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無能を演じる必要悪 〜正義の勇者が壊した世界を、私はまた黙って直す〜  作者: なち
第2部 交わらぬ正義

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第17話 まっすぐな闖入者

語り手が増えたので、誰の目線で話しが進んでいるのかわかるよう修正しました。

【蓮side】


 編入して三日で、俺はこの学園のことが、だいたい分かってきた。いや、分かりたくなかった、というほうが近い。


 能力者を集めた、塀に囲まれた学園。生徒はS・A・B・C・Dの五つに格付けされ、その一文字で扱いが決まる。強い者が弱い者を顎で使う。それを、誰もおかしいと言わない。まるで、水が高いところから低いところへ流れるのと同じくらい、当たり前のことみたいに。


 編入初日、蓮は見た。Aクラスの生徒が、すれ違いざまにDクラスの子の肩を小突き、詫びもせず通り過ぎるのを。ぶつかられた子は、逆に謝った。自分が悪いとでもいうように、へこへこと頭を下げて。あれが、この学園の“普通”なのだと、蓮は三日でいやというほど思い知らされた。誰も声を上げない。上げれば、次は自分の番が来ると知っているからだ。


 ――前の人生では、こんなものなかったのにな。


 蓮の胸の奥には、いつも小さな熾火があった。ここではないどこか、もっと普通で自由だった場所の記憶。輪郭は曖昧で、夢と区別もつかない。それでも、ひとつだけ確かなことがある。人を、生まれ持ったもので格付けする。それは、間違っている。


 その日、中庭を横切ろうとして、蓮は足を止めた。Dクラスらしい小柄な下級生が、両手いっぱいに荷物を運ばされている。よろけて落とすたび、上級生が舌打ちをする。周りの生徒は、誰も目を合わせない。見て見ぬふりで、通り過ぎていく。


 気づいたときには、もう歩き出していた。


 「おい。それ、その子の仕事じゃないだろ」


 上級生がうっとうしそうに振り返る。「はぁ? なんだ、噂の編入生か。序列ってもんが分かってねえのか」


 「序列」蓮は本気で首をかしげた。「なんで生まれ持った力の強さで、荷物持ちが決まるんだ。そいつが弱く生まれたってだけで、こき使っていい理由になるのか。おかしいだろ、どう考えても」


 周りがざわついた。誰もが思っていて、口にしなかったこと。それを蓮は、当たり前みたいに言葉にする。空気を読まずに――いや、読んだうえで、あえて破るように。


 「うるせえ! 生意気なんだよ、よそ者が!」


 拳が飛んできた。能力の光を帯びた、重い一撃。蓮はとっさに下級生を背にかばい、その拳を腕で受け止めた。骨まで軋むような衝撃。足がずるりと滑り、土煙が上がる。それでも、倒れなかった。


 「……っ、いってえな。マジで」


 痛みに顔をしかめながら、蓮は笑った。それでも目だけは、まっすぐ相手を見据えている。「殴るなら俺にしろよ。その子じゃなくて」


 上級生は気圧されたように後ずさり、舌打ちをして去っていった。助けられた下級生が、呆然と蓮を見上げている。蓮はその頭をくしゃりと撫でた。「もう大丈夫だ。荷物、半分持つよ」


 下級生は、しばらく蓮を見上げてから、泣きそうな顔で「あ、ありがとう、ございます」と呟いた。まるで、優しくされることに慣れていない子どものように。その顔を見て、蓮の胸に静かな怒りが灯る。こんな小さな子が、当たり前の親切に驚いてしまう。この学園は、いったい何を子どもたちから奪ってきたのか。蓮はその小さな背中を見送りながら、ぐっと拳を握った。奪われたものは、取り返せる。誰かが、そう証明しなきゃいけない。だったら、それは俺でいい。名前も思い出せない前世から持ち越した、その思いだけが、蓮の背骨になっていた。


 (痛ってえ……。でも、こういうのを見過ごすほうが、よっぽど痛いんだよ)


 腫れ上がった腕をさすりながら、蓮は思う。強くなりたい。誰かをかばうたびにぼろぼろになるのではなく、ちゃんと守り切れる強さが欲しい。中庭で受け止めた一撃も、後から思えば火事場の馬鹿力のようなものだった。呼ぼうとしても、出ない。自分の中に眠る何かの正体も限界も、蓮にはまだ掴めていない。それでも、と蓮は思う。力がなくても、声を上げることはできる。逃げないことは、できる。それが今の自分にできる、精一杯だった。だが、精一杯では足りないのだと、蓮はもう気づき始めていた。守りたいものは、いつも自分の手の届く、ほんの少し先にある。その距離を、どうやって越えればいいのか。答えは、まだ見つからない。


【双葉side】


 その一部始終を、双葉は人混みの中から見ていた。


 編入生が来て三日、学園の空気は明らかに変わった。教師に食ってかかった、上級生にたてついた、Dクラスの子をかばった。廊下ですれ違うたび、生徒たちはその名を口にする。面白がる者、迷惑そうな者、そしてごく一部の、眩しそうにその背中を見る者。


 「ねえ、双葉ちゃん」前の席の子が、こそっと囁いてきた。「あの編入生、大丈夫かな。上級生に目えつけられたら、この学園、居場所なくなるよ」。双葉は曖昧に頷いた。心配は双葉も同じだ。でも、それ以上に――あんなふうにまっすぐな子が、この学園にもいるんだ、という驚きのほうが、少しだけ勝っていた。


 (颯太、見た? あの子、素手であれを受け止めたよ)


 (うん。すごいけど、無茶だよ。あと少し力が強かったら、腕、折れてた)


 颯太の声にも、感嘆と心配が半分ずつ滲んでいた。双子にとって蓮は、遠い世界の主人公みたいだった。まっすぐで、無鉄砲で、自分たちには到底できないことを、平気でやってのける。だからこそ危なっかしくて、目が離せない。


 その時、双葉はふと、廊下の窓際へ視線を移した。一人の少女が立っている。灰原葵。文庫本を胸に抱えたまま、中庭の――蓮の背中を、じっと見つめていた。


 その横顔に浮かんでいたものを、双葉はうまく言葉にできなかった。懐かしむような、痛むような。眩しすぎるものを、目を細めて見るような。


 (……颯太。葵ちゃん、あの子のこと見てる)


 (うん。葵ちゃんがあんなふうに誰かを目で追うの、初めて見た気がする)


 少し離れた場所では、陸も蓮を見ていた。速さを失い、ずいぶん静かになった陸。その目に浮かぶのは、呆れと心配と、ほんの少しの羨望だった。


 「……あいつ、昔の俺に似てるな」陸がぽつりと呟く。「調子に乗って、痛い目を見る前の俺に」


 (颯太。陸くん、心配してるみたいだね)


 (うん。昔の陸なら鼻で笑ってた。……あの“痛い目”がどんなものか、身をもって知ってるから)


 かつて力に驕り、そして砕かれた男が「似ている」と言う。ならば蓮も、いつか同じ壁にぶつかるのだろうか。葵は、それを見透かしているのだろうか。窓際の少女は、やがてそっと本を閉じ、何事もなかったように立ち去っていった。嵐の前の静けさは、もう終わっている。双葉には、なぜだかそう思えてならなかった。その予感は、遠からず当たってしまう。双子はまだ知らない。あの眩しい編入生と、隅で本を読むあの少女。二人が交わるとき、この学園の凪いだ日常が、根こそぎ引っくり返されることを。

お読みいただきありがとうございました。

続きが気になった方は、ブックマーク・★評価で応援いただけると、とても励みになります。

次話は明日21時ごろ更新予定です。


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明日の9時から新しく連載を始めます。

令嬢ものですのでお時間あればぜひご覧ください。

そちらは土日のみの9時更新となります。

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