それなのに、その同じ人が、この施設の、いちばん古い頁に名を連ねている。私の信じてきた先代が、少しずつ、指の間からこぼれていくようだった。


 「あなたの言う先代と、私の知る先代は、まるで違う」私は、声を絞り出した。「どっちが、本当なの」


 「どちらも本当さ」白い仮面は、静かに言った。「人は、見る角度で、まるで違う姿になる。君が見てきたのは、あの人の、優しい断面だけだ。……本当のあの人が、何を望み、何をしてきたのか。それを知りたければ、君は、もっと深くまで来なければならない。私の、さらに向こうまで」


 「あの人は、今どこにいるの」私は震える声で問うた。ずっと、いちばん知りたかったこと。「生きているの。それとも――」


 「さあ、どうだろうね。それは私にも分からない」白い仮面ははぐらかすように首をかしげた。本当に知らないのか、隠しているのか。仮面の下の表情は読めない。「あの人はある日、すべてを捨てて消えた。君の罪を肩代わりしてね。……ああ、そうだ。君はそれすら、正しく覚えていないのだったね。都合よく書き換えられて」


 核心のすぐ手前で、するりとはぐらかされる。この男は先代のことを確かに知っている。だが、その全部を今ここで明かすつもりはない。餌だけを少しずつ垂らしてくる。私がもっと深いところまで、自分から踏み込まざるを得ないように。


 「あなたは」私は拳を握りしめた。「あの人を、どうしたの」


 「私は何もしていないよ」白い仮面は静かに言った。その静けさが、かえって不気味だった。「あの人は自分で選んで消えた。それだけだ。……さあ、昔話はここまでにしよう。君が本当に知りたいのは、あの人のことじゃないはずだ。君自身のこと。君が七つのとき、本当は何をしたのか。それだろう、灰原葵」


 「その前に」私は、話を逸らされまいと、声を張った。「連れてきた子を、返して。あの子は、関係ない。あなたたちの、駆け引きの道具にしていい存在じゃない」


 「ああ、あの子か」白い仮面は、まるで些細なことのように言った。「無事だよ。君が、さっき、自分で助け出したじゃないか。私が餌に使ったのは、事実だ。だが、傷つける気は、はじめからなかった。……分かるかい。私は、無意味に子どもを痛めつけたりはしない。すべては、設計のためだ。君を、ここへ導くための」


 その言い草が、いちばん、腹立たしかった。子どもの命さえ、この男にとっては、盤上の駒のひとつでしかない。動かして、配置して、目的のために使う。悪意すら、そこにはない。あるのは、ただ、冷たい合理だけ。だからこそ、この男は、どこまでも遠い。話が通じる気が、まるでしなかった。


 「あなたと話してると」私は、静かに言った。「人が、数字に見えてくる。……それが、あなたのいちばん、こわいところよ」


 「褒め言葉として、受け取っておこう」白い仮面は、動じなかった。「さて。前置きが過ぎたね。そろそろ、本題に入ろうか。君の、いちばん古い記憶の話だ」


 その一言が、私のいちばん昏い場所を、まっすぐに抉った。息が、詰まった。喉の奥が、からからに渇いていく。この男は、そこへ触れる資格などないはずだ。それなのに、まるで手術刀のように正確に、私の急所を選んでくる。

お読みいただきありがとうございました。

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次話は明日21時ごろ更新予定です。

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