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無能を演じる必要悪 〜正義の勇者が壊した世界を、私はまた黙って直す〜  作者: なち
第2部 交わらぬ正義

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第20話 善意の火種

【蓮side】


 この数日、蓮は一人で動いていた。消えた生徒たちの足取りを追い、“解放の輪”という名前に辿り着いた。目立った子から順番に、人が変わったように暴れて、消えていく。仲の良かった友人に話を聞き、最後に目撃された場所を歩く。どの子も、消える前に一度、旧校舎のほうへ入っていったという証言が、いくつも重なった。あの、鉄扉の向こう。蓮の確信は、ゆっくりと、しかし確実に輪郭を持ち始めていた。消えた子の一人は、蓮と同じクラスの大人しい男子だった。ある日を境に、ぷつりと来なくなった。担任は「家庭の事情で転校した」と言った。だが、その子の机の中には、教科書も私物もそのまま残されていた。転校する人間が、何もかも置いていくだろうか。蓮は、その空っぽの椅子を、今でも覚えている。


 昼休みの渡り廊下で、蓮はその一人に声をかけられた。にこやかな笑みを浮かべた、見知らぬ上級生。


 「君の考え、素晴らしいと思うよ、天音くん。この学園は間違っている。能力者を閉じ込め、格付けし、飼い殺しにする。僕たちも同じ思いなんだ。“解放の輪”という。君のようにまっすぐな人が、僕たちには必要でね。一緒に、この腐った仕組みを壊さないか」


 腐った仕組みを壊す。それは、蓮がこの学園に来た理由そのものだった。だが。


 「断る」蓮は即答した。「あんたたちのこと、少し調べた。生徒に薬を使って、実験台みたいに壊して、壊れた子は『転校』したことにして消してる。……人を壊して、踏み台にして、それで何が解放だ。おかしいものを、もっとおかしいやり方で壊してどうする。俺は俺のやり方で変える。あんたたちの力ずくとは、違う道で」


 上級生の笑みがすっと消えた。そして、ゆっくりと口の端を吊り上げる。人の好い笑みとはまるで違う、粘つくような笑みだった。


 「残念だよ。まあいい。覚えておくよ、天音くん。君のそのまっすぐさをね。……そういうものは、へし折るのがいちばん楽しいんだ」


 その一言を、蓮はあまり気に留めなかった。だが胸には、別の考えが芽生えていた。末端の連中を相手にしていても、きりがない。消される子どもは、増え続けるだけだ。ならば――根を断つしかない。この“解放の輪”のいちばん奥。あるいは、それを泳がせているこの学園の、いちばん深いところ。そこへ、たどり着かなければ。その考えが、蓮を、いっそう危うい場所へと引き寄せていく。帰り道、蓮の頭にはあの下級生たちの顔が浮かんでいた。自分を慕って、笑ってくれる子たち。あの子たちを守るためなら、危険な場所へ踏み込むことも厭わない。蓮の決意は、日ごとにまっすぐで、そして危うくなっていった。この時の蓮には、まだ想像もできなかった。自分がたどり着こうとしている“いちばん深いところ”に、何が待っているのか。そしてその手前で、ずっと自分を守り続けてきた存在の、本当の顔と向き合うことになるのだということも。


【双葉side】


 柱の陰で、颯太はその会話を盗み聞いていた。漫画を読むふりをしながら、息を潜めて。蓮の名前があの連中の口から出た瞬間から、嫌な予感が拭えなかった。感覚共有で、女子寮の双葉にも声が流れ込む。


 (双葉。あいつ、前に陸を勧誘してた連中と、雰囲気がそっくり同じだ)


 (蓮くん、断ったね。よかった)


 (……でも、よくなかったかもしれない。蓮、あいつらに「敵だ」って宣言しちゃった。秘密を調べてることまで教えて。「へし折るのが楽しい」って、あれ本気の目だった)


 双葉の背筋を冷たいものが撫でた。蓮の正しさは本物だ。眩しいくらいに。でも、あまりにも無防備だった。相手がどれだけ卑劣で、手段を選ばないかを、蓮はまだ本当には知らない。


 その放課後、双子は蓮に忠告しようとした。だが、できなかった。蓮の周りには、彼を慕う下級生たちが集まっていたからだ。俯いて生きてきた子たちが、蓮のそばでは少しだけ顔を上げている。下級生の一人が、不格好な包みを差し出していた。手作りらしいクッキーだ。「この前のお礼です」。蓮が驚いて、それからくしゃっと笑う。その輪の中の蓮は、朝礼で啖呵を切った時よりも、ずっとあたたかい顔をしていた。ここには、蓮が守りたいと願った小さな居場所が、確かに芽生え始めている。だからこそ双子は、冷たい影の話を持ち込めなかった。


 (言えなかったね)


 (うん。でも、たぶん言っても蓮は止まらないよ。危ないからやめる、なんて選べない子だ)


 (ねえ颯太。私たち、班のみんなを、ただ見てるだけでいいのかな)


 (分かんない。でも双葉、僕たちにできることもあると思うんだ。誰かがちゃんと見ていて、覚えている。いつか、それが誰かを救う手がかりになるかもしれない)


 双葉は、その言葉に少しだけ勇気をもらった。無力なりに、班の一員として、自分たちにしかできない役目が、きっとある。ただ見て、驚いて、寄り添うことしか、できないとしても。


 (颯太。私、班のみんなのこと、好きだよ。葵ちゃんも、詩織さんも、陸くんも……蓮くんも。みんな不器用で、危なっかしくて。でも、放っておけない)


 (うん。僕も同じだよ。だから、見てよう。最後まで、ちゃんと)


【葵side】


 その夜、私は窓の外の闇を見ていた。


 天音蓮が、“解放の輪”に目をつけられた。あの連中が、彼を「へし折る」と口にした。その報せを、詩織が届けてくれた。あの子は、自分から敵の懐に名乗りを上げてしまった。まっすぐすぎて、退くことを知らない。……ばかな子。でも、そのばかさが、少しだけ眩しい。


 詩織は「先に手を打ちましょうか」と言ったけれど、私は首を振った。あの子には、あの子のやり方でやらせてあげたい。まだ、この学園の本当の顔を見せたくない。知ってしまえば、もう後戻りできなくなる。私みたいに。


 ……あの子は、たぶん、火のほうへ自分から歩いていく。危ないと知りながら。かつての私が、そうだったように。止められない。止め方を、私も知らないから。だからせめて、あの子が燃え尽きる前に、私がその火を消す。何度でも。あの子に気づかれないまま。それが、私に許された、たった一つの関わり方だった。


 火種はもう、くすぶり始めている。その火に最初にくべられるのが誰なのか。私には、嫌な予感があった。あの子は、たぶん近いうちに、いちばん危ない場所へ自分から踏み込む。旧校舎の、あの地下へ。私が何度も証拠を消してきた、あの場所へ。そのときは、もう隠しきれないかもしれない。私の、この手のことを。……それでも、行かせるわけにはいかない。正体がばれる覚悟くらい、とっくにできている。いや、本当はできていない。できていないけれど、それでも足は、あの子のほうへ向いてしまう。いつだって、そうだった。私の理屈は、いつも、私の手に負ける。

お読みいただきありがとうございました。

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次話は明日21時ごろ更新予定です。

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