episode3. 気持ち
次の日も雨が降っていた。特にすることもなく、外に出たい気分だったこともあって服を着替えて軽くメイクをし、スマートフォンと財布を持って家を出た。が、外は雨が降っているから行くところもない。どうしようか迷いながら、とりあえず近くのコンビニに入る。好きなパンやお菓子、飲み物を買い、外に出ようとしたとき誰かとぶつかってしまった。
「すみませ…諒?」
「小羽じゃん」
「こんな時間に珍しいね。どうしたの?」
「お腹すいたけど家に何もなかったから。小羽は?」
「行くあてなくて困ってる」
「家来れば?」
「行く」
諒の買い物が終わり、家に向かう。
「外に出てくれてありがとう。おかげで行く場所が見つかった」
「会ってなくても最終的に来てそうだけど」
「行ってたかも」
家に着き、中に入る。
「なんか自分の家より安心感ある」
「それ他の3人も言うんだけど」
「やっぱりみんな思うんだね」
そう言いながらテーブルを挟んでいつもの場所に座り、買ったものを広げる。
「諒って茜のこと好きでしょ」
「は?何急に」
確かに急だったが、これは個人的にずっと思っていたことだ。
「視線の先によく茜がいる気がする」
「…違うけど」
そう言いつつも少し焦ってる様子を見て確信に変わる。諒は落ち着いていて常に冷静だけど、嘘をつくことが下手だ。動揺して目を合わせなくなるし、そわそわしだす。
「別に隠すことないじゃん」
「茜は怜さんが好きだろ」
怜さんというのは春翔の叔父さんの友達のことだ。思春期である私たちの気持ちをよく理解してくれて、警察官ながらにいろいろ見逃してくれる日頃からお世話になっている人。
「諒は?」
「さっきから何」
「怜さんと会うまでの茜見てると同じ気持ちに見えてたから。2人共気持ちには気付いてるっぽいのに何もなくここまできたじゃん」
「…付き合わない方が居心地いいし」
「例えば?」
「付き合ったら空気変わるじゃん。今は茜にもちゃんと好きな人ができたし」
「…辛くないの?」
「別に。応援してる」
諒の顔を見てもその瞳には一切の濁りもなく、きっと本心なのだろうと見て取れた。普段無口な分何を考えているか分からないことが多い諒だけど、本当は凄く寂しいのだろう。幼い頃から家に1人だったという諒は今まで愛情を受けて育つという経験はほとんど無かったはずだ。でも、それは諒の母親が毒親ということじゃない。自分の子供との時間を犠牲にしてでも不便はさせないようにと朝昼晩働き続け、実際諒が不便なく暮らせているのは母親の頑張りがあってこそだ。でも、やっぱり親との交流がないというのはどんだけ裕福でも寂しくなるものだ。面倒見のいい姉気質な部分がある茜は、諒にとってきっと身近にいる唯一頼れる女の人だったのだろう。茜は頻繁に諒にご飯を作りに行っている。今までは毎日コンビニ弁当生活だったらしい諒にとって、それは嬉しいことだろうし、そうしてくれる茜には甘えやすかったんだと思う。そして茜も、そこまで尽くせる程には諒のことを想っていただろう。諒の言っていることは納得ができた。
「ていうか、それ言ったら小羽だって春翔のことはどう考えてんの?」
いきなり私の話になり驚く。
「え、なんで私?」
「自分のことは棚に上げて俺の話だけとかないでしょ。こっちだって気付いてるから」
「は!?」
「で、どうなの?」
「…分からない。春翔は多分私と同じ気持ちじゃないから」
「…ふーん」
「それに私も春翔とは付き合うとかとは違う気がしてる」
「なんで?」
「今のままの方が上手くいく気がする」
「同じなら聞かなくてよかったじゃん」
「諒がどんな気持ちなのかは知らなかったもん」
「ていうか、眠い」
もうこういう話は終わりにしたいのか、そう言ってあくびをし、話を逸らす諒。
「確かに。寝る?」
「うん」
諒が床に寝そべったので私もその場に寝そべる。静かになった部屋の中で雨の音が響く。雨音をBGMに目を瞑っていた私は、気が付いたら寝ていた。
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起きたときには既に15時になる手前だった。諒は先に起きていたのか、その場にいなかったので部屋に行ってみると、パソコンと向き合ってゲームをしていた。
「学校の準備するから帰るね、ありがとう」
「うん」
「今日も来ないの?」
「今日は行く」
「え、珍しい」
「優が怒るから」
理由が可愛くてつい笑ってしまう。笑うなよ、と少し怒る諒に、じゃあ後で、と言い残して諒の家を後にした。
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諒は休み時間の間は常に眠っていた。いや、授業中もずっと眠っていたかもしれない。学校が終わると茜、春翔、そして私と諒は4人で帰る。
「酒飲みたい」
「え、飲みたい」
春翔の言い出しに茜が賛成する。
「コンビニ寄って行こ」
家の近くのコンビニに寄り、茜が何本もの酎ハイや焼酎が入った籠を持ちレジに並ぶ。私たちは疑われないよう外に出て待った。数分待っていると重そうに袋を抱えた茜が出てきた。
「よかった、買えたんだ」
「余裕。てか重い。持って」
袋を春翔に押し付ける茜。
「は?俺かよ!」
「あんたが言い出しっぺだし。私は危険な役目果たしたんだから!」
歩き出した茜を追って私たちも歩き出す。
「お前ら手伝えよ!」
「袋それだけだし手伝い用がない」
そう言った私たちを睨みながら春翔も後を追ってきた。家の前に着くと優が座って待っていた。
「ごめん、遅くなって。お酒買ってきたよ」
「お、いいね」
この中で1番お酒が強いのは優だ。どれだけ飲んでも酔わない酒豪。見た目とのギャップに最初はみんな驚いたものだ。家に入り、お酒の蓋を早速開けてみんなで乾杯する。
「かんぱーい!」
音を立てて乾杯すると、みんなで一斉に飲み出した。
「美味い」
まるでおじさんがビールを噛み締めているときのような顔をしている春翔を見て、諒がおっさんじゃん、と言い、みんなで笑う。
「明日も雨かなー」
「天気予報は一応晴れだったよ」
「晴れてたら花火したい」
私の一言にみんなが賛成したように顔を輝かせる。
「夏じゃないのに?」
正論を言う諒だけを除いては。
「いや、まあでも…冬にするっていうのも楽しいんじゃね?」
説得させようとする春翔。
「みんなより1足後にする花火はきっと最高に楽しいよ」
「1足どころか6足くらいいってるよ」
茜の発言にツッコむ優。
「でも、この時期に花火とか売ってるかな」
「使いきれなかったやつがあった気がする」
諒がすぐ側の物置のような棚に潜り込み、ゴソゴソと漁る。
「あった」
大きめのサイズが2つほどあったので5人なら丁度いいだろう。
「よし、明日は晴れたら花火だな!」
「楽しみー」
ワクワクした気持ちで明日の予定を立てながらみんなでお酒を仰いだ。
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夜中の3時。眩しい電気の灯りで目が覚めた。体を起こし周りを見渡すと、みんなテーブルを囲んで眠っている。テーブルの上はいつも通り空き缶やゴミで散乱していた。どうやら酔いが回って眠くなっていたからか、そのまま眠ってしまっていたらしい。もう一度寝る為に電気を消そうと立ち上がったとき、春翔がいないことに気が付いた。家の中にもいないのか、みんなが寝静まるリビングには一切の物音もしない。外にでも行ったのだろうか。自由気ままな春翔なら考えられる。酔い覚ましだろう。そのうち戻ってくるだろうし、心配することはないと考え再び眠りにつこうとしたが、なんだか落ち着かない。試しに玄関に行けば、やっぱり1足だけ靴が足りなかった。少しの間ぼーっとする頭で考えた末、私は春翔を探すことにした。
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酔いと寝起きで体が熱いからか、外の風が心地良い。春翔はどこにいるのか。午前3時過ぎ。こんな時間に外を歩く人が見当たることもなく、静かに吹き続ける風の音や虫の音、時々遠くで聞こえる車の通過音がいつもより耳に入る。頻繁に行く公園を見てみたが、人影はない。
「どこ行ったんだろ」
参っていると近くで波の音が聞こえる。そういえば、この公園の奥は海だった。私は海辺を目指して歩いた。暗い道を慎重に歩き、足元の感覚で砂浜に辿り着いたことを認識する。目を凝らして海辺を見渡したとき、1つの人影が見えた。しばらく見てみるが、特に動きはない。静かに砂浜を踏みながら近寄る。
「春翔…?」
名前を呼ぶとこちらを振り向く人影。
「…小羽?」
「そうだよ」
「なんだ、びっくりした。なんでここにいるの?」
私と分かった瞬間、ホッとしたように肩を下ろす。
「起きたら春翔いなかったから。酔い覚ましにも丁度いいかなって」
「そっか。俺も酔い覚まし」
いつもより一段と落ち着いた声に急に現れる緊張感。違和感を感じながら隣に座る。春翔はずっと海を眺めていた。私も眺めてみると流れは穏やかで、心地良い波の音にまたどこか違和感を覚える。なんだかさっきから全てが不思議で、まるで夢の中にいるように地に足がついていないような気がする。
「…不思議だな、なんか」
私の心を見透かしたようにそう言って、春翔がふっと笑う。
「そうだね」
私がそう返すと現れる沈黙。なんだかむず痒くて喋らずにはいられなかった。
「何かあった?」
「何もねぇよ」
「本当に?」
「何、どうしたの」
「いつもと様子が違う気がして、」
「酔いと眠気が覚めてないから」
そう言い優しく笑うが、ずっと海だけを見つめていて私の目は絶対に見ない春翔にまだ胸がざわめく。春翔が悩みを打ち明けない性格なのは知っている。それでも、何かできることがあるなら力になりたい。1人で抱え込んでほしくない。春翔は何かあったとき、よく無理に笑うのだ。その顔はどうしても辛そうに見える。どこか寂しそうで、いつか私たちの前からいなくなってしまうんじゃないかと心配になるほど儚いのだ。
「そんな顔するなよ」
やっと私の顔を見ていつものように口を四角にして笑う春翔。顔に出てしまっていたようだ。本当に大丈夫だよと言いながら、私の頭を綺麗な大きい手で雑に撫でる。
「よし、そろそろ戻るか」
横ですくっと立ち、歩き出した春翔の背中を追って私も歩いた。
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諒の家に戻るとまだみんなは眠っていた。
私ももう一度眠ろうと、さっきまで寝ていた場所に行こうとする私の腕を春翔が引っ張った。
「寝室借りよ」
確かに床よりベッドの方が眠りやすい。みんなが床で寝ているのに…と少し申し訳ない気持ちはあったが、腰も痛いので借りさせてもらうことにした。寝室に行くと綺麗に整ったダブルベッドがあった。
「ダブルだから寝れるな」
「え、一緒に寝るの?」
「俺に床で寝ろって言ってんの?」
「いや、違うけど…」
「別に手出したりしねぇよ」
面白そうに笑っている春翔に比べて、今から同じベッドで好きな人と寝るということに緊張する私。
「ほら、寝よ」
春翔が先にベッドに横になり私に言うので、私も少しドギマギしながら横になった。
「おやすみ」
「おやすみ」
お互い背中を向けて眠る。背中で感じる微かな温かさが幸せで、少しずつ緊張も解けていった。
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