episode6 告白
騒がしい声で目が覚めた。
「もういい加減辞めろよ!」
「こいつが続けてくるんだもん」
「あんたもじゃん!」
「うるさいよ、2人共。小羽と諒が起きちゃうだろ!」
「起きたよ」
「あ、小羽。ごめん…」
「何騒いでるの?」
「こいつらが枕投げ始めて途中から痴話喧嘩になったんだよ」
「これは喧嘩にならないよ」
「そうだぞ。俺らはいつもじゃん」
どうやら春翔と茜が騒いでいるのをいつも通り優が止めていたようだ。諒はまだぐっすり眠っている。諒は寝起きが悪いからこんな起き方をしなくてよかったと思う。
「チェックアウトの時間も近いんだから片付けるよ」
優に言われて部屋を片付ける。荷物をまとめたり、準備をしたりしている間に諒も起きた。相変わらず機嫌は悪そうだ。チェックアウトの時間が近付いた頃にホテルを出る。裕翔さんが迎えに来てくれていた。
「早くにすみません。お願いします」
裕翔さんは朝から爽やかな笑顔だった。
「ホテルはどうだった?」
「楽しかったです!本当にありがとうございます!」
「ならよかった」
茜の元気な返事に裕翔さんが笑う。裕翔さんはやっぱり優しくて、途中で人数分の朝ご飯を買ってくれた。車の中で食べながら雑談をしていると遠かったはずの家に着くのもあっという間だった。
「またみんなで気晴らししようね」
私の家に着き、私が車から降りると裕翔さんは運転席の窓を開けてそう言ってくれた。私がありがとうございますと頭を下げると車を走らせていった。
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「ただいま」
「おかえり。早かったね」
家の中に入ると起きていたお母さんがそう言って私を見た。
「うん。今日は遊ばないみたい」
私は家族と仲がいい方だと思う。最初はみんなと関わることを心配していたお母さんも、毎日のようにするみんなの話を聞いて安心したようで、お泊まりや夜遊びを認めてくれる。お父さんも特に何も言わなかった。
自分の部屋に戻ると早起きしたせいか眠気が襲ってきた。予定もないのでベッドに入ると10分もしないうちに眠ってしまった。
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夜にようやく目が覚めた。寝起きで全然開かない目を小さく開けてスマートフォンを見れば時刻は20時。眠りすぎた。それでもまだ眠たい目を擦っていると電話が鳴った。画面には”優”の文字。
「もしもし」
「もしもし、今大丈夫?」
電話に出てみれば焦り気味の優の声。何かあったのだろうか。
「うん。どうしたの?」
「あさぬま公園近くのトンネルに来てほしい。春翔が…」
「春翔がどうしたの?」
「…全日の奴らに絡まれてて。止めてるんだけど喧嘩になりそうなんだ」
優の声から察するに大分深刻な状態らしい。優が止めても聞かないほど春翔の怒りが収まらない今、私にできることがあるか自信はないけどこのまま放っておくこともできない。上着を着て私は急いで優たちの元へ向かった。
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家から近かったこともあり、5分程で指定場所に着く。
「小羽!こっち!」
優の元へ行くと優は私の腕を引いて春翔がいる場所へ走る。近付くにつれ怒鳴り声が聞こえ、緊張感が増していく。曲がり角を曲がると3人の男子高生と春翔が殴り合っている光景が広がった。
「調子乗ってんじゃねえぞ、コラァ!」
「あ?お前らから吹っかけてきたんだろ」
殴り合いながら怒鳴る男子高生や見たことのない春翔の姿に体が強ばる。
「春翔!もう辞めろ!」
優が止めに入るが、春翔は冷たい視線を飛ばして腕を振りほどく。春翔が1人の男子高生の髪の毛を右手で乱暴に掴んだ。今からすることがなんとなく目に見えて、それまで動かなかった私の体が自然と動く。同時に春翔も右手を壁に向かって強く打ちつけようとしていた。
「春翔!」
なるべく大きな声で名前を呼んだ。春翔の動きが止まる。私は急いで春翔の右腕を掴んだ。
「もう辞めて」
目を見て訴えると春翔はまるで何かの催眠から覚めたようにはっとして、掴んでいた髪の毛をそっと離した。掴まれていた男子高生が春翔に殴りかかろうとするのを優が止める。男子高生は不満そうに振り上げていた腕を下ろして鞄を持って去って行った。春翔は呆然と立ち尽くしている。
「はる、」
私が春翔の名前を呼びかけたとき、優が春翔を殴った。
「優?何してるの!」
「お前ふざけんなよ。自分が何したか分かってんのかよ」
ふらついた春翔の胸ぐらを瞬時に掴んで壁に押し付ける。
「優辞めて」
「小羽に怖い思いさせてどうすんだよ。お前がそんなんでどうすんだよ!」
「私は大丈夫だから、」
「好きな子くらい自分で守れよ!」
しばらく黙っていた春翔が優の腕を掴み、低い声で言う。
「お前も今同じことしてんだろ」
優と春翔が睨み合う。
「私は本当に大丈夫だから。今はまず…春翔の手当てしないと」
空気に耐えられず私がそう言うと、優は春翔の胸ぐらを離して「救急箱取ってくる」と家に向かった。春翔と二人で座って待つ。
「…なんであんなことしたの?」
「…あいつらから吹っかけてきた」
「いつもの春翔なら相手にしない」
「…中学のときの同級だった。優を虐めてた奴ら」
春翔の顔を見ると春翔は地面を見つめていた。
「あいつらまた優に絡んできた。お兄さんに比べて劣等生だの、足立家の恥だの。優のこと何も知らないくせに」
私は黙って頷いた。
「優は気にしなくていいって言ってたけど、俺が腹立って抑えきれなかった」
「春翔から殴ったの?」
「…」
「手を出すのは違うでしょ」
「分かってる。でも、身近で見てきたから分かる。優がどんだけ頑張ってるか。学校では学年1位の成績で生徒会長だってしてるし、学校終わったら毎日遅くまで塾通って、家に帰れば自分の母さんと兄さんから罵声浴びて、寝る間も惜しんでまた勉強して。そんな奴が劣等生とか恥なわけがない」
話しながら春翔は悔しそうに右手を力強く握りしめていた。春翔の言いたいことはよく分かる。優は本当に、本当に努力家なのだ。体が心配になるほど自分にストイックで、それでも一切弱音は吐かない。自分の目標に向かってひたむきに頑張れる凄く強い人なのだ。
「そんなことも知らない奴が優にあんな言葉並べたのが気に触った。でも…俺のせいで優にも小羽にも迷惑かけた。ごめん」
「…いいよ。きっと優も分かってくれてる。さっきはちょっと感情が高ぶっちゃっただけだと思うから」
「…さっきの優が言ったこと、分かった?」
その質問に途端に脈が早くなるのを感じる。私もそこまで馬鹿じゃない。想像くらいはつく。でも、春翔が私を…
「…俺小羽のこと好き」
春翔が私の手を弱く握る。
「小羽はこんな奴嫌い?」
私の目を見て聞く春翔にドキドキする胸が収まることを知らない。ずっと見ていると心の中を見透かされてしまいそうだ。
「…嫌い、じゃない」
返答する声が緊張で震えているのが自分でも分かる。
「…私も好き」
「…よかった」
春翔がいつものように口を四角にして笑う。その姿になぜか涙が出そうで。
「なんで涙目なんだよ」
春翔が私の頬を触る。私をしばらく見つめたあと、目を閉じてゆっくり私に顔を寄せる。私も目を閉じると唇に柔らかいものが当たった。春翔はすぐに離して私の顔を見るなり大笑いする。
「なんで笑うの!」
「顔赤すぎ」
「春翔が悪いんじゃん!」
言い合いしていると優が「持ってきたよ」とベストタイミングなのかバットタイミングなのか戻ってきた。
「あ、ありがとう」
「うん。…小羽なんか顔赤いよ?熱?」
「春翔にビンタされた」
「お前何してんだよ!顔真っ赤じゃねぇか!」
「本当にしてるわけないだろ!俺の方が怪我人だぞ!」
2人がいつも通りの様子で安心する。本当に春翔は世話がかかる、と小言を言いながら優が手当てを始める。
「よし、できた」
春翔の軽い治療が終わる。
「もうこんな喧嘩すんなよ」
「おう」
「でも、ありがとう」
優の言葉に春翔は笑った。優には春翔の気持ちが伝わっていて、それが春翔は嬉しそうで2人の絆を目の当たりにした私は胸が熱くなった。俺は弟たちの迎えがあるから、と春翔は先に帰っていく。私と優は手を振ってその背中を見送った。
「ごめんね、最悪なところに呼び出して」
「ううん。気にしないで」
「俺じゃ聞かないから小羽ならと思って…やっぱり小羽の言うことはちゃんと聞いた」
優が可笑しそうに笑う。
「なんで私だと思ったの?」
「…あいつは小羽のことが好きだから。小羽が目に入ったら理性取り戻す気がした」
「…」
「俺がいない間に春翔と進展あった?」
「え、なんで」
「なんでって…小羽も春翔のこと好きでしょ?」
「知ってるの!?」
「当たり前じゃん」
優がまた笑う。
「言ってないのに…」
「見てたら嫌でも分かるよ。好きな子の視線の先にいる人が誰なのかくらい」
「…え、」
「ごめんね、困らせる気はないよ。俺は2人のこと応援してるし。でも、気持ちは伝えないと後悔するでしょ」
優が私に向き直り、私の目を捕らえる。
「俺も小羽のこと好きだったよ」
優が私のことを好きだったことなど考えたこともなかった。少し胸が痛くなる。
「…ありがとう」
「…悔しいけど、春翔には小羽を笑顔にする力があるから。春翔だから俺は応援する。2人には幸せでいてほしいし」
「…うん」
「だから、春翔に泣かされたら俺に言いなよ?今日みたいに殴ってやるから」
「…うん、ありがとう」
優がいつもの調子でそう言ってくれるから、自然と笑いがこぼれる。
「ありがとうね」
「みんなが幸せだったら俺は幸せだよ」
「優の良いところだよ」
「本当?」
「うん。春翔も言ってた。優は凄く頑張ってるって。きっとみんな思ってるし、かっこよくて尊敬されてるよ」
「俺はみんなの中で長男だからなー」
「長男は春翔だよ」
「嘘!?俺でしょ!」
そんなくだらない言い合いをしながら私たちもその場をあとにした。
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