成功するまで続ければ、それは失敗じゃない
国家崩壊級の暴走を起こす古代魔導炉の原因は、まさかの「冷却ファンの接触不良」。
呆然とする帝国の超天才令嬢アイリスの前で、コウノスは淡々とはんだごてを突き立てる。
周囲の過剰な期待(過負荷)に潰され、「失敗したら終わりだ」と震えるアイリスに対し、中身46歳の頑固職人が放つ魂の言葉。
「失敗なんてないよ。成功するまで続ければいいんだから」
少女の硬く閉ざされた回路が、5Wのぬくもりで今、ドロドロに溶かされていく――!
「リィン、そこ。右から二番目のビス、トルク『3』で。優しくね」
「はい、マスター! キュキュッ……ガチッ。外殻の開放、完了いたしました!」
リィンの完璧なマキータ捌きによって、暴走する古代魔導炉の側面パネルがガシャリと外れた。
内部から、肌を焦がすような熱風と、赤黒いノイズが噴き出す。
「危ないわ、離れなさい!」
アイリスが悲鳴のような声をあげる。
「うるさいな……。声の振動で手元が狂うでしょ。静かにして」
俺は彼女を一瞥もせず、ボソボソと早口で言いながら、魔導炉の心臓部のすぐ横にある小さな金属の羽根――『冷却ファン』の制御基盤をピンセットで突いた。
「ほら、ここ。導線が基盤に繋がってる接続部、目に見えないくらいのヒビ(クラック)が入ってる。超古代のハンダは鉛の配合が悪いから、経年劣化の振動でこうやって割れちゃうんだよ」
「そんな、嘘よ……。国中の特級技師たちが、最高位の構造解析魔術を何重にもかけて、どこにも異常はないと断言したのよ!?」
「だから、その解析魔術自体が高出力すぎて、この繊細なクラックを見落としてるんだってば」
俺は心底あきれて溜息をついた。
「視力が2.0の脳筋に、顕微鏡のピクセル(画素)が見えるわけないだろ。……よし、不純物を焼き切る」
俺は5Wの魔力を込めた【はんだごて】の先端を、その微細なヒビへと滑らせた。
ジュッ、と一瞬、小気味良い音がして、酸化した古いハンダが綺麗に溶け直す。俺の5Wの魔力は、金属の原子配列を完璧なグリッド(調和)へと並び替える。
だがその時、魔導炉のコアが「最期の悪あがき」と言わんばかりに、ドクンと大きく脈動した。
バチバチバチッ! と、赤黒い過電圧の電撃が、俺の手元へ向かって弾け飛ぶ。
「キャッ!?」「マスター!」
「――っ、あぐ……」
手の甲に走る激痛。はんだごてを持つ右手が、一瞬、恐怖でピクリと震えた。
熱量が再上昇する。あと一歩でハンダが固まるという瞬間に、コアの圧力が俺の5Wの制御力を押し潰そうとしていた。
「やっぱりダメよ! 人間の身で、古代の神の出力に敵うわけがないわ!」
アイリスが頭を抱えて叫ぶ。
「ごめんなさい、私のせいよ……! 失敗した……私はイナバ家の天才なのに、世界を滅ぼす大失敗をしてしまったわ……っ!」
涙を流して崩れ落ちるアイリス。
その、失敗を恐れて絶望する子供のような姿を見て、俺の脳裏に、前世の記憶がフラッシュバックした。
『松下、もうこの店の経営は無理だ。都市開発の予算には勝てねえよ。俺たちの負けだ、失敗したんだよ』
前世で、一緒にジャンク屋を営んでいた相棒が、最後にそう言って書類を破り捨てた、あの絶望の夜。
(違う。あの時だって、僕が諦めなければ、回路はまだ繋がっていたはずだ――)
「……おい、イナバの令嬢」
俺はボソボソとした早口をやめ、低く、芯のある声で言い放った。
「え……?」
「職人が、自分の手を入れる前から『失敗した』なんて抜かすな。……ほら、コテを持て」
「な、何を言って――」
俺はアイリスの細い手首を強引に掴むと、彼女の手を、俺のはんだごてを握る右手に重ねさせた。
ドクン、と彼女の脈拍が伝わってくる。
「冷たい。君の手、過負荷で冷え切ってる。……いいかい、前世の偉い人が言ったんだ。**『成功するまで続ければ、それは失敗じゃない』**ってね」
「成功する、まで……?」
「そうだよ。1回失敗したら、それは『この方法じゃ動かないというデータ』が得られただけ。1万回失敗したって、1万1回目に直れば、それは『大成功』なんだ。他人の期待(電圧)なんてどうでもいい。目の前の回路(この子)を、絶対に直すって決めろ。……僕の5W(出力)を合わせるから、君の魔力で、ハンダの融点を均一に保て!」
「あ……、あ……」
アイリスの瞳の奥で、焼き切れかけていたフィラメントに、今までにない純粋な光が灯った。
周囲の雑音が消える。
彼女の手を通して、俺の5Wの「完璧な定格制御の波」が流れ込んできた。
(なんて、綺麗で、静かな魔力なの……。1ミリの無駄もない、冷たい麦茶のような、透き通った回路……!)
「……いきます、コウノス!」
「よし、一点集中。はんだ付け、スタート!」
ジュウウウウウウウウウッ!!!
二人の魔力が、はんだごての先端で完璧に同調した。
古いハンダがドロドロに溶け去り、新しく用意した最高純度の合金が、冷却ファンの基盤を美しく、滑らかに、富士山のような完璧な形状で包み込んでいく。
カチ。
俺がはんだごてを離した瞬間、金属の羽根が、キィィィィィィン……と超高回転で静かに回り始めた。
一瞬にして、魔導炉を覆っていた赤黒い熱暴走の光が、ファンの生む強烈な冷却風によってかき消されていく。
ドクン、ドクン……と、魔導炉の心臓音が、驚くほど規則正しく、穏やかな緑色の輝き(定格駆動)へと変わった。
「あ……、あぐ……」
アイリスは、完璧に制御された魔導炉を見つめ、それから自分の右手を見つめた。
手のひらには、まだコウノスの手の温もりが残っている。
十五年の人生で、常に「完璧であれ」「失敗するな」と高電圧をかけられ続けてきた彼女の硬く冷たい心が、その5Wの温もりによって、ドロドロに溶かされていた。
(失敗しても、いい……? 成功するまで、続ければいい……?)
アイリスは顔を真っ赤に染め、激しく胸を上下させながら、コウノスを濡れた瞳で見つめ返した。
「コウノス……。私、あなたに、完全に脳の回路を焼き切られちゃったみたい……。お願い、私を、あなたの弟子にして……!」
「いや、パーツにするって何? 怖いから。あと用が済んだらその重い箱持って早く帰って。部屋の温度上がっちゃったじゃん」
コウノスはいつも通りの陰キャ早口に戻り、迷惑そうにエアコンの温度を「23度」に下げるのだった。
(第8話へ続く)
第7話をお読みいただき、ありがとうございました!
5Wの陰キャ職人コウノス、名門の天才令嬢アイリスちゃんを「はんだごて一本」で精神ごと完全デバッグ(救済)完了です!
「成功するまで続ければ失敗じゃない」という職人哲学、挫折を知る大人なコウノスだからこそ言えるエモいセリフですね。……本人はただエアコンの温度を気にしているだけなのですが、アイリスちゃんは完全に「狂信回路」が繋がってしまいました。
次回第8話は、リィンとアイリスの「どっちが優秀なライン工(助手)か」という可愛いキャットファイトが勃発。胃を痛めたコウノスが、「人と喋りたくない」という欲望のために、ついに大陸全土を揺るがすあの『インフラ(魔導Amazon)』を開通させます!




