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無能を演じる必要悪 〜正義の勇者が壊した世界を、私はまた黙って直す〜  作者: なち
第1部 裏切りと覚醒

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第16話 契約書、そして編入生

第1部『裏切りと覚醒』、これにて完結です。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

物語はここから、第2部へと続きます。

続きを追いかけたい方は、作者フォロー・ブックマークをしていただけると、更新の通知が届きます。

面白かったら、ぜひ★評価・感想もお寄せください。次の物語で、またお会いできますように。

 それを颯太が見つけたのは、まったくの偶然だった。


 放課後。図書室の返却棚の整理を手伝わされていた颯太は、古い蔵書のページの間から、一枚の折り畳まれた紙が、滑り落ちるのを見た。


 誰かが栞代わりに挟んだのか。それとも誰かがあえてここに隠したのか。

 拾い上げて広げた颯太は──息を呑んだ。感覚共有でその文面が女子寮の双葉にも、流れ込む。

 それは契約書の写しだった。かすれた文字で、こう記されていた。


 《暗部育成計画・被験者同意書》

 《本計画は学園が選抜した“素質ある生徒”に対し、能力の強制的増幅処置、及び実戦投入を行うものとする。処置に伴う心身への影響、並びに任務遂行中の死亡について、学園は一切の責を負わない──》


 そして、末尾には。この学園の正式な印。見覚えのない、大人たちのいくつもの署名。


 (……なにこれ)双葉の思考が、震えた。(能力の強制増幅……実戦投入……被験者……)


 (あの薬だ)颯太の声も掠れていた。(『解放の輪』が作ってたあの薬。……あれ組織が勝手に作ってたんじゃ、ない。学園が。学園そのものが、生徒を実験台にして、“暗部”を育ててたんだ)


 双葉は全身から、血の気が引いていくのを感じた。


 組織を学園が泳がせていた。地下の工場。都合よく消される証拠。──全部繋がっていた。『解放の輪』は学園にとって、都合の悪いはぐれ者ではなかった。学園の暗部が生み出した鬼子だったのだ。そして、その鬼子を後始末するために。「掃除屋」が飼われていた。


 いや、と双葉は思い直す。きっと葵は知っていた。あの地下で幹部に「上の大人は誰?」と問い詰めていた、あの声。あれは──葵自身もその黒幕の顔をまだ掴めていない、ということだ。飼われながら。飼い主の顔さえ知らされないまま。それでも、あの子は消し続けている。この学園の膿を。誰に命じられるでもなく。ただ、放っておけば、いつか誰かが傷つくから。きっとそれだけの理由で。


 葵。


 あの子は知っていたのだろうか。自分が掃除させられていたものの、正体を。自分を飼っているこの学園の本当の顔を。


 (……颯太。私たちとんでもないものを見つけちゃった、かも)

 (うん。……この紙どうしよう。先生に出す? ……いや、駄目だ。この署名のなかに、先生たちの名前も、あるかもしれない)


 誰を信じればいいのか。何が味方で何が敵なのか。足元の地面そのものが、ぐらりと傾いた気がした。双子はその一枚の紙を震える手でそっと鞄の一番奥へしまい込んだ。いつかあの子に渡すために。あるいはあの子と一緒に立ち向かうために。


 ◇


 そして──その翌週の朝。


 学園に一人の編入生がやってきた。

 朝礼の壇上。校長がその少年を紹介した。ざわつく生徒たちの前で、彼はまっすぐに背筋を伸ばして、立っていた。


 天音蓮(あまねれん)と名乗った。


 まっすぐな瞳。爽やかな笑み。どこかこの淀んだ学園には、似つかわしくない、光のような少年だった。双葉はなぜかその姿から、目を離せなかった。


 「編入生の天音です。よろしくお願いします。──それと」


 彼はそこで一度言葉を切った。そして、壇上から、全校生徒をぐるりと見渡すと。よく通る声で、こう言い放った。


 「俺ずっと外にいて思ってたんです。能力があるってだけで、人を塀の中に閉じ込めて。SABCDなんて勝手に格付けして。……こんなの絶対おかしい」


 壇上の校長が、慌てて止めようとする。だが、少年は構わずに続けた。


 「だから、俺が変えます。誰も格付けされない。誰も必要悪なんかに、ならなくていい。……そんな学園に。こんな腐った仕組み、俺が全部ぶっ壊してみせる」


 ざわめきが爆発した。生徒たちのどよめき。教師たちの動揺。無謀な青臭い宣言。誰もがその少年を笑うかあるいは眉をひそめた。


 「新入りがいきなり何を言ってるんだ」

 「あんな綺麗事。三日でこの学園に潰されるさ」


 嘲笑がさざなみのように、広がっていく。だが、天音蓮はその嘲笑のただ中で。少しも怯まなかった。むしろ、まっすぐな瞳に、静かな炎を宿らせて。「笑いたきゃ笑えばいい。……でも、俺は本気だから」と言い切った。その揺るがなさが、かえって双葉の胸をざわつかせた。無謀なのに。無鉄砲なのに。どこか──眩しくて目を逸らせない。


 ただ、一人を除いて。


 双葉は見た。ざわつく群衆の、その一番後ろ。隅に立った葵が。


 いつもの気弱な仮面を剥がして。ただ、じっと。壇上のまっすぐな少年を見つめているのを。その横顔に浮かんでいたのは、驚きでも、警戒でも、なかった。もっと複雑で。もっと痛みを孕んだ何か。まるで──ずっと昔に失くしたものを思いがけず見つけてしまった、ような。


 ◆

葵side


 (──ああ)


 私は壇上のあの子を見上げる。


 まっすぐで。青くて。眩しくて。……昔の私にそっくりだ。悪さえ消せば世界はきれいになると。手を汚さなくても、みんなを救えると。本気で信じていた頃の、私に。


 あの子はまだ知らない。その正しさが。いつかどれだけのものを壊すのかを。


 ……いつかあの子も選ぶのだろうか。私のように日陰に降りるのか。それとも最後まで日向を歩き続けるのか。


 できることなら。あの子には──私みたいには、なってほしくないな。


 ◆


 朝礼が終わり生徒たちが散っていく。


 その雑踏のなかで。双葉は葵のその一瞬の横顔を忘れられずに、いた。


 (……颯太。葵ちゃん、あの編入生のこと。知ってるのかな)

 (分かんない。……でも、双葉。なんか始まる気がする。もっと大きな何かが。……あの二人が出会ったことで)


 双葉はもう一度葵のほうを見た。だが、そこにはもういつもの気弱な葵がいた。おどおどと人波に流されながら。前の生徒が落とした教科書を慌てて拾って。「あ、すすみません」となぜか自分のほうが、頭を下げている。


 さっき壇上の少年を見上げていた、あの痛みを孕んだ横顔は。もうどこにもなかった。まるではじめから、なかったかのように。何重にも仮面を被り直して。あの子はまた日陰へと静かに戻っていく。


 契約書に記された学園の闇。「腐った仕組みを壊す」と宣言したまっすぐな勇者。そして、その闇の一番深いところで。誰にも讃えられずたった一人で、泥をかぶり続ける、必要悪。


 三つの歯車が。今静かに噛み合い動き出そうと、していた。


 双子はまだ知らない。この天音蓮という少年の、正義が。葵の覚悟と真正面から、ぶつかる日が、来ることを。どちらが正しいのか。最後まで誰にも分からないその長い戦いの幕が。今上がったばかりだということを。


 嵐は去った。


 だが、本当の嵐は──ここから、始まる。

新しく恋愛ものの小説をスタートさせる予定です。

”必要悪”の連載が終了するまでは、土日の朝9時に投稿しますのでゆっくり展開になるかと思いますが、ご興味があればぜひご覧ください。

初回は、3日(土)9時投稿予定です。

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